自分自身の彫刻家であれ。
タイトルはドイツの哲学者
フリードリヒ・ニーチェの言葉。
二男は長男と一歳違い。
※長男・たね太郎、二男、たね二郎
小さい頃は兄弟ゲンカに負けると
「どうせオレなんか一生、二番目だー!」
と、口惜しがって大泣きし、
あるときは赤ちゃんの頃の長男の写真を眺めていて
「お兄ちゃんはオレの服ばっかり着とる」
と発言して私をフリーズさせた。(お下がりだと全く気付いてない)
またあるときは自分の脱いだ靴下を脱いだ場所にそのまま放置しているのを
たね太郎に片付けるよう注意され、
「それに気がついたおまえが片付けたらいいだろ!」
と、言い返して兄弟喧嘩になる。
面白いこというなあと笑えて来るのを我慢。
彼の視点の面白さは横に置いて、私もとりあえず、たね二郎をたしなめる。
そうすると、今度は
「どうせ、いつもお兄ちゃんが勝ちなんだろ!」
弟の自分は損だと腹を立てて泣く。
そもそも勝ち負けではないと思うし、自分の脱いだ靴下を自分で洗濯カゴへ入れるくらい、少なくとも損とかいうことではない。
たね二郎の独特な主張は「唯我独尊ギャグ」って感じだった。
腹は立つけれどユニークだった。
コミュニケーションのタイプもたね太郎とたね二郎は対照的でたね太郎は気遣いとか、遠慮の達人で自分が寒いなと思っても
「お母さん、寒くない?」
と、まずは周りの気持ちを確かめるようなところがある。
だが、たね二郎はそんなたね太郎に
「まわりくどいっちゃ!言いたいことははっきり言えや!」
と、いちいち噛みつくのだった。
そんなたね二郎だが、学校では陽気なムードメーカーだった。先生も彼の明るさをいつも褒めてくれた。のびのびやれているようにも思える反面、三~四か月に1~2度は体調不良を訴えて休んだ。
「休みたい」と言えば、何も言わず休ませた。負けん気が強い分、口に出せないけれど、甘えたいんだろうなと思った。
単純というか、わかりやすい子でもあった。

高校を卒業して、ハマっていた弓道を続けるために選んだ大学の受験に失敗して「何となく」自動車の専門学校へ進学した。
ところが、一年しないうちに「オレはそんなに自動車が好きじゃなかった」と、こぼした。
専門学校の入学金や授業料は高い。借金して頭金を作って進学させた私は
たね二郎の言葉に文字通り、膝から崩れ落ちた。
ただ「自分で選択した」という責任意識なのか、二年間、彼は悶々としながらも真面目に勉強して卒業した。成績もびっくりするほど上位層で修めた。
自尊心をパワーにしたのだと思う。
一方、自動車に興味が持てないとはいえ、じゃあ、自分は何がやりたいのか、二年という時間では答えを出せずにそのまま自動車メーカーへ技術職で就職。
そして、一年経った頃、彼は会社へ行けなくなった。
何日も欠勤するたね二郎を心配して彼の上司がわざわざ連絡をくれたり、会いに来てくれたりした。たね二郎は職場でも評価が高く、期待されていた。
しかし、そんな周囲の期待より自分の違和感を抑える苦痛に耐えられず
彼は退職を選んだ。
ほどなくして近所の本屋さんでアルバイトを始めた。そして、それ以外の時間はすべて、部屋に籠もりっきりで絵を描くようになった。
専門学校時代に製図か何かの授業で自分のデッサンを高く評価されたことが
彼の中に何かピンと来るものがあったらしい。
それ以来、趣味で描いてはいたのだが、退職後、何かに憑かれたように
バイト7時間、睡眠7時間、それ以外の時間をほぼ、絵を描くことに没頭した。
しかしそれは明日の見えない不安との葛藤でもあった。
いつもストレスフルで気持ちは荒んでいた。
自分の内面を外側の世界に投影させるかのように周囲の人・物、すべてに対してイライラしていた。
常に戦闘態勢というか、傍からみていると、独自の世界観を貫くために自分以外を全部敵にしているように見えた。
当時の彼の精神的救いがニーチェの言葉だった。
ーー自分自身の彫刻家であれーー
ーー存在するのは解釈だけであるーー
あの頃のたね二郎の荒んだ気持ちや尖る神経を癒したんだと思う。
あれから10年。
彼にとって、辛い20代は長かっただろうが、絵をやめることはなかった。彼は今、フリーランスで原画作成の仕事をしている。
まさに一国一城の主、ゼロから自分を彫ったのだ。
自分の感じるものだけを頼りに彼はこの物質世界において自身を築いたわけだ。
彼は仕事の内容のことや収入もいっさい、教えてくれない。
先日、たまたまある話題からTwitterの話になったとき、たね二郎には30万人近いフォロワーがいると知り、私は目が点になった。
「30万⁉ ケタ、間違えてんじゃない?」
「間違えてない」
「あんた、どこのだれ様?もしかして、有名な方?」
「いやいやいや、そんなんじゃないって。オレは下請けだから。」
何かちょっと鼻膨らんでる。
でも収入を探ろうとするとうまく避けられる。
彼は現在、自転車で15分ほどのところにアパートを借り、そこを事務所として使っている。そして溜まった洗濯物を持ってちょいちょい帰ってくる。
経済的にもう十分、独り立ちできているのに何故か洗濯機を買わない。
「それなりの実績があるってことなんだね」
私がそういうと、彼は真顔で私を見据えて言った。
「オレを、あてにせんように。」
たね二郎は機嫌が眉毛に出る。
やだ。
収入ってどのくらいあるのかなって聞いてみたかっただけじゃない。
何か釘をさされてます?
そして、何だかちょっと悔しい。
