自分の欲しい物がわかりそれを手に入れた日2025.6.27
今朝、いつも通りに掃除をする前に片付けをした。
昨夜散らかした、犬のおもちゃ、わたしの脱ぎっぱなしの靴下。
拾っている時、嫌だとか面倒という気持ちは一切なくて
「あー幸せだ」と声が出た。
びっくりした。
わたしが何故、朝一人で掃除をする時間が好きなのか分かった。
それは幸せを感じるから。
昨日の楽しかったことを思い出すから楽しい。
掃除をしてきれいになることが楽しい。
そして、今を感じることが心地良いからだ。
これがわたしの幸せを感じることなんだと初めて自覚した。
コーチングを受けている時、コーチにしつこく
「今の感情は?」「何を思っていますか?」と聞かれた。
「何故それが楽しいの?嫌なの?」とも質問された。
質問をされると脳は答えを探すのは知っている。
知っているけどそれは知識として知っているだけで、体感していなかった。
半年間、コーチングを継続していたけれどその間は分からなかった。
その後時々、何故かいい感じ、好きと感じることがあった。
感じているけれど、その先?その元の気持ちは分からなかった。
今、やっと分かった。
心が落ち着くというか、地に足がピタッとついているけれど心はウキウキしている状態。
これがわたしがずっと求めていた安心感だった。
正確には求めていることも自覚がなかった。
『安心』も知っているだけで体感がなかったから。
子供の頃は両親に怯えいつもビクビクしていた。
元気が良くて気の利く子は上辺だけだった。
こんな子供だったら嫌われない、受け入れてもらえると思い
そういう人を演じていただけ。
不仲な親の元で育てばそうなるなとも思った。
ずっと我慢していたからいつの間にかわたしも不満ばかりの人間になっていて、人の足りないところばかり見てダメ出ししていた。
見ているものがネガティブばかりだから結果自分もネガティブばかり目につき苦しく辛い、つまらない人生だったんだ。
『人は見たいものだけ見ている』とよく本に書いてあったけれど
そういうことだったんだ。
間違った設定で生きてきたな。
本当の自分に戻ろう。
本当の私は静かでゆっくりと丁寧に生きていたい人間だ。
昨日、夫が話しかけてきたけれど聞きづらくて「え?」と言ったら
強い口調で夫が「だから、明日10時に出かけるから、、、」と言った。
わたしは「怒ってる?」と聞いた。
夫は「怒ってないよ」と言った。
いつもはここで会話は終わり、わたしはモヤモヤしたまま。
けれど今回は「そういう強い口調で話しかけられると怖いの。
何度も怒ってる?って最近聞いてるよね、でも直してくれないよね。
怖いからその話し方はもうしないで。」
と自分でも驚くほどはっきりと落ち着いて言えた。
怒らずに怖いと本心を言えるのは安心信頼しているからだ。
その後わたしの心は平静でいつものままだったし、夫も同じだった。
家族ってこういうモノなのかなと思った。
家では落ち着いてでも楽しく過ごしたい。
振り返るとこの2週間程、「なんかいい感じ」「落ち着いてる」と感じることがあった。
思い出そうとしてもきっかけや出来事は覚えていない。
この感覚だけ残っている。
これが続く毎日はなんて素晴らしく生きやすいんだろう。
ご機嫌で過ごしている人はきっとこんな毎日なのかな。
わたしもやっとその人達の仲間入りができたのかも。
もう一度書こう。
わたしは静かでゆっくりと丁寧に生きていたい人間だ。
これに沿って生きていけばいいんだ。
そうすれば楽に楽しく生きれる。
