アマチュア吹奏楽団を法人に?なにそれ?美味しいの?第3回
法人という「不老不死」のロマン 〜私から音楽を解放したかった動機〜
「メンバーが増えてくると、扱うお金も大きくなり、必要とされる物も増えてくる。学校という母体を持たない私たちにとって、高額かつ大きな打楽器、演奏活動をする上で欠かせない楽譜をどうするか?」については、常に悩みのタネでした。
ティンパニ一セット、バスドラム、マリンバ……。
これらを買い揃えるには、軽自動車が数台買えるほどの資金が必要です。そして、それを置く場所、運ぶ車、メンテナンスする手間と費用。
これらすべての「責任の所在」は、今のままでは「代表者である私個人」という細い一本の糸に繋がっています。
「私」というボトルネックからの脱却
第1回、第2回で触れた通り、私たちの楽団は「幽霊(権利能力なき社団)」です。
どんなに立派な楽器を買っても、対外的には「代表者の私物」に見えてしまう。
どんなに団費が貯まっても、銀行口座には「私の名前」が刻まれている。
「もし、私が明日いなくなったら、この楽器たちはどうなる?」
「この通帳は、団のものとしてスムーズに引き継がれるのか? それとも私の遺産として凍結されるのか?」
この「すべてが人に帰属してしまう」という呪縛から、楽団という組織を解放したかった。
それが、私が法人化を真剣に検討した最大の動機でした。
「透明な箱(法人)」という魔法
「法人化」とは、いわば楽団という集まりに「独自の命」を吹き込む作業です。
私という生身の人間とは別に、「吹奏楽団」という名前の、死なない人間(法人)を誕生させる。
つまり、それは
楽器や楽譜は「法人のもの」になる。
銀行口座は「法人のもの」になる。
貸借契約も「法人のもの」になる。
こうなれば、代表者が誰に入れ替わっても、あるいは私に万が一のことがあっても、楽団の資産や活動は、その「透明な箱(法人)」の中で守られ、永続していく。
創設者として、自分が作った組織が「私がいなくても社会的に(理論上は永遠に)存在し続ける」という景色は、何にも代えがたいロマンでした。
「有限責任」という責任の範囲
もう一つ、見逃せなかったのが「責任の範囲」です。(法人の設立形態によって色々ありますが、一般的な「株式会社」に例えています)
非法人(幽霊)の代表は、何かトラブルがあれば私産を投げ打ってでも責任を負う「無限責任」に近い状態にあります。
「もし主催演奏会で舞台事故が起きたら?」
「もし楽器運搬中に高額な対人事故を起こしたら?」
「もし借用していた楽器を壊してしまったりしたら?」
法人格があれば、基本的には「法人の財産の範囲内」で責任を負うことになります。(法人の形態にもよります)
自分と家族を守りつつ、より大胆に、より社会的な活動を展開するための「防弾チョッキ」。法人化は、私にとってそんな安心の象徴でもあったのです。
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