👩💻第1話 AIは作品を増やしたのではない─発表する人を増やしただけだった。
「作る」と「届く」を混同していないだろうか?
私
最近、AIについて考えていて、一つ気になることがあります。
AIで作られた音楽や動画、イラストを見て、
「人間の仕事がなくなる。」
「作品があふれてしまう。」
そんな声を耳にします。
でも、その話を聞くたびに、
私は一つの疑問が浮かぶのです。
「その作品は、本当に誰かに届いているのだろうか。」
私は以前、音楽制作会社で働いていました。
社内には、本当に素晴らしい楽曲がたくさんありました。
「この曲、有名な歌手が歌えば絶対に売れる。」
そう思う曲も、一つや二つではありません。
しかし、その多くは世に出たとしても
注目を浴びる事なく
時間と共に消えて行きました。
曲が悪かったわけではありません。
才能がなかったわけでもありません。
ただ、多くの人に届く機会がなかっただけなのです。
ソクラ
「つまり昔から、作品は十分すぎるほど存在していた。」
「違っていたのは、発表できる人が限られていたことだ。」
昔は、レコード会社や出版社、テレビ局が「発表する人」を
選んでいました。
しかし、今はAIのおかげで、
誰でも作品を作り、公開できるようになりました。
でも、ここで多くの人が混同していることがあります。
それは、
「作ること」と「届くこと」は違う。
ということです。
私
私はnoteを書いています。
記事を書いて公開します。
でも、それだけで何万人もの人が
読んでくれるわけではありません。
YouTubeも同じです。
動画を公開したからといって、
100万回再生されるわけではありません。
AIで作った音楽も同じです。
公開したからといって、
世界中の人が聴くわけではありません。
公開されることと、届くことは別なのです。
ソクラ
「君は一日に何曲くらい音楽を聴く?」
私
「通勤で聞いても、せいぜい20曲程度です。」
ソクラ
「では、AIが100万曲作ったら、人間は100万曲聴くのか。」
私
「……いいえ。」
ソクラ
「それは人間の時間は増えていないからだ。」

私
この一言で、私は考え方が変わりました。
AIは作品を増やしました。
しかし、
人間の一日は24時間のままです。
私たちが読める記事も、聴ける音楽も、
観られる動画も限られています。
本当に競争している相手はAIではありません。
人間の時間なのです。
私
スポーツでも同じことが言えます。
大谷翔平選手という歴史的な二刀流選手が現れました。
では、日本中の野球少年が二刀流になったでしょうか。
もちろん違います。
大谷選手がいるからといって、
誰もがメジャーリーガーになれるわけではありません。
AIも同じです。
AIという優れた道具が生まれたからといって、
誰もがヒットメーカーになるわけではないのです。
私
私はAIが増やしたのは、「成功者」ではないと思っています。
増えたのは、
「発表する人」
です。
昔なら形にできなかった歌。
昔なら描けなかった絵。
昔なら編集できなかった動画。
そうした人たちが、一歩踏み出せるようになりました。
私は、その変化は決して悪いことではないと思っています。
ソクラ
「AIが増やしたのは作品だろうか。」
「それとも、挑戦する人だろうか。」
私はまだ答えを探しています。
でも、一つだけ確かなことがあります。
作品を作る人が増えたからといって、
そのすべてが世界中に届くわけではありません。
だからこそ、AIを語るときは、
「作ること」と「届くこと」。
まず、この二つを分けて考える必要があるのではないでしょうか。
そして私は、もう一つの問いを読者の皆さんに残したいと思います。
作品は、何人に届けば価値があるのでしょうか。
100万人でしょうか。
1万人でしょうか。
それとも、たった一人でも、
その人の人生を少し明るくできたなら、
その作品には十分な価値があるのでしょうか。
AIで作るから、全ての人に届く訳ではない。
なのでAIで大量に作品が出来ても、
今までの制作活動と基本的に変わらない。
手作業で1ヶ月に1曲作っても
AIで1ヶ月に100曲生成しても
その1曲が誰かに
届く確率は変わらない。
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