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夢のない子ども

noteにアカウントするとき、最初に思いついたネームは『O'chackおーちゃく』だったの。

アタシの横着さったら筋金入りで、どうやったらやりたくないことをやらないで済むかばかり考えてたって言っていい(バレないように努力はしたのよ)。
やりたいことなんてないんだもの、そうなっちゃうじゃない?

何もしたくないって、もう6~7才の頃には思ってたから、小学校に上がる前は買って貰った新品のランドセルを見て、イヤでも勉強に切磋琢磨する日々が始まるのかって、ため息止まんなかったのよね。

がんばって登校して卒業したとて、今度はがんばって働かなきゃいけないわけで。

毎日毎日僕らは鉄板の上で焼かれてイヤになっちゃうよってたい焼きでさえ嘆いてるんだから、ニンゲンの自分だってイヤになっちゃうよ。

鉄板の上職場に拘束されて、さらに結婚なんかしたもんなら家事とか育児とかに明け暮れて…

待ち受ける、果てしない義務のわらじの旅路だわね。

やらなきゃいけないことだらけで、わらじの指の付け根から血が滲むほど、がんじがらめになって行くんだろうなって悲しくて悲しくて。

これが地上で生きて行くってことなの?と。夜な夜な、幼い頭で想像しちゃってしくしく泣いた。
どうしてアタクシはここにいるのですか?
アタクシはここでずっと生きて行くのですか?

まるで月を見上げて泣くかぐや姫ね。

もしかしてアタシは月から流されて来たのかしらん。
何かやろうとして失敗して大罪にかかったのね、きっと。

なんつって。
なんのはなしよ。


あぁそうそう、子供の頃から横着だったってハナシね。

作文はイヤじゃなかったんだけど『将来の夢』とか『大人になったらどんな職業に就きたいか』みたいなテーマがとっても苦手だったの。
やりたいことなんてないから、何も思い浮かばないわけ。

ケーキが好きだからってケーキ屋さんになりたいとか、サッカーが得意だからサッカー選手なんて無邪気に書いてる友だちのを見て、正直なんだそれって思っちゃってたし、看護師さんとか社長とか書く子には、大人の影響でしょとか思っちゃって。
てめぇは棚に上がってさ、上から彼らにおやおやって呆れてたわ。

ちぃちゃん、えりちゃん、オクダくんにあと誰だっけ。
名前忘れちゃったけど、真面目に書いてたのにまじゴメンねぇ。

で、アタシはっていうと『外交官』て書いたの。

震えるわね。子どもってコワいわー
ウケる。

何を書けばいいかわからなくて宿題で持って帰ったわけ。
で、ふとお爺ちゃんに『戦争しないようにする仕事って何?』って聞いたんよね、確か。

そしたら、作文のテーマなんて知らずにテレビを観てたお爺ちゃんは『そらー、外交官だろ』って答えたんよね。
相撲に観入ってたからたぶんテキトーに言ったのよ。

初めて聞く単語でさ。ガイコーカンてなんだ?って思ったけど、そうなんだー、そういう仕事があるのかーって。

傷痍しょうい軍人て言うのかな?
祖父はそれだったの。左足のスネには肉が大きくえぐられて骨と皮だけになった傷跡があって、まともに歩けない状態の人だったの。戦地で流れ弾に当たったんだって。
祖父のスネを見るたび、子ども心に胸が締め付けられてしょうがなくてさ。
だから、戦争のない世界、争いのない世の中を望んでたのかもね。

…って、ちょっと違うかな。
アタシがそんな高尚なわけないのよ。

自分の『夢』っていうと、やりたいこととかなりたい姿じゃなくて、アタシにとって穏やかな風景であってほしいって方が近い気がする。
だって、自分が横着でいていいのが平和ってことだもん。

気が向いたら浜へ出て、はまぐり取ったり、砂で塔を作ったり。磯辺でいそぎんちゃくやウミウシつっつくのに飽きたら山へ行って、つくしやれんげを摘んだり、小川の水屑の陰にひそむメダカを眺めたり。
雨の日はずっとぬり絵に没頭して、そのうちクレヨンのカスで団子こねたり、ひたすらハサミで古新聞刻んだり。
気が向くことはいっぱいあるのよ。

だから気の済むまで気の向くままに、日々を暮せたらいいなぁってのがずっとアタシが望んでたことなのよね。


何よ。夢がないって書いてたけど、あるんじゃないのよ。

やだやだ。
日が暮れたわ。





Day3:子どもの頃の自分(子どもの頃、好きだった遊び)
私は横着な子どもでした。
とはいえ、気のむくことはなんでも夢中でやってました。
以上w


この記事はMIYABIさんのこちらの企画に参加しています。



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