「あんた この計り事どう思う」:年末に「デッドマウント・デスプレイ」を見た話

 『最後にひとつだけお願いしてもよろしいでしょうか』と『とんでもスキルで異世界放浪メシ2』の2本が終了してしまい、寂しさを紛らわせるように年末は『デッドマウント・デスプレイ』を配信で視聴。放映時に一度観ていたので今回は2周目になるのですが、記憶が薄れていた部分も多く、改めて高い解像度で楽しむことができました。 そこで、なぜここまで自分の好みに刺さるのかを考えてみることに。成田良悟の作品は『バッカーノ!』『デュラララ!!』の頃から好きでしたが、一連の作品群が自分の嗜好にバチコンとハマるのは、何か決定的な要素があるはずなのです。自分なりに整理した結果、次の2点に行き着きました。特に2点目は、今後のエンタメの在り方にも関わるのではないかと思っています。

1:ダジャレぎりぎりの人名&ターム

西尾維新にも通じますが、成田良悟のネーミングセンスは悪ふざけのようでいて、実は非常に巧みです。「誕毒犯」や「怪人ソリティア」など、誤変換・誤字・脱字・ダジャレの境界線を攻める言語感覚が冴えわたっています。 さらにキャラクター造形も、名前だけでなくビジュアルを想起させる仕掛けが満載で、通りすがりのキャラクター(しかも後に意外な形で物語に絡んでくることも多い)ですら読者の記憶に刻みつけます。

日本語の「韻」を踏んだネーミングは、ビックリマンチョコの「天使VS悪魔」シールの趣すら感じさせます。膨大な知識量に裏打ちされつつ、軽快なテンポで不可思議な名前が次々と飛び出す様は、小説という形式を借りたラップのようです。 心地よい言葉の機関銃は、時にタイポグラフィー小説のようでもあり、読み疲れることがありません。人によっては受け付けない要素かもしれないですが、自分にとっては新鮮で、その行間に漂う空気を読み取るのが一種の快感となっていきます。

2:過剰な情報の羅列

前述の言語感覚とも関係するのですが、成田作品は圧倒的な情報量で構築されています。ラノベと呼ばれながら登場人物が異様に多く、むしろ新キャラの登場が物語の推進力になっていると言っても過言ではありません。 その手法において『デッドマウント・デスプレイ』は一つの完成形に達しているように思います。

物語の前段にあたる異世界側のエピソードは、単行本巻末の短編小説として補完され、そこには二つ名を含む膨大な固有名詞が並んでいます。この“フレーバーテキスト”は後の本編にも深く関わることが多く、時には「そう伝わっているが真相は……」という煙幕の役割すら果たしています。

膨大な登場人物とキャラ解説は、必ずしも漫画本編と一致しません。断片的に語られたキャラクターを深掘りすることで、新たな謎と物語が湧き上がる仕掛けです。この既視感は何かと考えたとき、ガンプラのMSVや『ファイブスター物語』に通じるものがあると気づきました。

大塚英志の『キャラクターメーカー』では、TRPGのキャラメイクによって物語を構築する技法が紹介されていますが、『デッドマウント・デスプレイ』はまさにそれを実践しています。 大塚の手法がダイスロールとカードの組み合わせでキャラを作るのに対し、成田良悟はキャラクター名(あるいは通称)を起点に妄想の枝を広げ、物語へ組み込んでいく点が突出しています。

思えば『無敵鋼人ダイターン3』も、主人公・波瀾万丈という名前が浮かんだことで企画の方向性が定まったそうです。物語作りに詰まったら三題噺のように構造を分解するのも良いし、むしろ三題噺で断片的なキャラを作るのも面白いかもしれません。

「ドライアイスを食べる豪華客船のコギャル」
「重くて固いトイプードル」
「量子コンピュータ並みの計算ができる哲学者の鳩」

こうした無関係な言葉の組み合わせが、物語を紡ぐエンジンになることもありそうです。

フレーバーテキストや設定を固めると発想が縛られると嫌う向きもあるようですが、自分としては、むしろルールを設定することで独自の物語展開が生まれると考えています。荒唐無稽で知られるアメコミも、実は厳密なルールを定めたバイブルが存在します。そこを踏まえて、そのルールをどう逸脱・破壊するかが各ライターの腕の見せ所でもあるのです。

3:結論として

結局何が言いたいかというと、「圧縮された情報の羅列のレイヤー化」から新しい物語が生まれる時代が来ているのではないか、ということです。

60〜70年代の邦画には歌謡映画というジャンルがありました。ヒット曲があれば、それを元に一本映画を作ってしまうという大胆な手法で、決して傑作揃いではないですが、三題噺の“お題”をヒット曲に置き換えたと思えば悪くないアプローチかもしれません。

「ゼロからイチを作る」ことの難しさはよく語られますが、断片的な情報を吐き出すこと自体が、まさに「ゼロからイチを作る」行為につながるのだと思います。 なろう系サイトやSNSなど、発表媒体を自由に選べる時代。こうした情報の羅列から生まれる物語は、もっと主流になっても良いのではないでしょうか。 もしすでに主流で、自分が知らないだけなら「ゴメン」という話ではあるのですが。
 



 

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