母の日でも父の日でもない、そんな日があったっていいと思う
毎年、母の日が近づくたび、少しだけ胸がざわついていた。
ノンバイナリーも自認している自分にとって、母枠だけに完全には当てはまりきらないからこそ、その祝日は少しばかり重たく感じていたのだ。
そして数年前に、ふと知った、
ノンバイナリー親の日。
「母の日」でもなく、「父の日」でもなく、「ノンバイナリー親の日」があったなんて!
なんだか、ずっと探していた道しるべを見つけたような感覚だった。
母の日や父の日に少し怯えながらも、でも心の奥底ではその日が大切だと頭ではわかっていた自分が、急に解放されたような気がした。
わたしのような親は、どこにもピタリとはまらないことに無意識に苦しんできたのだと、気づいたからだ。
ノンバイナリー親の日とは?
「ノンバイナリー親の日(Nonbinary Parents Day)」は、毎年4月の第3土曜日にある。
周知のとおり、母の日は母親に感謝を伝える日、父の日は父親に感謝を伝える日であるが、ノンバイナリー親の日はノンバイナリーである親に感謝を伝える日となる。
※ノンバイナリーとは、性別二元論に合致しないジェンダーアイデンティティを持つ人を表します。
母でも父でもない「ノンバイナリー親」としての立場は、社会にはまだ広く認識されておらず、
時には誤解や非難の声が届き、自分たちの存在が理解されず、静かに孤独が広がることもある。
でも、この日があれば、自分たちの存在が少しでも尊重されるのだと感じた。
単に祝うという行為を超えて、今まで無視されてきた存在が、しっかりと名前を持つ日。それがノンバイナリー親の日だ。
親として、自分らしく愛を受け取っていいんだ。
そのことを思い出させてくれる日が存在していたなんて、どうして今まで知らなかったんだろう…!
母だけではない、親としての自分
周囲にノンバイナリー親であることをカミングアウトすると、「あぁ、母でもなく父でもないのね」となんとなく単純に理解されることが多い。
だけど、わたしの場合は少しだけちがう。
「わたしは、ほんの少し母であり、だが母だけではない。親である。」言葉にすると、そんなところだろうか。
子どもたちから「ママ」と呼ばれていることには、むしろ心地よさを感じている。今のところ。
ただ、女性であることや女性として扱われることには、どうしても違和感を覚える。しかし、男性になりたいわけでも、父親になりたいわけでもない。
理解されにくいし、言葉では説明しづらいのだけど、それが確かなことだった。
性別はそのように単純な選択肢だけではなく、もっと幅広くて柔軟なものだということ。まさにスペクトラム。
だからこそ、「ママ」と呼ばれつつも、親としての在り方に自分らしさを忘れないでいたい。
子どもたちにとっては「ママ」であることに変わりはなくても、その呼び方の背後にある意味や価値観は、決してひとつではないということを感じながら育児をしている。
そんなとき、「クィアママ」という言葉を知った。
ああ、これだ、と思った。わたしの在り方に、ピッタリだと。
わたしは、ノンバイナリー親であり、クィアママなんだ。
自分らしく、親として子どもたちと向き合っている。
ノンバイナリー親の日、家族がお祝いしてくれた日のこと
去年も一昨年も、家族がサプライズで「ノンバイナリー親の日」を祝ってくれた。

子どもたちとパートナーから、手作りのカードや、ノンバイナリー色のお花をもらった。親になっても自分のジェンダーアイデンティティを忘れられていないって、こんなにも嬉しいものなんだ。

「母の日にはエプロン」「父の日にはネクタイ」というような、性別に特化した祝福や役割への感謝ではなく、家族が心から、わたしの親としての役割を認めてくれた瞬間だったように思う。
存在を感謝され、祝われるという経験は、時に思いがけない深い意味を持つことがある。
ノンバイナリー親の日が広まることへの期待
ノンバイナリー親の日は、決して母の日や父の日をなくすための日ではない。
母でも父でもない人が世の中にはいる。(前述したとおり、本当はもっと多様な性があるのだけれど)
なら、母の日でも父の日でもない、そんな日があったっていいと思う。
知り合いのジェンダークィアの親は、「マミー」や「ダディー」ではなく、子どもたちから「マディー」と呼ばれている。
わたしは今のところ「ママ」で問題ないのだけど、「マディー」と呼ばれるのもいいなと思っている。
他にも、「ペアレント」から文字を取って「レン」や「レニー」と呼ばれる親もいるそうだ。
親の呼び方は、家族によってそれぞれ異なり、非常に多様である。
性別がわからない相手には「〇〇ちゃん/くんのママ/パパ」と呼ぶのでなく、「親御さん」や「保護者の方」といったインクルーシブな呼び方を心がけたい。
春が訪れ、温かい季節がやってきたら、少しだけ思い出してほしい。「母の日」でも「父の日」でもない、ノンバイナリー親の日がくることを。
この日が広まることで、もっと多くの人が自分らしく親として生きることができるようになります。
最後に、家族へ。
あなたたちのおかげで、わたしはありのままの自分で親でいられます。
いつもありがとう。これからも一緒だよ。

海外の絵本「MY MADDY(マイ マディー)」
ノンバイナリーの親を持つ子どもたちがどんな風に愛を感じて、日々を過ごしているのかを描いた絵本です。日本でも翻訳出版されたらいいな〜。

▼ マガジン:[クィアとして、世界と向き合う]
クィア・ノンバイナリーとして、そして親として。 日々のなかで感じたことや、社会に対して「それはおかしい」と思うことを、自分の言葉で書き残しているマガジンです。
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