SES業界の多重下請け問題と解決策|最新事例
SES業界における多重下請け構造とは
SES業界の多重下請け構造とは、発注元企業から受注したプロジェクトを複数の企業が下請けとして分担する仕組みのことです。この構造では、一次請け企業から二次請け、三次請け、さらには四次請けと、階層が深くなるほど単価が下がっていきます。
短文で言えば、「誰が誰に仕事を出しているのか分かりにくい」状態です。長い目で見ると、この構造がSES業界全体の生産性と技術者の待遇に大きな影を落としているのです。

多重下請け構造が生まれた背景には、大規模システム開発における人員確保の難しさがあります。例えば、100人規模のプロジェクトが発生した場合、一次請け企業が自社だけで人員を確保するのは困難です。そこで二次請け、三次請けと人材を集めることになるのです。
富士通のオフィスで働いていた方の経験によると、フロアで働く人の中で富士通の正社員は2〜3割しかいなかったそうです。残りはパートナー企業と呼ばれる下請け企業の社員でした。これが現場の実態なのです。
面白いことに、プロジェクトメンバーの誰がどこの会社の人なのか、パッと見ではよくわからないという事態も起きています。二次請け会社の名刺を持っていても、実際は三次請け、四次請けの会社だったりするのです。
多重下請け構造が引き起こす問題点
多重下請け構造は、SES業界に様々な問題を引き起こしています。これらの問題は、技術者個人から業界全体まで、幅広い範囲に影響を及ぼしています。
まず最も深刻なのは、下請け構造の末端に行くほど技術者の待遇が悪化することです。一次請けから二次請け、三次請けと階層が下がるごとに中間マージンが発生し、技術者に支払われる報酬は減少していきます。

品質責任の所在が分かりづらくなるのも大きな問題です。発注者と下請け会社の層が厚いほどプロセスが細分化され、問題が発生した際に責任の所在を特定することが難しくなります。
プロジェクトの責任者が「この機能の実装は誰が担当しているんだ?」と尋ねても、明確な答えが返ってこないのです。多重下請け構造では、責任の所在が曖昧になりがちで、これが品質低下につながることも少なくありません。
さらに、情報伝達の歪みによるミスも発生しやすくなります。発注元の要望が一次請け、二次請け、三次請けと伝わる過程で、少しずつ変化していくことがあるのです。まるで「伝言ゲーム」のように、最終的には元の要望とは異なるものになってしまうことも。
業務負荷の増大と労働環境の悪化も見逃せません。途中階層の企業が自社の利益分のみを差し引いて、下請け会社へ業務をほとんど委託してしまうケースもあります。これにより、末端の技術者に負荷が集中し、長時間労働や過重労働につながることがあるのです。
多重下請け構造が続く理由
なぜこのような問題の多い構造が続いているのでしょうか。その理由はいくつか考えられます。
人員リソースの余剰とコストロスの削減が大きな理由です。上流で受注した企業が開発時の人員配置のロスを削減するために、必要な時だけ必要な人員を確保する方法として多重下請け構造を利用しています。

ひとつのプロジェクトに充てる開発人員を自社従業員だけで賄おうとすると、莫大なコストがかかるだけでなく、プロジェクト終了後に余剰人員を抱えるリスクがあります。これを避けるために、多重下請け構造が根付いてしまったのです。
担当業務の縦割り風土も理由のひとつです。受注者はなるべく利益を得られるよう、下請けへ発注する際に受注時よりも安い単価で委託します。そのため、多くの下請け企業がより上流工程で業務を引き受けたいと考えるのは当然です。
しかし、上流を引き受けられる企業はすでに一定の実績を出している企業が占めており、実績がないうちは単価が低くとも、下請けの業務を引き受けざるを得ません。この構造が、多重下請け構造を維持する一因となっています。
この状況、まるで「鶏が先か、卵が先か」という問題のようです。実績がないと上流工程を任せてもらえず、上流工程を経験できないと実績が積めない。この悪循環から抜け出すのは容易ではないのです。
多重下請け構造からの脱却方法
では、この多重下請け構造から脱却するにはどうすればよいのでしょうか。いくつかの解決策を見ていきましょう。
大塚商会のような「人手に頼らないSI」の実践が一つの方法です。大塚商会は日本でシステムインテグレーションを営む企業として、技術者の「常駐」「SES」「多重下請け」のビジネスを全て行っていないという異例の存在です。

大塚商会が実践するのは「人手に頼らないSI、人を増やさないSI」です。中堅・中小企業向けには、可能な限り低価格でITサービスを提供する必要があるためです。
リモート管理を原則とし、エンジニアはユーザー企業の拠点に常駐しません。そのため、エンジニアは複数のユーザー企業を同時に担当でき、サービスを安く提供できるのです。
内製化も有効な解決策です。多重下請け構造からの脱却として、内製化を進めることで以下のようなメリットが得られます。
コスト削減:中間マージンの排除により、コストを削減できます
品質向上:直接的なコミュニケーションにより、品質の向上が期待できます
スピードアップ:意思決定の迅速化により、開発スピードが向上します
ノウハウの蓄積:技術やノウハウが社内に蓄積されます
エンジニアと直接契約する新しい形のエンジニア紹介サービスも登場しています。これにより、中間マージンを削減し、エンジニアに適正な報酬を支払うことが可能になります。
多重下請け構造から脱却することで、エンジニアの待遇改善だけでなく、プロジェクト全体の品質向上やコスト削減にもつながるのです。これは企業にとっても、エンジニアにとっても、win-winの関係を築くことができます。
参考記事:日経クロステック「人手に頼らず高成長 異例ずくめのSI戦略」
最新事例に見る多重下請け問題の実態
多重下請け問題の実態を、最新の事例から見ていきましょう。
派遣・請負の境界があいまいなまま再委託が進む現場では、知らぬ間に二重派遣が発生し、企業ブランド毀損や行政処分に直結する事態が起きています。

二重派遣とは、派遣元A社が派遣先B社に派遣した労働者を、B社がさらにC社へ派遣(転貸)する行為です。労働者派遣法40条の6および職業安定法44条が明確に禁止しており、違反時は事業停止命令や罰金が科されます。
実務では、A社がB社へ派遣契約、B社がC社へ業務委託、C社現場でB社が直接指揮という手順で発生します。エンジニアSESや製造ラインの多重下請けで見られ、「人」だけが次の現場に送り込まれ、契約責任が曖昧になるのが特徴です。
システム開発の一次請負を受けたB社が要員を確保できず、A社から派遣された技術者をそのまま客先C社に常駐させるケースが多く見られます。要員調達のスピード重視で契約書見直しが後回しになることもあります。
このような状況は、SES業界全体の信頼性を損なうだけでなく、エンジニア個人のキャリア形成にも悪影響を及ぼします。多重下請け構造の中で、エンジニアは自分のスキルや経験を適正に評価されず、キャリアアップの機会を失うことも少なくありません。
SES業界の将来性と多重下請け問題の解決に向けて
SES業界の将来性はどうなるのでしょうか。市場規模と成長性から考えてみましょう。
国内のIT市場全体が拡大傾向にあり、SES事業の市場もそれに伴い成長しています。IT市場全体規模は、矢野経済研究所の予測では、2023年は、前年度比6.3%増の15兆500億円。その後も成長し続ける見込みです。
出典:矢野経済研究所「国内企業のIT投資に関する調査を実施(2024年)」
IIT人材派遣・紹介等の市場も急成長しています。デジタル人材の派遣・紹介・研修など「デジタル人材関連サービス」市場は、2023年度のデジタル人材を対象とした人材サービスの市場規模(4市場計)は、事業者売上高ベースで前年度比9.1%増の1兆3,615億円とのことです。
出典:矢野経済研究所「デジタル人材を対象とした人材サービス市場に関する調査を実施(2025年)」
これらのデータから、SES業界の土台となるITサービス分野は堅調に成長中であり、SES事業への需要も増加傾向にあることが読み取れます。
多重下請け問題の解決に向けては、以下のような取り組みが考えられます。
直接取引の促進:エンドクライアントと直接取引することで、中間マージンを削減
技術力の向上:高度な技術力を身につけることで、上流工程を担当できる企業へ
特定分野への特化:AI、クラウド、セキュリティなど特定分野に特化することで差別化
透明性の確保:契約内容や単価の透明性を確保し、健全な取引関係を構築
法令遵守の徹底:労働者派遣法や職業安定法などの法令を遵守し、コンプライアンスを強化
SES業界が健全に発展するためには、多重下請け構造から脱却し、エンジニアの待遇改善と技術力向上を両立させることが重要です。それが結果的に、日本のIT産業全体の競争力強化につながるでしょう。
まとめ:SES業界の多重下請け問題解決への道筋
SES業界における多重下請け構造は、エンジニアの待遇悪化、品質責任の所在の不明確化、情報伝達の歪み、業務負荷の増大など、様々な問題を引き起こしています。
この構造が続く理由としては、人員リソースの余剰とコストロスの削減、担当業務の縦割り風土などが挙げられます。しかし、この構造はSES業界全体の生産性と技術者の待遇に悪影響を及ぼしています。
多重下請け構造からの脱却方法としては、「人手に頼らないSI」の実践、内製化の推進、エンジニアとの直接契約などが考えられます。これらの取り組みにより、コスト削減、品質向上、スピードアップ、ノウハウの蓄積などのメリットが期待できます。
多重下請け構造から脱却することは、エンジニアの待遇改善だけでなく、日本のIT産業全体の競争力強化につながる重要な課題です。
SES業界の市場は拡大傾向にあり、今後も需要は増加すると予測されています。この成長市場において、多重下請け問題を解決し、健全な発展を遂げるためには、直接取引の促進、技術力の向上、特定分野への特化、透明性の確保、法令遵守の徹底などの取り組みが必要です。
あなたのSES企業も、多重下請け構造から脱却し、エンジニアの待遇改善と技術力向上を両立させることで、競争力を高めることができるでしょう。

