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知的財産法としての種苗法 総論

著    者  熊 谷 憲 治
 
プロフィール 
 私は特許法、著作権法といった知的財産法の学習者です。定年退職後、青森県の特許チャレンジ講座で特許法を学び、発明を完成させました。指導者の添削を受けながら自力で特許出願書類を作成して特許出願しました。
 2017年7月21日付けで「鳥獣害忌避ロボット及び鳥獣害忌避システム」の特許権を取得しました。
 特許出願書類の作成を熱心かつ強力に御指導頂いた弘前市の鈴木壮兵衛弁理士、特許取得まで何かとお世話下さった八戸市の富沢知成弁理士に感謝しております。

第1章 UPOVとUPOV条約(植物の新品種の保護に関する国際条約)

 わが国の種苗法は、植物の新品種の開発とその保護について、UPOV条約に加盟する先進諸外国と国際的な協調を図るために制定されました。
 このため、種苗法は、UPOV及びUPOV条約(植物の新品種の保護に関する国際条約)との関係が深いので、先ずはUPOV及びUPOV条約について説明します。

1 UPOVとUPOV条約の違い
 UPOVは、植物の新品種保護国際連合のフランス語訳の略称です。
一方、UPOV条約は、植物の新品種の保護に関する国際条約のことです。


2 UPOV
 UPOV即ち植物の新品種保護国際連合は、スイスのジュネーブに本拠を置く政府間組織です。知的財産権に関する国際連合の専門機関である世界知的所有権機関(WIPO)と庁舎を共用しており、UPOVの事務局長は、WIPOの事務局長が兼任しています。
 UPOVは、1961年に植物の新品種の保護に関する国際条約(UPOV条約)に基づき設立されました。
 UPOVの使命は、社会の利益のために、植物の新品種の開発を奨励することを目的として、植物品種保護の効果的なシステムを提供し促進することとしています。

  UPOVのURL https://www.upov.int/portal/index.html.de
 Googleクロームでは、最初ドイツ語で表示されますが、日本語の選択可能です。

3 UPOV条約(植物の新品種の保護に関する国際条約)
1)UPOV条約とは
 UPOV条約(植物の新品種の保護に関する国際条約)は、新しい植物品種の育種者に知的財産権である育成者権を与えることにより、植物の新品種の開発を促進し、締約国が植物の育種を奨励するための基盤を提供することを目的としています。
 この条約は、新品種保護の要件、育成者の権利等についての基本的な原則を定めており、この原則に基づいて締約国は植物の新品種を保護することとしています。
 植物の新品種の保護に関する国際条約を歴史的にみると、1961年にパリで採択され、1972年、1978年、1991年に改訂されました。現在最新である1991年条約は1998年4月に発効ました。
 2006年9月現在のこの条約の締約国は、62か国です。

2)UPOV条約の主要な原則
 UPOV条約では、基本的な原則として内国民待遇及び優先権について規定しております。

内国民待遇の原則とは
 内国民待遇は、UPOV条約の締約国の国民に対しては、育成者権の付与及び保護に関し、自国の国民と同等の保護及び救済措置を与えなければならないとするものです。

優先権の原則とは
 優先権は、UPOV条約の締約国の国民が、外国(締約国)での品種登録出願を行う際、自国での出願日を基準にして(優先日)、育成者権付与のための条件等(区別性、安定性など)を判断してもらえる権利です。

第2章 種苗法の歴史的経過の概要
1 種苗法の制定
 わが国は1990年代において、植物の新品種の保護について国際的な協調を図る必要があり、UPOV条約(植物の新品種保護に関する国際条約)の早期締結が迫られました。
 このような情勢下、UPOV条約の加盟に向けて、この条約に則した国内法の整備を図ろうと、種苗法が1978年制定されました。
内容的には、植物の新品種保護について規定する品種登録制度、及び種苗の流通について定める指定種苗制度の二つの柱からなる法律です。

2 1998年種苗法全部改正とUPOV条約の締結
 1991年4月に発効した改定UPOV条約に加盟しようと、日本は種苗法の全部改正を行って同条約と整合させた上で、1998年12月に同条約を締結しました。
 日本における1998年種苗法全部改正において、知的財産権としての育成者権が明文化され、新品種を創作した人は品種登録したときに育成者権を付与することとなり、品種育成者の保護が強化されました。
 具体的には、育成者権者は登録品種の利用(種苗の販売等)について、一定期間の独占排他権を有し、権原を有しない者が無断で種苗を生産などした育成者権侵害の場合に、差止め、損害賠償などの措置を請求できる他、刑事罰が科されることとなりました。

3 2020年種苗法一部改正
 1998年種苗法の全部改正後、数回の改正をしながら長年月を経過し、植物の品種をめぐる国内外の情勢は大きく変化しました。その後の情勢変化に対応して、2020年に種苗法の一部改正を行いました。

第3章 2020年種苗法一部改正の背景とその内容
1 改正の背景

1)登録品種の海外流出
 日本で開発された果樹等の新品種が、その育成者に無断で、闇のルートで海外に密輸され、他国の権原のない人が種苗を増殖し、さらに栽培して大量に生産しており、育成者権という知的財産権を侵害してタダ乗りする行為が横行しています。
 国際的にみると知的財産制度は属地主義であり、各国が独立して制定・運用されております。従って日本で育成者権を取得した場合、その効力は日本国内でのみ有効で、他国には及びません。また、これまで種苗法には、海外への持ち出しを規制する条項はなく、いったん新品種の種苗が他国に持ち出されてしまうと、日本の育成者権の効力が及びません。
 そこで、国内で育成された登録品種の種苗については、育成者権者の意図しない海外での栽培を防ぐ措置の必要性が強まりました。

2)新品種のオリジナルブランド化ニーズの高まり
 各県等では、消費者に好まれる特徴ある新品種を独自に育成してオリジナルブランド化を図ろうと、育種設備への投資や人的資源を投入し、育種事業に力を入れています。
 しかし、県等が産地形成を計画した地域外まで新品種を自由に作付けされると、オリジナルブランド化の障害になるので、育成者権者の権原で登録品種の栽培地域を限定することを望まれます。

2 改正内容
1) 育成者権が及ばない範囲の特例の創設
出願品種の種苗等を育成者の意図しない国へ輸出する行為に対する育成者権が及ばない範囲の特例(輸出先国の指定による海外持ち出し制限)
 登録品種の種苗が不法に海外流出する事を防止するため、品種育成者が品種登録出願時に「輸出先国の指定」をすることで、出願品種の種苗等を育成者の意図しない国へ輸出する行為には、育成者権が及ばない範囲の特例が適用され、育成者権の効力が及ぶとするものです。
 この制度により、海外へ持ち出されることを知りながら種苗等を譲渡した者も損害賠償等や刑事罰の対象となり、育成者の意図しない国へ輸出する行為が事実上できなくなります。

②登録品種の国内指定地域外の栽培に対する育成者権が及ばない範囲の特例(登録品種国内の栽培地域指定)

 品種登録された新品種が、産地形成を計画した地域外まで自由に作付けされるとオリジナルブランド化の妨げになるので、品種育成者が品種登録出願時に、品種の産地を形成しようとする地域を「指定地域」とし、指定地域以外の地域での栽培を制限する手続きをすると、国内指定地域以外での栽培(収穫物の生産)は、育成者権の例外の特例が適用され育成者権の侵害となります。
 この制度によって、育成者権者が指定する地域で登録品種を使った産地形成を進める事ができ、またその産地限定の登録品種としてオリジナルブランド化が容易となります。

2) 育成者権を活用しやすくするための制度の創設
区別性についての判定制度の創設
 育成者権侵害紛争において、育成者権の効力対象である登録品種と特性により明確に区別されない品種であるか、否かが問題となります。
 育成者権侵害が疑われる品種(被疑侵害品種)について、登録品種と特性により明確に区別できるかどうかについて、農林水産大臣が求めに応じて判定する制度を設けました。

 農林水産大臣は、両者の栽培試験を実施して、被疑侵害品種と品種登録簿に記載された審査特性との特性とを比較して明確に区別できるか否かについて判定する他、登録品種と特性により明確に区別されない場合、両者の特性が同一であると推定する規定を設けました。

審査特性の訂正を請求できる制度の創設
 農林水産大臣は出願者に対し、品種登録の前に登録されることになる特性表を通知します。出願者はその特性表について、品種登録前に限り訂正請求ができます。
 
   農林水産省「改正種苗法について」のURLhttps://www.maff.go.jp/j/shokusan/attach/pdf/shubyoho-44.pdf

3)「農家の自家増殖」に関する規定の廃止
①旧種苗法における「農家の自家増殖」規定の内容
 農家の自家増殖とは、農家が栽培して得た収穫物の一部をさらに次期作用の種苗として使用することです。種子の自家増殖が容易にできる水稲等については、育成者から購入あるいは分譲を受けたりした場合に、それを栽培し収穫物の一部を次期作用の種子として使用する事が一般的に行われておりました。
 このような背景から旧種苗法においては、下記の要件を満たす「農家の自家増殖」について、育成者権の効力が及ぶ範囲の例外とすることと規定していました。

◯ 旧種苗法における農家の自家増殖の要件
ア 
 正規に譲り受けた登録品種の種苗を用いることによって得られた収穫物を使用すること。
 別途の作業過程(メリクロン培養等)を経ることなく、収穫物を種苗をとしてそのまま用いること。
ウ  農業者個人又は農業生産法人であること。


旧種苗法21条の規定とUPOV条約との関係
 本来、自家増殖は収穫物の種苗転用であり、種苗法上の種苗の生産にあたり、育成者権の侵害となります。(種苗法2条5項1号)
 それにもかかわらず旧種苗法21条では、わが国が加盟、批准しているUPOV条約(植物の新品種の保護に関する国際条約)15条(2)を適用して、農家の自家増殖を育成者権の効力が及ぶ範囲の例外と規定していました。

UPOV条約15条(2)【任意的例外】
 各締約国は、合理的な範囲内で、かつ、育成者の正当な利益を保護することを条件として、農業者が、保護される品種、保護される品種に本質的に由来する品種、保護される品種から特性において明確に区別されない品種を自己の経営地において栽培して得た収穫物を、自己の経営地において増殖の目的で使用することができるようにするために、いかなる品種についても育成者権を制限することができる。

 そもそもUPOV条約は、植物の新品種とその育成者に知的財産権を与えることにより、植物の品種育成を奨励するための基盤を提供しようとする条約であり、UPOV条約14条に、「育成者権で保護された品種の場合、生産又は再生産は育成者の許諾が必要とする」と規定しており、これが基本となっております。

 そういうことからすればUPOV条約15条(2)は、「合理的な範囲内で、かつ、育成者の正当な利益を保護することを条件として」という条件付きの例外規定であって、その限りにおいて、登録品種の自家増殖を許容することができるとされているにすぎないのです。

「農家の自家増殖」に関する規定廃止後の生産者の対応
 UPOV条約に準拠し登録品種の収穫物を次期作用として用いる自家増殖についての規定を廃止したので、登録品種の自家増殖は、育成者権者の許諾に基づき行うこととなりました。
 国公立の試験場や種苗メーカーなどが年月や費用をかけて開発した登録品種は、育成者権者から許諾を受けて自家増殖しなければなりません。

 一方、在来種や品種登録されたことがない品種、品種登録期間が切れた品種といった一般品種は今後も自由に 自家増殖ができます。

第4章 種苗法の法律的な性格
1 知的財産法について 
 知的財産法は、知的創造の成果を生み出した創作者に、例えば特許権のような独占排他的な権利を付与することによって収益をもたらして報い、更なる知的創造を促進する他、財産的情報等が不正に利用されることを規制する法律です。種苗法以外の法律では、特許法、商標法、著作権法等が知的財産法に属します。
 知的財産法によって付与される権利は、特許権、商標権、著作権等で、知的財産権と総称されます。

2 種苗法は知的財産法に属する
 種苗法は、植物の新品種を保護する知的財産法の一つです。
 種苗法は、知的創作物である新品種の育成者に独占排他的な権利である育成者権を付与し、権原を有しない者が不正に利用することを規制する法律です。 


3 種苗法と特許法と比較
1)種苗法と特許法との共通性

 種苗法と、代表的な知的財産法であるの特許法を比較すると、知的創造の成果を生み出した創作者に一定期間の独占排他権である育成者権、特許権を付与する点でも知的財産法としての共通性があります。
 また、種苗法、特許法ともに、権利の侵害に対する差止めや侵害者に対する損害賠償の措置が請求できます。また、育成者権、特許権の侵害に対する刑事罰が規定されており、しかも、非親告罪である点も共通します。2020年改正種苗法は、特許法等に倣った規定の整備が行われた結果、一層共通性が強まりました。


2)種苗法と特許法のちがい
 種苗法は植物の新品種という創作物を保護対象とし、特許法は発明という創作物を保護対象とする点で違います。
 大きく異なるのは出願審査で、特許審査では書面審査のみであるが、種苗法では書面審査に加え栽培試験や現地調査といった出願品種の現物審査があるのが特徴的です。
 種苗法は植物の新品種についての法律のため、知的財産法としてはユニークな法律です。

第5章 植物新品種の保護方法
1 TRIPS協定での新品種保護
 WTO(世界貿易機関)のTRIPS協定(知的所有権の貿易関連の側面に関する協定)では、特許制度による植物の保護に関しては加盟国に一定の裁量を認めながら、植物の新品種については ① 特許制度、② 特別の制度(sui generis system)、③ 特許制度と特別の制度の組合せ、のいずれかの方法で保護することを義務付けております。〔TRIPS協定3 27条〕

2 TRIPS協定に対する日本の対応
 日本国は、TRIPS協定における③ 特許制度と特別の制度の組合せによる保護の立場をとっています。〔TRIPS協定3 27条3項(b)〕
 従って、日本で育成された植物新品種は、特許法による保護を受け、種苗法の品種登録制度により保護されます。

3 新品種を保護するには種苗法が適しています
 特許法と種苗法を保護対象の面から比較すると、特許法では「発明」即ち「技術的思想の創作」というアイデアを保護するのに対し、種苗法では「植物の新品種」すなわち現実に育成された植物体を保護します。
 
 特許法の保護を受けるには、植物の新品種が特許庁から特許権を付与されなければなりません。しかも、特許権を付与される対象は発明であり、そして産業上利用できる発明であること(特許法29条)、発明が新規性を有すること(客観的に新規な発明であること:特許法29条)、進歩性を有すること(当業者が容易に思いつく発明でない:特許法29条2項)等の特許要件を満たすものでなければなりません。

 加えて、特許出願書類である特許明細書の記載に当たって、当業者が実施できる程度に開示されていること(実施可能要件:特許法36条4項1号)や特許請求項をサポートする開示が出願当初の明細書に記載されていること(サポート要件:特許法36条6項1号)に適合していなければなりません。
 植物の新品種自体が、上記の事柄を満たして特許権を付与されるのは困難がともなうことから、特許出願されることは極めて少ない。
 
 特許出願の対象は、植物の遺伝子の機能解明、遺伝子組み換えによる新規植物やその作出方法であると捉えられており、植物新品種の保護を求める場合は、種苗法による保護が多いです。


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