絵本「ゆおんのおみみ」がくれた息子に言えなかった言葉・・・しまい込んだ愛情が孫の手で解けていくまで
感情をしまい込んで生きてきた人は、きっと少なくない。
私もそのひとりでした。
「好き」や「嫌い」といった、自分の気持ちをそのまま声に出すことが、昔から苦手でした。
その理由は、幼い頃の記憶にさかのぼります。
母はシングルマザーで、基本的に自由な人。
「自由にしていい。でも責任は自分で取りなさい」
そう言われて育った私は、その言葉の本当の意味を理解するには、あまりにも幼すぎたのだと思います。
幼い子供が受け取る自由という言葉は、「ひとりで立ちなさい」という突き放された響きに変わります。
感情をそのまま表に出したとき、それをどう受け止めてもらえばいいのか、どう収めればいいのかがわかりませんでした。
その戸惑いと怖さを、私はずっと抱えていました。
だから、自分の感情を外に出すよりも、内側にしまい込むほうが安全だと感じていたのです。
心を見せることは、どこか危うくて、壊れやすいもののように思えました。
早く自立したかったのか分かりませんが、 21歳で私は結婚を決断し家を出ました。
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そんな私が母になったとき、その生き方はそのまま子育てにも現れました。
息子はかわいかった。
その気持ちに嘘はありません。
たくさん抱きしめました。
でも、「大好きだよ」と大きな声で言葉にすることができませんでした。
寄り添うより、その日をなんとか消化することで精一杯。
言葉にすることを避けていたのは、自分を守るためだったのでしょう。
でもその分、息子に届かなかった気持ちも、きっとたくさんあったと思います。
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息子に届かなかった気持ちを思い返すとき、胸の奥に浮かんでくるのは、主人の姿でもあります。
主人もまた、愛情を言葉にすることが得意ではありません。
昭和的な厳しさをもつ主人の教育方針は、息子を突き放したかったわけではなく、
「自分の足で立ってほしい」
「強く生きてほしい」
という願いからでした。
息子は生まれつき、左耳が小さく音がきこえません。
主人は、もし右耳まで聞こえなくなったら、日常生活が不自由になるという不安を抱えていました。
だからこそ、息子には強くあってほしい。
その思いが、厳しさの根っこにありました。
でもその気持ちは、あくまで親の想いであって、幼い息子がその意味を理解するには早すぎたのかもしれません。
「私たちの育児は、これでよかったのだろうか」
そう自信をなくす瞬間が、何度もありました。
そして今になって思います。
息子が早くに結婚したいと願ったのは、もしかしたら私に似て、
「自分の足で立ちたい」
「早く自立したい」
という切実な思いがどこかにあったからではないか、と。
親の生き方は、知らないうちに子どもに受け継がれていく。
そのことを、息子の人生を見ながら、静かに感じるようになりました。
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息子が結婚をし、孫が生まれました。
息子が孫を抱き上げる姿を見るたびに、私は胸の奥が静かに熱くなります。
こんなふうに笑って、まっすぐに愛情を伝える子育てがあるのだと、息子夫婦を見ていると、心の深いところが温かく震えます。
孫は、自分の思いをパパやママに一生懸命伝えようとします。
まだ言葉がうまく出ないときも、全身で「これが言いたい」と訴える。
そして息子夫婦は、その小さな声を、仕草を、表情を逃さないように、丁寧に受け取ろうとする。
親子3人で楽しみ、泣くときには、そばに寄り添う。
「やってあげている」
という空気はどこにもありません。
その姿を見るたびに、私は胸の奥がふっと疼くのです。
私は、あの頃、子育てをタスクのようにこなしていました。
今日を乗り切ることで精一杯で、余裕なんてどこにもなかった。
息子の気持ちを受け取るより、こぼれないように抱えることで精一杯だったのです。
感情を伝えるより、閉じて生きるほうが楽だった。
でも、孫の感性に触れ、小さな心の動きに触れると、私の中の何かが静かに波打ちます。
「ああ、私はこんなふうに息子の気持ちを受け取ってあげられただろうか」
「あの頃の私は、どんなふうに息子を見ていただろう」
孫の存在は、私の心の奥にしまい込んでいた、言えなかった言葉をそっと浮かび上がらせてくれました。
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そして私は気づいたのです。
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