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地テシ:453 ネタバレで巡る「爆烈忠臣蔵」

 さあ! いよいよ! 長らく上演して参りました「爆烈忠臣蔵」が終わりますよ! 終わっちゃいますよ! いや、終わるったってまだ6ステージもあるけど!

 とりあえず、あと一週間で終わりってことですよ。最後まで気をつけていきたいと思います。その替わりに皆様は存分にクリスマスをお楽しみくださいませ。


 さて、その「爆烈忠臣蔵」ですが、タイトル通りに歌舞伎の「仮名手本忠臣蔵」のシーンがいくつか出てきます。それだけではなく、他にも様々な歌舞伎の名シーンもでてきます。それどころか、劇中劇として様々な別の作品も出てきますよ。
 ただ、ご存じでない方にはピンとこない可能性があるのですね。いや、如何にもな最近のあれやこれやはいざ知らず、歌舞伎のワンシーンなどは伝わりにくいかもしれません。
 ですので、その内のいくつかをサラッとだけ解説しておきたいと思います。既にご覧頂いた方々には復習がてら、あるいはちょっと判りにくかったところの補足としてお読み頂ければと思います。つまり、ネタバレです。ネタバレですぞよー!
 まあね、あと一週間ですからね、ネタバレしてもいいかな〜って思いまして。ほら、来週の千秋楽の後だと疲れて何も書けないと思うからさ。今週の間にネタバレしちゃうよ。
 ですので、これから舞台をご覧になる方は読まない方が良いと思います。

きっちりネタバレですよ! いいですね! 書きましたよ!





 では、まずは「仮名手本忠臣蔵」関係から。今作では天保の改革で奢侈禁止の圧力が掛かる中で忠臣蔵を上演しようとしています。そして劇中劇として所々で忠臣蔵っぽいシーンを断片的に上演しております。
 「仮名手本忠臣蔵」では赤穂事件をそのままではなく、南北朝時代に置き換えているコトは以前にも書きましたとおりです。ですので、吉良上野介は高師直(通称は武蔵守)に、浅野内匠頭は塩冶髙貞(通称は判官。伯州城主)に、大石内蔵助は大星由良之助に置き換えられています。武蔵守は判官を様々な悪口で馬鹿にしますが、美しい奥方に夢中で内にこもってばかり居る鮒のようだという意味で「鮒侍だ!」と罵倒するワケですね。で、ついに堪忍袋の緒が切れた判官が武蔵守に斬りつけるのです。これが「三段目 松の廊下の場」です。「仮名手本忠臣蔵」では武蔵守に「どうする?」と挑発された判官が「をを、こうする!」と言いながら打ちかかりますが「爆烈」では違います。ちなみに「うろくづ」とは「鱗」と書いて魚を意味しますよ。
 そして四段目は「判官切腹の段」。由良之助はまだかと待ちかねた塩冶判官が腹に刃を突き立てたところに由良之助が走り込んできます。そして判官はその九寸五分の腹切り刀を由良之助に託して絶命するのです。なお、「風さそふ 花よりもなほ 我はまた 春の名残を いかにとやせむ」というのは浅野内匠頭の辞世の句です。つまり赤穂事件の方ですね。
 五段目は「二つ玉の段」斧貞九郎(おのさだくろう)という山賊(実は赤穂家家老の斧九太夫の息子)が、夜道で与市兵衛というお爺さんを殺して五十両を盗みます。舞台には雨の中に刈り取った稲を干す稲掛け(いながけ)が置かれており、定九郎が隠れたりする五段目名物のセットがあります。
 五段目といえば以前には弁当場と呼ばれるほど人気のないシーンでしたが、江戸中期の大名跡・中村仲蔵が工夫した黒羽二重に破れ傘、白塗りに血糊を使った定九郎の演技が評判となり、以降はそのスタイルで演じられることとなりました。
 ちなみにこの段は、定九郎が与市兵衛を殺して金を奪って、猪がやってくるので隠れてやり過ごして、その後、猪を狙った早野勘平(実は赤穂浪士の一人)の銃弾に当たって定九郎は絶命することになります。
 そしてその早野勘平の若奥様がお軽さん。お軽さんは意外と出番が多くて、色っぽいシーンも多いので忠臣蔵で人気の女性キャラです。当時の大歌舞伎では女性は舞台に立てませんでしたが、もしも、このお軽を江戸で一番人気の芸者さんが演じたとしたならば大評判となったことでしょう。
 その後、六段目のお軽勘平から勘平切腹のくだり七段目の祇園一力茶屋九段目の山科閑居などがあって、十一段目の討ち入りとなります。時は師走の十四日。見事に高師直の首級を挙げた赤穂浪士たちはエイエイオーの掛け声を挙げて判官の眠る光明寺(史実では泉岳寺)へと凱旋するのです。


 他にも色んな歌舞伎の名シーンがいくつか出てきますよ。荒事の代表作「暫(しばらく)」では、善良な人々が虐げられている所へ派手な衣裳と鬘の鎌倉権五郎景政が「しばらく〜」の掛け声と共に登場して大活躍します。それとは関係ありませんが、サングラスにショットガンといえば「西部警察」ですよね。あと、サングラスといえばコント赤信号のリーダーですよね。
 また「与話情浮名横櫛(よはなさけうきなのよこぐし)」という演目にも名台詞がありますね。一目惚れした与三郎とお富(おとみ)が逢い引き中に親分に見つかって、与三郎はボロボロに刀傷を付けられてしまいます。三年後、ひょんなところでお富さんに出会った与三郎は頬被りをしたまま詰め寄ります。「え、ご新造さんぇ、おかみさんぇ、お富さんぇ、いやさお富、久しぶりだなぁ」そこで手ぬぐいをパッと脱いで「与三郎だ」と名乗るわけです。形式張った呼びかけから砕けた物言いへと変化していくところが印象的です。「斬られ与三」とか「源氏店」とか呼ばれて親しまれていて、映画や歌謡曲としても有名ですね。
 さらに「青砥稿花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ)」通称「白浪五人男(しらなみごにんおとこ)」という演目もありまして、名高い「稲瀬川勢揃いの場」では悪党五人が番傘片手にズラッと居並び「問われて名乗るもおこがましいが」とそれぞれ名乗りをする名シーンもあります。


 あと、赤穂事件と忠臣蔵に絡む話でちょっと補足を。「爆烈」の終盤には「堀部安兵衛」という人物がいきなり出てきます。ここの辺りはご存じない方には判りにくいかもしれませんのでちょっとだけ補足したいと思います。
 まず、堀部安兵衛武庸(ほりべやすべえたけつね)というのは実在した赤穂藩士です。赤穂事件の後、なんとか浅野家を存続させようとする大石内蔵助らの穏健派に対して、サッサと吉良を討ち取ろうと主張する急進派のリーダーが堀部でした。大石はなんとか堀部たちを抑え、浅野家再興の道が途絶えてのちに大石と堀部は和解して討ち入りへと繋がっていくのです。
 で、この堀部安兵衛は「高田馬場の決闘」という実話でも有名です。まだ独身の中山安兵衛だった頃、同門の侍が高田馬場で決闘をすることとなり、その助っ人として参戦して三人を斬り倒した剛の者です。その名声を聞いた浅野家家臣の堀部家が婿としてとって堀部安兵衛となりました。討ち入りの八年ほど前の話です。そして討ち入りでも大活躍して後に切腹するわけです。
 もちろん、元禄の平和な世の中ですから、赤穂浪士の中で実際に人を斬ったことがあるのは安兵衛しかいません。そういった意味でも頼りにされていたのだと思います。
 そんな安兵衛の活躍に尾ひれが付いて、講談や映画などでどんどん話が膨らんでいきます。決闘では18人を斬り捨てただとか、酒を飲んで寝坊して決闘に遅刻しそうになって駆けつけたとか、決闘の観客の中に偶然にも将来の奥方である堀部きちがいて、襷を探していた安兵衛に扱き帯を渡して助けただとか、様々に脚色されていきます。もうどこまでが本当のエピソードなのか判りません。まあ、それほどまでに堀部安兵衛は江戸の昔から人気者だって話ですよ。


 ついでに「桶狭間の合戦」についても少しだけ。あまりにも有名なのでもちろんご存じだとは思いますが、戦国時代中期に起こった、東海の雄・今川義元と尾張のうつけもの・織田信長との戦いです。大軍ながら長く伸びてしまった今川軍に、信長がピンポイントで義元本陣へと切り込んで大金星を挙げたとされる有名な合戦です。三国を統べる大物である義元を倒すことによって、信長は戦国の覇者への第一歩を踏み出したのです。
 「爆烈」での信長は「必勝祈願の頬当て」を付けていますね。頬当てというのは「面頬(めんぽお)」ともいいまして、合戦時に兜の中の顔を守るための防具です。いわゆる「仮面」のような形をしていますが、時代と共に装飾性の高い様々な形のモノが使用されたようです。中には顔を半分だけ覆うようなモノもあったかもしれないし、付けた者はまるで怪人のように見えたかもしれませんね。あ、それから「小半時」とは約30分を意味しますよ。


 そんなこんなのネタバレ解説。まあね、正直いいますと私も気付いていないネタやオマージュがまだまだあると思います。ですがまあ、判りやすくて大きなネタだけ解説致しました。既にご覧頂いた方なら、ああ、あのシーンのコトかと思い出して頂けましたら幸いです。

 さあ、いよいよ6ステージとなった「爆烈忠臣蔵」。来週の金曜日までの一週間、爆発的に猛烈に行きたいと思いますよ!