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江須井さんという苦手意識

ある時、店舗端末システムに不具合が起こり、本部のシステム担当者へおそるおそる電話した。

最初はメールでやり取りしていたが、こちらの状況がうまく伝わらないからだった。

ただでさえ本部とは気持ちの上でも距離感があるのに加え、「システム部」は未開の地に足を踏み入れる心地である。

「はい…、江須井です…」※苗字は仮

受話器を耳に押しつけても語尾まではっきり聞き取れない声で江須井氏が電話に出る。

「先ほどメールでお尋ねした件なのですが…」
私は店舗と名前を名乗り、あらためて細かに不具合状況を話してみるが、メールの文章以上に受話器の向こうから江須井氏の投げて来る質問が私にはわからない。

そもそも、私はシステム以前にPC自体にも全く疎かったから

「タスクマネージャーを~」
と言われても

「それはどこの部署の方ですか?」
みたいなことを言ってしまうし、

「コマンド」
なんて、カフェショップのようにしか聞こえない。

うまく伝えられない。
自分のわからないことが言葉で説明できない。

しかも、江須井氏の確かめたいことが何を差しているのかもわからない。

冷や汗をかきながらしどろもどろ。
自分の知識量の浅さで萎縮してしまう。


「すみません、おっしゃる言葉、横文字が多すぎて…」

恥を忍んで感じている通りに言ってみる。

「私には基礎知識がないので、専門用語とか使われてもわからないです」

脇汗だくだく謝る私。


「…私には、あなたの日本語がわからない」

少しの沈黙のあと、江須井氏が淡々と答えた。





Yes, I am a Japanese !

私はネィティブなジャパニーズです。

失礼ですが、あなたこそ、どちらからお越しですかと問いたい。

こちらの知識不足は確かに足手まといなことでしょう。

そこはホントに勉強不足でゴメンなさいですよ、ええ。


でもね、私だって日々、店の業務だけでも一杯いっぱいだ。

ここは小売りの現場で、システムの基礎知識を1からひも解いてられるところじゃないんだよ。

どんな不具合なのかって?

だからそれをこっちが教えてくれっていうハナシじゃないか。
こうやってシステム部に訊くほかないからこうやって電話してるんじゃないか。

あんたこそ、何言ってんだ。




情けなくて、でも悔しくて
うっすら泣けそうになる。

しかし、泣いてカワイイ年頃じゃない。
百も承知。

ぐっとこらえる中年のたね。

そして、努めて明るく皮肉で返す。

「店でそんな言い方してたら、お客さんをみ~んなクレーマーにしちゃいますねー!」

「…そうですか… ふっ…」

江須井氏は私の渾身の皮肉をかすかな鼻息で消した。



私には固定概念があった。

コンピューターの難しい言語と対峙する彼らに系統だったキャラクターのイメージ。

①ヘアスタイル
「床屋のテキスト」※店によく貼ってあるヤツ
もしくは逆に
「髪の毛に時間と金かけるのは無意味」って、感じのどちらか。

②体格・容貌
猫背気味で、多くは眼鏡をかけていて、小太り気味か、ガリガリ。
※いずれにしても「神経質」というベール付き。

③コミュニケーションタイプ
話し口調にリズム感や抑揚はなく、淡々としていて、会話に「遊び」というオプションはない。

④知能・感情レベル
論理的で、合理的。(確かに頭は良いだろうさ)
しかし、人の感情アルゴリズムには興味がない(らしい)。

そんな感じ。




「日本語がわからない」と切り捨てられ、すっかり凹んだものの、不具合は何とか解消された。

でも一方で、システム部との関わりは自分の劣等感を刺激されるばかりで、私の苦手意識は更に増したのだった。




それからしばらく経ったある時、システムのバージョンアップで、環境だか、動作確認だかのため、本部から江須井氏が私の店にやって来ることになった。


悪魔が来りて笛を吹く…

私の日本語がわからないヒトが来る・・・!


防御態勢で緊張しつつ待っているとメール連絡での時間通り(早くもなく遅れもせず)、彼はやって来た。

「お疲れ様ですぅ・・・」

ドアを開けて、そっと顔を覗かせるネクタイ姿のジェントルマン。

「江須井ですぅ…」



頭髪は刈上げだ。
こざっぱりしたスポーツマン風。

挨拶もそこそこに彼は
「早速、取り掛かりますぅ…」
と、作業を始めた。

終始、穏やかな笑顔で静かに話し、おっとりとした動作で部品も丁寧に扱う。ほこりを被ったコードも躊躇なく指をそっと辿らせる。

江須井氏の横顔、一挙手一挙手、息を吞んで見ている私。


戸惑いが消えない。

嫌味なところがないどころか、良い人にしか見えない。

「気どりがない」「素朴」「優しい」「温厚」・・・


ネガティブな形容詞が見つからない。

電話での不躾な印象とは真逆だった。

一方、そんな彼を眺めている私にピッタリな表現は「バツが悪い」だ。


私の「系統だった」イメージって何だった?
どこから持って来てたんだ?

どストライクな偏見じゃないか。

「日本語がわからない」と言われたのが何だというのだ。

非難されるべきは私じゃないのか。



会ったら、もっと嫌味を言ってやろうと思っていた私は、気づけば被告人席でしゅんとしていた。


戸惑いつつもシステムについて、問われるままに、使い勝手とか、日々、扱いに対して感じていることを思うままに話す。

江須井氏はそんな私の言葉に丁寧にうなずきながら耳を傾け、つたない質問にも、一つ一つ丁寧に答えてくれる。

作業が終わるころには私はすっかり打ち解け、なつき、一緒にコーヒーを飲みながら彼の肩を叩いて声をあげて笑っていた。

「もっと色々言ってもらっていいんですよ、こちらは現場のことがなかなか想像できないものなので」

彼はボソボソとつぶやくように話す。

「だから、遠慮せずに何でも」

ちょっと胸がキュンとする。

江須井氏の半分は優しさで出来ている。



「私はPCに疎いので、こないだ"あなたの日本語がわからない"と言われてすごくショックだったんですよー」

柔和のひと言が似合う江須井氏の表情に、つい、言ってみたくなった。

「あぁ、あれ…冗談だったんですけど、伝わってなかったですかね?すみません…」

彼は、申し訳なさそうに笑った。

PCへの苦手意識で、私がガチガチに緊張しているのを受話器を通して彼は感じ取っていてそんな私の気持ちをほぐそうとした彼なりのジョークだったのだ。

「自分はコミュニケーションのセンスゼロなんで、そこも含めて、何でも言ってください」


Oh… 江須井…

惚れてまうやろー!
うっかり叫んでしまいそうだ。


何でこんな良い人柄が、電話だと1ミリも伝わって来ないのか。




当初、予定された以上に作業に時間を要し、かなり遅くなってしまった。
だが、翌日も他の店舗巡回のスケジュールの為、JRを乗り継いで江須井氏は帰って行った。

帰宅はたぶん、日付が変わる頃。

そういえば、あのときの不具合も日曜の夜だったと思い出す。

店は年中無休なのだから、システム不具合だって、いつ起こってもおかしくない。

なのに、彼らはたった2~3人のチームで全店舗を管理している。


ー 私たち以上に、彼らは休めていないのではないか ー



こうやって顔と顔を合わせて話すまで、何も気づけなかった自分を反省した。


そして翌日、それまで敵みたいに言っていたシステム部を

まさに彼らこそ縁の下の力持ちだ!

店のスタッフに言って廻る私であった。




この記事はあさぶろさんの記事&コメントへのオマージュです。

この記事を読んでコメント欄で愚痴りましたら、
こんな優しいコメントを頂けました。

優しさに包まれました(泣)。


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