知らない世界の扉を叩くということ
新しい仕事が始まった。
はじめて独り立ちする日の朝は、緊張と不安しかなかった。
もういっそのこと‥
わたしを煮るなり焼くなり、どうにかしておくれ!という境地。
覚えたての作業を、時間がかかってもいいから丁寧に、とコツコツ終わらせていく。少しテンパリながらも車内に戻ると、緊張状態だった自分がだんだんと冷静になっていくのがわかる。
「よし!次に行こう!」
気持ちを切り替えて、発進。
35歳から、いくつも転職を重ねてもう時期4年が経つ。
「わたしは成長しているのだろうか?」
例え短い期間であっても、そこから学べた知識とかじった程度でも経験が増えたことは、わたしにとって貴重な財産である。
数年前の自分では考えられなかった「行動力」がここにある。
続けられなきゃ意味がない。
人間関係がうまくいかないのは、欠落してる部分があるから。
あの人に比べてわたしなんて‥。
間違えたらどうしよう。失敗したらどうしよう。
「仕事」をしにきているのに矢印が
自分ばかりに向けられていた頃、生きてる心地がしなかった。
でも、「なにかが違う」ことには薄々だが気づいていたのだ。
職場を変わる度にわかったこと。
それは、わたしの場合「人に優しく、自分に厳しく」ではなく、「大切にしてくれる人には優しく、自分には度を超えて優しく」くらいがちょうどいいということ。
そして、合わない仕事は辞める勇気を持つこと。
試用期間の3ヶ月を存分に利用するのがいいと思う。
わたしが学生だった20年前。
まだ世の中は「石の上にも3年」の時代だった。
当時は若かったし、自信も自分の意見も持たず、言われたことをこなすだけで精一杯。そんなんだから、社会に出てとても苦労した。
強さを履き違えていたあの頃、当たれば弾ける癇癪玉で、いろんなことに苛立ちを持っていた。
友達と遅くまで飲み屋で語り合ったり、街中の弾き語りを聴いたり、給料日にとんかつを食べに行ったり。何かをかき消すように心を満たして、新しい出会いも悲しいお別れも経験しながら、仕事を踏ん張っていた。若さはお金では買えないが、もう一度戻りたいか?と聞かれても、答えはNO!かも。
話が逸れてしまったが、石の上にも3年の話。
頑なに握りしめ苦しめていたその考えが、ある時パッと変わった。
とてもとても、長い道のりだった。
たくさん自分を嫌いになった。
たくさん自分を責めて、たくさん自分と向き合った。
その1つ1つが、自己理解を深めることに繋がっていたなんて、当時は考えもしなかった。
誰も教えてくれない。
でも、これは教えられるものじゃないとわかってからは、自分自身で答えを導き出すステージへと進んだことに気づく。
大人の世界には、矛盾が散りばめられている。
人に優しく 実際は軽く扱われることの方が多い
努力は報われる 一生懸命頑張っても、結果が伴わないことがある、
やればできる 環境が整わない・出鼻をくじかれることもある
みんな仲良く 好き嫌いで判断する、陰口・悪口・意地悪は存在する
人に頼っていい 頼りすぎると重たく感じられる
空気を読め 読みすぎると自分の意見がないと言われる
失敗してもいい 実際は失敗すると評価が下がる
こんなことは、書く必要がないことかもしれないけれど、
この矛盾する2つの間をどう捉えるか、
大人になってからは大切だと思うようになった。
蓋を開けてみると、
物事って非常にシンプルだった。
歯を食いしばりながら頑張っていたあの経験は、かけがえのない時間であったことは間違い無いのだが、今思えば、「慣れない仕事内容」「向いていない職業」「複雑な人間関係」に、過剰に適応しようとする自分が組み合わさって疲弊していた。そんなんだから、働くことの楽しさに意味を見出せなかった。
体調を崩すのは、
やはり無理がたたっているサインなのだろう。
今の仕事をはじめて、今日で1週間。
とりあえず、まあまあ、それとなくやれている。
それでいいんじゃないだろうか?
わたしよりずっと若い芦田愛菜ちゃんの言葉で、心に刺さった一文がある。
「自分に人生の最終決定権があると思ってしまうと、うまくいかなかった時に自分を責めてしまう。結果はもう決まっていて、自分はそこに行くための方法を選んだだけ。そう思えると、楽になると思います」
自己責任という言葉は、時に暴力的に映る。
本当はもっと頑張りたかったのに、
環境が整わずそれを許さなかったこと。
頑張る意欲をくじかれること。
でもそれが、
自分の意思だけではない要素もあって「結果が決まっている」と思えれば、
色々やってみるのも悪くないかも!と、思える。
「わたしなんて」
「わたしなんか」
これを乗り越えた先に、たくさんの可能性があること。
でも乗り越え方は、自分で探そう。
社会に出て、たくさん人生経験を重ねた方々がいう「私もまだまだ、道半ば。」という言葉の裏にある本当の気持ち。
謙遜ではなく、父でも母でも、年上でも年下でもない、たった一人の人間として物事と向き合う姿勢だったことに気づけた時、嬉しかった。
「なにもない」と自暴自棄になっていた10代、20代、30代。
はじめから「ある」ものなんて、本当は、ないんじゃないだろうか?
今いる道の横に、もう一つの道がある。
その世界の広がりを、せっかくだから小さく楽しみたい。
つい、自分を卑下してしまいがちな生活に必要なことは、季節の果物を丸々1パック食べさせてあげる「自分への優しさ」なのかもしれない。
(今なら、さくらんぼ!とかね。)
さて、午後から何しよう?
まずは洗濯物を干しましょうか!
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