ポトシ銀山で豊かさについて考えた
■ 任期の終わりに訪れた町
任期の最後に、私はポトシの町へバスで向かった。
ボリビア南西部、標高4,800メートルにそびえるセロ・リコ。スペイン語で「豊かな山」を意味するこの山は、日本ではポトシ銀山として知られている。世界史では、スペイン帝国を支え、世界に銀を流通させた鉱山として語られる場所だ。

■ 今も視界にある「豊かな山」
ポトシの町を歩くと、セロ・リコは常に視界に入る。
それは人々にとって、過去の遺産であると同時に、今も生活を支える存在でもある。銀の最盛期は何世紀も前に終わったが、現在も協同組合による小規模な採掘が続いている。仕事の選択肢が限られる高地の町において、鉱山はいまなお現実的な収入源の一つだ。

■ 誇りよりも、複雑な感情
現地で感じたのは、誇りよりもずっと複雑な感情だった。
銀は確かに掘り出された。しかし、その富の多くはこの土地には残らなかった。人々はセロ・リコを、恵みと犠牲の両方をもたらした存在として語る。被害の象徴として切り離すわけでもなく、栄光として持ち上げるわけでもない。その距離感が、とても印象的だった。

■ 運命は「選択」でできている
この町に立っていると、運命について考えさせられる。
運命はあらかじめ決められたものではなく、日々の選択の積み重ねで形づくられていくものではないか。環境が良くなくても、運が悪く感じられても、今の肉体や精神は、自分が選んできた結果でもある。

■ ボリビアで選んだこと
JICAボランティアには、カウンターパートと呼ばれる現地のパートナーがいる。その関係性次第で、活動の手応えや、自分自身の在り方は大きく変わる。
国や職場、住む家は自分で選んだものではない。自分のスキルや経験によって行き先が決まっただけだ。でも、目隠しをされて連れてこられたわけではない。
だから私は、「どう生きるか」だけは自分で選ぼうと思った。

■ 引き寄せの法則と一冊の本
ボリビアで暮らす中で、私の指針になってくれた考え方が「引き寄せの法則」だ。
そして、その考え方をとてもシンプルに、生活の中に落とし込ませてくれたのが、『無限のあい』という一冊だった。
この本は、何かを強く教え込むというよりも、「自分はこれからどう生きていきたいのか」を静かに問いかけてくる。迷ったとき、立ち止まったときに、人生の指南役のようにそばにいてくれる存在だった。

■ 波動を高めるという選択
『無限のあい』を読みながら、私は考えた。
自分が出している波動にふさわしい出来事が起こるのだとしたら、今の環境を嘆くよりも、自分の在り方を整えるほうがずっと建設的なのではないか。だからやっていこうと思った。
感謝すること。
「ありがとう」と言うこと。
笑うこと。
楽しむこと。
自分を大切にすること。
自分が愛であると認めること。
自分はすでに幸せだと認めること。
とてもシンプルだけれど、続けるのは簡単ではない。だからこそ、この本は何度も立ち返る場所になった。

■ 孤独の中で見つけた感覚
生きることは、自分のためだけではつまらない。
人は誰かの役に立ったと感じたときに、「生きていてよかった」と思えるのだと思う。
そして、そう思えるようになったのは、圧倒的な孤独感の中で、自分の好きな時に好きな場所へ行けるようになった、ボリビアに来てからだった。


■ 「豊かさ」とは何だったのか
ポトシの山を見上げながら、私は考えた。
豊かさとは、どれだけ多くを手に入れたかではなく、どんな意識で生きるかという選択の先にあるのではないか。
「豊かな山」が残したものは、銀だけではない。
それは、私自身の生き方を問い直し、これからどう生きるかを考える時間だった。
読んで下さりありがとうございます。
