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玉置浩二はAIで描けるのか?~AIアートも体験して、見えてきた答え~


こんにちは、キャンディです。

私は子育てが一段落した50歳から、新しい趣味として「アクリル画」を始め、約3年になります。これまでに500作品以上をSNSに投稿してきましたが、何より宝物になったのは、同じ想いを持つファンの方たちとのつながりでした。絵を描く以上に、そうした交流が、私の熱をさらに高めてくれたのです✨

そんな日々の中、ここ1年ほどで「AI元年」と呼ばれるような時代の流れが訪れ・・・・ニュースでも話題になり、私も「AIアート」という世界に触れる機会がやってきたのです。

あるオンラインコミュニティでは、毎日のようにAIアートが投稿され、それぞれの作り手たちが「いかに美しく、高品質な作品を作るか」を競い合っていました。

私はふと思いました。
「この世界に入ってみたら、自分の“アナログの絵”というものが何なのか、かえって見えてくるかもしれない」と。


言葉で描く世界、AIという相棒

AIアートでは、「プロンプト」と呼ばれる命令文を入力します。
たとえば「かわいい犬を描いてください」と言っても、
・目がクリクリ?
・つぶらな瞳?
・キラキラ笑ってる?
・ちょっとはにかんでる?

…というように、想像している“かわいい”をどれだけ正確に言語化できるかが勝負になります。
思った通りの画像に近づけるには、何度も何度も試行錯誤し、プロンプトを書き直し続ける作業です。

約10か月間、私はこの「AIアートクリエイト」というものにも並行して取り組んできました。
そして、ようやく自分の中に答えが生まれたのです。


「私の玉置浩二」は、AIには描けない

AIが描く画像は、確かに精巧で、鮮やかで、美しいです。
けれども私は気づきました。
「私の描く玉置浩二は、AIには描けない」と。

AIはこれまで人類が作ってきた膨大な情報や画像を学習して、
まるで「人類の最強参考書」のように、答えを導き出します。
でも、「そこに“プロセス”や“想い”は存在しない」のです。
AIは、あくまで「結果」=作品を出力する道具。

一方、私の描く玉置浩二には、いつも根底に「想い」があります。

彼への40年以上のリスペクト。
そして彼の音楽への感謝。
今この瞬間もステージに立ち続ける姿への応援。
そんな“根っこ”から生まれる色を、私は自分の手で練り、調合し、筆にのせているのです。


私にとって“描く”ということ

描いている時間は
テレビの前でも、コンサートでもなく、
“私の中の玉置浩二”と向き合っているという特別な世界✨

私にとって絵とは、「結果」ではなく「祈りに似たプロセス」なのかもしれません。
そこには、静かな時間の流れや、感情の揺れがにじんでいて、
まるで「人肌」のようなあたたかさを感じるのです。


だから、これからも私はこの手で描き続けたい

AIを否定しているわけではありません。
むしろ、AIと出会ったからこそ、自分のアナログな絵に取り組むの価値に改めて気づくことができました。
AIでは描けないもの。
それは「私が彼を想う気持ち”そのもの」なのだと。

玉置浩二は、AIでも描けるかもしれない。
でも、私の玉置浩二は、私にしか描けない

これが、私の出した答えです。
ここまで読んでくださりありがとうございました😌

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