アマチュア吹奏楽団を法人に?なにそれ?美味しいの?第5回(最終回)
吹奏楽団の「終活」 〜その「命」が消えるとき、残ったものは〜
「始める」ことよりも「終わらせる」ことの方が、エネルギーを要する。
これは人生の常理ですが、組織の運営も全く同じです。20年続いた楽団の幕を引くにあたり、私は自分なりの「吹奏楽団の終活」に向き合うことになりました。
もし「法人」という殻を作っていたら
もしあの時、理想に燃えてNPO法人などの「人格」を作っていたら、解散の手続きはそれだけで一つの「プロジェクト」になっていたでしょう。
解散登記と清算手続き: 法務局へ行き、官報に解散の公告を出し(費用がかかります)、清算人を立てる。
終わらない書類仕事: 財産目録を確定させ、法的な手順に則って数ヶ月、あるいは年単位の時間をかけて「手続き上の死」を完了させる義務。
「形」を作ることの代償は、最後の最後までついて回ります。
「総意」という名の、最後の意思表示
私たちの楽団は、あえて「権利能力なき社団(幽霊)」であり続けました。
だからこそ、20年かけて積み上がった膨大な「モノ」と「カネ」の処分は、驚くほど人間味のある、温かいプロセスになりました。
備品の処分:
第2回で触れた通り、団の楽器や楽譜は法律上「総有(そうゆう)」、つまりメンバー全員の持ち物です。私たちはこれを、厳格な法的ルールではなく「残ったメンバーの総意」で処分、換価することに決めました。
「これは処分」「これは買ってくれる誰かへ」。
法律的にはグレーな部分があるのかもしれません。しかし、長年同じ音を奏で、最後に残った仲間たちの納得感こそが、私たちにとっての正解だったと信じています。
お金の行き先:
最後に残った団費をどうするか。メンバーで分けるのも一つの手だったかもしれませんが、去っていったメンバーが残してくれた財産を、残ったメンバーで分けるという考えを持つことはできませんでした。
結果、私たちは「日本赤十字社」への寄付を選びました。
通帳の残高をきっちり「0円」にした瞬間、20年間のすべての数字が、社会への貢献という一つの形に変わりました。
20年間の「正解」を噛み締めて
解散の手続きを終え、空っぽになった通帳と、主のいなくなった棚を眺めたとき、私は心の底から思いました。
「あの時、法人化しなくて本当によかった」
法人という「重い看板」を背負わず、身軽な「幽霊」であり続けたからこそ、私たちは事務手続きの泥沼に足を取られることなく、最後の一音まで音楽に集中し、そして最後はサッと霧が晴れるように消えることができたのです。
結び:形は消えても、記憶は残る
「法人格」という永遠の命(永続性)は手に入りませんでした。
でも、20年という時間を「身軽な自由」とともに駆け抜けた記憶は、どんな法的な登記簿よりも鮮明に、私たちの心に刻まれています。
所有しないことの強さ。形にこだわらないことの潔さ。
残高0円の通帳とともに、何も残さずに幕を閉じました。
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