3年の期間限定海外移住でわかった。50代からの生きかた
2023年4月、娘の高校留学を機にオーストラリア・メルボルンに移住しました。
先月、娘は高校を卒業、私たちは12月に帰国します。
ふり返れば2023年は、私個人だけではなく、時代そのものが大きく変化していました。
約200年続いた“地の時代”から“風の時代”に入って間もない時期で、
コロナが終焉し、世界全体が大きく動き始めた時期でもありました。
そんな中、50歳になった私も、15歳の娘をひとり連れて、誰ひとりとして知り合いもいない“外国”に踏み込みました。
40代になって頭から離れない、ある言葉
移住した理由は、10、20、いやいやそれ以上になるかもしれません。
ただ、ひとつ言えることは、50歳という節目そのものが、
私の背中を大きく押したことは間違いありません。
40代を中盤に差し掛かった頃、
何となく“人生の折り返し”という言葉が、やたらと頭に浮かびました。
それは、朝の地下鉄でぎゅうぎゅうの車内に閉じ込められているときも、
ゆっくりひとりでスタバでお茶しているときも、
ベッドに入って本を読んでいる至福のときでさえも、チラチラ浮かび、
いつしか私の脳内を占領するようになりました。
これからの時間をどう使うか、人生で本当に大事なものって何なのか。
柄でもなくそんな哲学的な問いまで出てきて、当時、その種類の本を読み漁っていましたが、
結局、具体的な答えは何ひとつ見つかりませんでした。
もう、がんばろう!だけじゃ乗り切れない
そんな時です。
“風の時代”そのものが、私の考え方をいとも簡単に切り替えてくれました。
私はスピ系ではないのですが、この大きく変化した時代の流れ、局面だけは完全に一致しています。
私は1972年生まれです。
ガチガチの昭和世代の生き方で育っていますから、何が何でもがんばることがよしとされていました。
部活も受験も就職も、それから仕事も、すべて“がんばろう!”精神で乗り切る。
私もその渦にどっぷり飲み込まれてしまったひとりで、
部活ではうさぎ飛びをし、20代は完全にブラックな働き方をしていました。
今思い出しただけで、寒気がするほどです。
そのがんばろう精神を引きずったまま40代に突入して、
少しずつ、少しずつ、自分の中に何か、のどの奥に詰まったものがなかなか吐き出せない、
思い出そうとしているのにその言葉が出てこないというような、もどかしい違和感が日々の生活に出てきました。
50代は自分を心地良くするためにがんばる
そんな時です。
仕事が完全にストップし、人も世界も遮断する、コロナが起こりました。
テレビに映る映像を見ては愕然とし、
ニュースで聞くあらゆる数字に神経がキリキリと痛み、すり減りました。
コロナをきっかけに、今までがんばってきたもの、
続けてきたことが、一瞬で失われることを経験しました。
いくらがんばっても、どうしようもできないことも学びました。
それでもこのまま踏ん張って続けるのか、それとも方向転換するのか。
そんな時、頭にようやく浮かびました。
もっと、軽やかに、自由に、のびのびと生きたい。
もうそんなにがんばって生きなくても、いいかも知れない。
もういい加減、昭和のマインドは捨てよう。
令和の時代は、まったく別のベクトルのがんばり方があると思います。
それは、自分の心地良さを追求するためにがんばる。
経験から得られることに年齢制限はない
メルボルンでの3年間は、孤独すぎてたびたび眠れない日もありました。
慣れない海外暮らしで、胃腸炎にかかりトイレから出られない日もありました。
言いたいのに英語が浮かばず、もどかしい思い、恥ずかしい思い、悔しい思いは数えきれません。
ですが、3年間の海外生活がまもなく終わる今、ひとつの答えが出ました。
人生は、経験することで、いくらでも豊かに、幸せになれる。
年齢なんて関係ありません。
50歳からの海外移住で、ボランティア活動に挑戦しました。
英語が話せるようになりたくて英会話も学びました。
人種も世代も異なる、たくさんの友人に出会うことができました。
失敗した数もキリがありませんが、
困難を乗り越えた数はそれ以上かもしれません。
頭で考えるだけではなく、行動をして経験を重ねることで、違う景色が必ず見えます。
経験するたびに心が満たされ、人生の色彩が増していくように思います。
これからも、風のように軽やかに、しなやかに生きていきます。
