サタンタンゴ 小説について

クラスナホルカイ・ラースローのサタンタンゴについて,あまり小説の方について書かれているものを見かけなかったので,備忘録的に記録(念のため冒頭はネタバレなしで少し記載).
ちなみにタル・ベーラ監督による映画版も知らず,また読み終わった後に視聴もしていない,恥ずかしながら作者についても全く知らない,そんな人間がなんとなく手に取って読み始めたら,とんでもない泥濘に嵌った,そんな記録.

所感

私の所感をまとめると,閉塞的な,鬱屈とした,(物理的にも心理的にも)泥濘にはまった集落において起きる一連の出来事が果たしてどこへ向かうのか,ただその一点に集約された物語を,”サタンタンゴ”に込められた意図と併せ,クラスナホルカイの文体・文調を通して楽しむ,そんな小説,といったところ.うまく形容できる言葉を思いつかないけれど,総じて贅沢な読書体験だったように思う.

クラスナホルカイや彼の他の作品についてはWeb上で散々書かれているので割愛.あらすじは国書刊行会のページを参照.

補足

上記あらすじと併せて少し補足.そもそもこの男,イリミアシュが何者なのか,村人がイリミアシュをどう思い,何を求めるのかを念頭に読み解いていくことで,この物語を大いに楽しめると思う.個人的には,「どうやら〇〇のようだ,この人とこの人は同一人物かな?」くらいの感覚で読み進めていくことで,物語と,クラスナホルカイの描く世界とを楽しむことが出来るのではないだろうかと思う.

文体・文調自体もかなり難解だけれど,それに慣れてくると,愉しみが始まるように思う.作者の文章に惑わされる,誘導された先から一気に引き戻される,悲劇的な内容や村人が救済(またはそれに類するもの)を求める様子が一周回って喜劇のように見える,拠り所も視点が変われば一つの要素に過ぎない,といったところが愉快かな.


ネタバレあり

以降ネタバレあり.ただ,小説としての構造と出来事の一つがそれに該当している程度なので,気にならない方は是非最後まで.そもそもこの小説の愉しみがことの顛末を知るに限らずというところも多分にあるかな.

所感

結局,サタン”タンゴ”や12章の構成(I, II, III, IV, V, VI, VI, V, IV, III, II, I),直接そういう記載がなかったと思うけれど,円環,といった言葉などに表されるように,進んで戻る,初めに還るという話.とはいえ最終的に,医者!という点は誰しもが通るのではないだろうか.

個人的には,イリミアシュとペトリーナ(私はなぜか二人とも言及すべきと思ってしまう節がある)がしでかすことに焦点が当てられすぎており,第2部の第VI章あたりで,「結局何も起こらずに物語が終わるのでは.それを踏まえた上でどう最後盛り上げるのか,着地させるのか.そもそも読み手の期待を高めるだけ高めて結論なしに終わる,そんな小説なのでは.」と思ったりもしていた.とはいえ第2部第I章目で「フタキが起きたとき雨が降っていた…」といった描写が始まったあたりで感じた驚きは非常にうれしいものだったように思う.

各章の内容大枠

第1部の第IV章と第VI章の内容がお互いに入り混じっているかもしれない.間違っている箇所もあるかもしれない.実在するのか当人の抱く幻想・概念なのかが入り混じっているかもしれない.以降,あえて整理をしていないけれど,そもそもそういう物語であるということを記録しておく.

第1部

第I章

どこから鳴っているか分からない鐘の音でフタキが目を覚ますところから始まり,シュミッド妻の寝起きにシュミッド旦那が帰ってきたので、さも今来たかのように玄関からシュミッド宅に入り,金の持ち逃げを計画している会話に加わって些末な言い合いをしている傍ら,周りの状況がある程度描写されて(物理的にも心理的にも),彼女にばれたか?,いや大丈夫,なんなら,死んだはずの人間が帰ってくるらしい,そんなわけがない,とりあえずあそこに行ってみよう,となって物語の幕があがる.

第II章

二人の男が座って待っているとある場所の描写がしばらく続いた後,官吏(当局?)に呼ばれて部屋に通されると,二人の話は聞いている,いうことを聞けと大尉に頭ごなしに詰られ,押し問答をしつつ仕方がないので酒を飲みながら,あの場所に行ったらいいだろう,でももうあそこには誰もいないのではないか,そんなわけがないあいつらは一生あそこに縛られた運命だ,と断言され途中少年に出会うも,二人が歩いていく様子が,泥だらけの,雨模様の様子と共に語られていく.

第III章

当人の書く文章をはじめに,医者の描写する内容が描かれた後,蜘蛛の巣や掃除されていない部屋,動かないトイレと匂いの充満する家でブランケットをかぶり窓から他人の様子をただ観察・記録をしていく,クラーネル妻に世話をされている,そしてたばこと酒がやめられない医者の存在がひたすら語られ,最後酒が切れたが故に,泥だらけの,雨模様の中,酒を求めて歩き,工場で雨宿りをしマリからタバコをもらいつつ,バーの前にたどり着くとエシュティに(文字通り)袖を引かれ明らかに様子のおかしいホルゴシュ家の1人が駆けていく様子を目で追った後,雨の中体調をくずし倒れ込む.ならず者の姿を見る.

第IV章

部屋が寒いと訴える農家,店主そして校長が,ケレメンの言う「あいつが帰ってきた」という話を聞く過程で,薄汚いバーの様子が描写されるとともに,ケレケシュは酔いつぶれビリヤード台に突っ伏し,こぼれないように取り上げられたワインはどこに行ったのかと周りを咎め,ハリチ妻は旦那に聖書を読めと喚き,足の不自由な男は用を足すために喧騒から離れては戻り,シュミッド妻が立ち上がり「土のにおいがする」と言う.

第V章

寝ている母親を起こさないように,兄を恐れず,姉に不在を悟られないように屋根裏の鳩小屋から抜け出す描写と共に始まり,エシュティと家族との関係性が描かれる傍ら,シャニにお願いされたことを,頼られることにうれしさを感じつつ,何とか実行しようと走り回り,難しいことを考えられないながらも導き出したものを兄に届けるも謗られ,自ら殺した,唯一の相手であった可愛がっていた猫と,きっと迎えられるであろう場所に行けることを信じ,それでもなおシャニが見つけやすいように,わかりやすい場所で自殺する.

第VI章

それぞれが到来のニュースを聞き,各々がその存在を畏れる様子が語られ,シュミッド妻だけは帰還を喜び,ハリチ妻は帰還を宗教的な救済者の登場のごとく受け止め,ホルゴシュ家母が娘を探している状況の中,農家によるアコーディオンの演奏を機に,酒も入って狂乱のダンスが始まり,校長がシュミッド妻やクラーネル妻と踊る,ハリチ妻とは踊らない,そんなところに,ついにイリミアシュとペトリーナが到着する.

第2部

第VI章

狂乱の踊りと打って変わって,イリミアシュの演説,悲劇的な報せと村人が直面する事実や責任,このようなことが起きていたというのに君たちは何をしていたのか,が語られ,併せてイリミアシュが考えている,新しい共同集団を作りたい,そのために金が要る,という話が明かされるとともに,妄信的に自身が持つ有り金全てをイリミアシュに預ける,わざとらしくそんなものは受け取れない云々といったやり取りを経るものの,結果状況はイリミアシュが金を持った状態で章が閉じる.

第V章

それぞれは移動のための荷造りをはじめ,これまで住んだ場所をどう去っていくかが描写されつつ,イリミアシュに持つ期待に胸を膨らませ,泥だらけの,雨模様の中,目的地に向かって歩き出すが,フタキが遅れ気味でついていく中些細なことで喧嘩をしたり疑心暗鬼になったり,自分たちの行いに疑問を呈すような雰囲気を醸しながら,何かに気づきながら,なんだかんだで一行は目的地の旧館跡にたどり着く.

第IV章

彼らをのせていなくなったところから始まり,イリミアシュとペトリーナが少年とともに移動を始めると,その道中,宙を舞うエシュティのような,妖精のようなものを,幻想なのか虚像なのか,実際に目撃したのか,それに大いに慄いた後目的地にたどり着いた一行は,トラックを知人から借りる約束を取り付け,ペトリーナがおぼろげに聖書をそらで読み上げながら,3人はバーで眠りにつく.

第III章

旧館跡で起きた一行はなかなか姿を見せないイリミアシュに,我々は騙されたのでは,いやそのうち到着するだろう,我々を見捨てるなんてことはしないはずだ,そんなことなんでわかる,私はそもそも初めから反対だった,と弁駁に励む状況になり,勢い余って流血沙汰になったところにイリミアシュが登場,目にした状況に怒りを覚える芝居がかった叱責をし,借りたトラックで一行を連れ去り,それぞれの行き先とすべきこと,探すべき人を教え,一行は離散する.

第II章

文章を読みながらタイプライターを使って打ち込む作業を行っている官吏が,果たしてこの文章をどう文書化すべきかとうんざりしながら作業している様子が描かれる.届けられた文章には一行がどう扱われ,どこに移動させられ,何のために,そして今後どうしていくことが最適か,ということが延々と衒学的に,極めて難解に記述されているものの,官吏は単に文書化する,定時が来れば家に帰り愛する人と時間を共にする.

第I章

医者がいつもの椅子に座り,記録をつけてきた村人のそれぞれのノートを広げると,どこかから鐘の音が聞こえてくるものの,音を鳴らすような鐘は近くにはないはずが,記憶の中に他の場所が思い起こされたが故にそこに向かうと鐘のある場所で浮浪者と出会う.家に戻り,再度ノートを広げ,ペンをとり新たに記録を始める.どこから鳴っているか分からない鐘の音でフタキが目を覚ます..…

雑多に感想

結局上記の内容大枠を目で追っても,何が何やら,となるように思うけれど(描写される人物も実際にはもう少し多い),これをことさら難解にした文章が数百ページにわたって描写されている,そんな物語.

物語を通してまあ文章が密に詰め込まれていて,まずそれに面食らう.一文がページを跨いだ長文で書かれていることもざらなので,一文を読み終わる前にこれ誰の描写だったかな,となるのは日常茶飯事で,恐らく彼の発言だろうと読み進めている途中に,あ,これ違うな,となり,だとすると前1頁分くらいの理解が違わないか,あれ,でもそうするといると思っていたあいつがいないことにならないか,うええ,となっていく.こうして巧妙に物語の捉え方が構築されていくことで,第2部第I章でそれが瓦解していくことを大いに愉しめるようになっているのだと思う.

もう少し上記について書くと,描写されている内容が,誰の,いつ,どこにおける,何についての,誰の視点のものなのかがとにかく分かりづらい.作者の他作品を経験済みの方は慣れたもの,といったところなのだろうか.ある程度読み進めると大体分かるのだけれど,誰が,についてはかなり混乱する.名前と肩書と,場合によっては関係性で描写されるのだけれど,基本的に,誰が誰である,という分かりやすい記述は多くはなかったように思う.記憶に残っているのは「…と,農家のケレケシュが言った」くらい(心の中で,なんてわかりやすい一文!と思ったのを覚えている笑).第1部第II章の最後に,イリミアシュが捲し立てる様に「誰は何をしていて,あいつはこうだ.相手の誰々はこうで……」と語る部分で明かされるのかと思いきや更に混乱するだけと言うところもこの点に拍車をかける(それに気づかずこのイリミアシュの説明を頑張って理解しようとするのもまた一興かな).とはいえ村の様子やイリミアシュが誰かという点の手助けにはなる.

この「誰の,いつ,どこにおける,何についての,誰の視点のものなのか」に考えを巡らせれば巡らせるほど,どんどん焦点がイリミアシュによっていく.そして,繰り返しになるが,第2部第I章目にたどり着くころには,だいたい物語の見方が固定化されていて,それがゆえに大きな驚きをもって物語が閉じる,というよりは初めに戻る,というのがこの小説のポイントなのだと思う.

ちなみに頭の中で構築されていく世界観が実際にはそうではない,という状況になることも多分にある(これは私の理解力の問題も大いにあると思うけれど).例えば,土砂降りの,泥だらけの中,薄汚いバーに集まって一行が酒を飲みながら狂乱のダンスにいたる,という点も,私の中では勝手に夜の出来事,という枠組みが出来上がっていったのだけれど,実はその後にイリミアシュとペトリーナが到着した時点が夜の始まり,といった始末(なんなら私は,描写されるまで,その名前からペトリーナは女性だと思っていた).

登場人物も振り返ってみれば大した数はいない.そもそもそれを理解するのもしばらく時間を要したし,それぞれの人物像や関係性についても同様.単語一つで,どうやらこの人はあの人に対して思う所があるようだ,ということもしばしば.

イリミアシュに対する思いもそれぞれで,平易に言うと,基本的に救済者としての像を投影してはいるのだけれど,ハリチ妻,シュミッド妻,クラーネル旦那は他と明確に違っていたように思う.ハリチ妻は,まあ雑に言うと宗教にそまっているし,シュミッド妻は恐らくイリミアシュと関係を持っていたのだろうけれど(それとも自身の願望を信じすぎてそうであったと思っているのか),それ故についにこの村から解放してくれる人が帰ってきたと嬉々としているし,クラーネル旦那はイリミアシュの演説に対して他が投げかけている狂信的な眼差しを軽蔑しているよう.
私はこの時,シュミッド妻は他とは異なってイリミアシュと共に歩んでいくことになるのか?とも思ったけれど結局他と同じ末路をたどっているわけで,シュミッド妻の滑稽さが際立っただけであった.

あらすじだけ事前に読んでいた私は,イリミアシュとペトリーナが中心人物であることはそれとなく分かってはいたのだけれど,いったいいつになったら登場するのやらと思いながら,第1部第I章を読んでいた.第1部第II章でイリミアシュとペトリーナが漸く登場するわけだけれど(たかだかII章目にたどり着くのに「漸く」ってどういうことなのよ,となるところだけれど,当時私は本当に「やっとか!」と思っていた,それくらいクラスナホルカイの文章に面食らっていた…),結局彼らが何者なのか,これから何を目的に動き出すのか,については明示されない.描写の端々から凡そ掴めはするし不穏な様子は明確に認知でき,それが第2部II章につながってくる.

全12章の中で,第1部第V章は特に記憶に残る章の一つのように思う.それまでの村人の様子を追いかけていた時と同様に読み進めていると,何やら様子がおかしい,という点が,一切明示されないにもかかわらず,頭に植え付けられ,それが育っていくと同時に,私の場合は,そうはならないよね?と思い描いたままになってしまった.エシュティの服従せざるを得ない,自立していない状態でこの環境にいる,騙されていることが明白であるにも関わらず,それを愛情や承認ととってしまうことと,子供ながらの残虐性とがシャニを通してより強調させられているように思う.その上で最後一緒にミツールと命を絶つところ,この後に及んでもシャニが見つけやすいように,となっているところが非常に切ない.またそれを知らずにバーで酒を飲みながら踊り倒している彼ら,その知らせを聞いてもそっちのけでイリミアシュの演説を聞いて移動を始める描写も,なかなかのもの.そしてこの第1部第V章があるために,第2部第IV章の内容が特に際立つ.

一行が金を預ける所くらいから,その前のエシュティの章もあったことで,一周回って割と笑いながら読み進めていたけれど,それも結局医者の中の物語だったのだろうか(この辺りは考察が分かれるのだろうと思う),と円環が閉じるところに直面すると,見事にクラスナホルカイの掌で踊らされていたかな,と.

物語を支えていたイリミアシュと彼の目論見も官吏の手に渡れば一つの案件程度になってしまう皮肉など,まだまだいろいろとあるのだけれど,疲れたので一旦ここで終了.

いろいろな人が種々に考察をされているので,ここでは考察は割愛.以上,記憶を頼りに書いたので間違っているところやそもそも誤って捉えている箇所も多分にあると思うけれど,ともかく,冒頭に書いたように,12章を通して非常に贅沢な読書体験だったように思う.

すべてを理解しきれているとはとても言えないので,日本語訳もとても気になる.パリンカ飲んでみたい.


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