世界最大級の産業見本市「ハノーバーメッセ」インサイトレポート【後編】 AIエージェントとデータ活用が示す産業の未来
マクニカでフード・アグリテックソリューション室長とソリューションビジネス推進室長、合成生物学のシニアリサーチャーしている栗本です。
前編では、ハノーバーメッセ2026の会場で見た展示や現地の雰囲気について紹介し、AIが単なるツールではなく、業務プロセスそのものを変え始めていることを紹介しました。後編では、ハノーバーメッセ全体を通じて見えてきた技術トレンドと、フード・アグリテックの視点から見た今後の可能性についてお話ししたいと思います。

フロンティア・リサーチラボ 合成生物学シニアリサーチャー 栗本欣行
■AIエージェントは産業をどう変えるのか
今回のハノーバーメッセを通じて、私が最も強く感じたのは、エージェンティックAIがコンセプトの段階から“実際の業務プロセス”へ入り始めているということです。
ここ数年、生成AIは大きな注目を集めてきました。質問すると答えてくれる、文章を書いてくれる、コードを書いてくれる。そうした活用はすでに一般的になっています。しかし、今回会場で見たものは、その先にある世界でした。
多くの企業は、AIが単独で存在するのではなく、業務プロセスの一部として組み込まれる世界観を提案しています。例えば製品開発であれば、企画、設計、生産準備、製造、運用という流れがあります。その各工程にエージェントが存在し、それぞれが情報を共有しながら業務を進める。さらにエージェント同士が連携し、人が行っていた調整や情報収集の一部を担っていく。そうした考え方が多くの展示に共通していました。
■複数のエージェントを統括する「オーケストレーション」という考え方
中でも印象的だったのが、エージェントを個別に活用するだけではなく、複数のエージェントを統括する「オーケストレーション」です。
例えばSiemensの展示では、受注から生産、異常検知、対応といった各工程にエージェントが配置され、それぞれが役割を持ちながら動作する構成が紹介されていました。そして、それらをさらに上位のオーケストレーションエージェントが管理し、全体の流れを制御し、人が各部門の間に入って調整していた業務の一部を、エージェント同士の連携によって効率化するという発想がうかがえたのです。
この領域では、アクセンチュアの存在も目を引きました。一般的にはコンサルティング企業というイメージが強いかもしれませんが、ハノーバーメッセではSiemensと連携しながらオーケストレーションの役割を担う形で展示を行っていました。企業の業務プロセスや運用ノウハウを理解した上で、それをAIやエージェントの仕組みに落とし込む役割が求められているのでしょう。

企業活動においてAIをどのように活用するのかは、まず業務全体がどのように連動しているかのデザインとそれらのどの機能をエージェントに任せるのかといった設計が重要になってくるでしょう。また、質問する、グラフやダッシュボードを表示させるということに留まらず、目的を与えて自律的に機能するオーケストレートされたエージェント同士が業務そのものを担う方向へ進み始めている。これが今回感じた大きな変化です。
しかし、それがすぐに完成するとは思っていません。会場でも繰り返し語られていたのが、「Human in the Loop」という考え方です。AIだけですべてが完結するのではなく、人の知見や判断をどのように組み込むかが重要になるという考え方です。
AIにはハルシネーションの問題があります。業務プロセスの中でAIを活用するのであれば、人がどのタイミングで関与するのか、どこまでをAIに任せるのかという設計が必要です。だからこそ、単純にAIを導入するのではなく、AIと人の役割分担をどう設計するのかが今後のテーマになるのだと考えます。
また、AIを活用したサービス提供の観点においてもAIが不完全である、進化し続けていることを念頭にしてCI(Continuous Integration)とCD(Continuous Deployment)の考え方や活動がますます必要になってくると予測されます。
AIモデルは日々できる事が進化しています。このため今まで設計したエージェントを活用したワークプロセスが意味をなさなくなる、新たな機能をエージェントに与えるなど継続した改善をしていく必要があります。
■文脈が整理されてこそ、AIはデータを活用できる
もう一つ印象的だったのは、データの重要性です。AIについて語る展示は数多くありましたが、その裏側では必ずデータの話が登場します。AIはデータがなければ機能しません。しかし、単にデータを集めればいいという話でもありません。
このデータは何を意味しているのか、どの業務から取得されたものなのか、どのような条件で生成されたものなのか。こうした文脈が整理されて初めて、AIはデータを活用できます。

会場ではデータファブリックという考え方も多く紹介されていましたが、その本質はデータをつなぐことだけではなく、データを意味のある形で扱えるようにすることです。エージェンティックAIが進めば進むほど、データ整備の重要性は高まります。むしろ、AIそのものよりもデータ基盤の方が重要になる場面も増えていくかもしれません。
■フィジカルAIへの期待と現実
フィジカルAIやロボティクスの分野には、期待と現実の両方がありました。今年はCESも視察し、その際にもフィジカルAIやヒューマノイドロボットに大きな期待が集まっていました。今回のハノーバーメッセも同様に、ロボット関連の展示は数多くありましたし、各社とも将来性を強くアピールしています。しかし、率直に言うと、まだ発展途上だという雰囲気があります。

もちろん運搬や単純作業はできます。しかし、人の代わりとして工場で複雑な作業を担うレベルまで到達しているかというと、そこまでは至っていません。それでも、私はフィジカルAIに大きな可能性を感じます。なぜなら、ロボットが本格的に普及すると、工場や設備の設計そのものが変わるからです。
現在の工場は、人が働くことを前提に設計されています。人が通れる通路が必要であり、人が作業できる高さが必要であり、人が安全に働けるレイアウトが求められます。その前提をロボット中心にしたらどうでしょう。設備配置も動線も変わり、最適解そのものが変わります。そうした未来を支える技術として、デジタルツインやシミュレーション技術が存在感を増していたことも、今回のハノーバーメッセの特徴の一つでした。

ハノーバーメッセで見えたのは、AIだけでも、ロボットだけでもありません。データ、AI、ロボット、シミュレーション、それらをどのようにつなぎ、産業全体をどう変えていくのか。世界はすでに、その段階に入り始めているのだと気付かされる視察となりました。
■AIエージェントの価値は、業務プロセスに組み込んでこそ生まれる
今回のハノーバーメッセで私が得た最大の収穫は、新しい技術を見つけたことではありません。技術をどのように実際の業務プロセスへ組み込むのか、その考え方を改めて確認できたことです。
私は現在、フードアグリテック分野で植物工場を中心とした取り組みを進めています。植物工場と聞くと、LEDや空調設備を思い浮かべる方も多いかもしれません。しかし私たちが取り組んでいるのは、そうした設備そのものではなく、データを活用して研究開発や生産の高度化につなげる仕組みづくりです。
植物の生育データや環境データ、設備から取得されるさまざまなデータに加え、過去の研究結果や論文データ、他の研究者の知見なども活用しながら、次にどのような研究を行うべきか、どのような栽培条件を試すべきかを提案できる仕組みの構築を進めています。今回、ハノーバーメッセを訪れたのも、その取り組みに活かせるヒントを探すことが理由の一つでした。
実際に展示を見て感じたのは、「AIエージェント単体には大きな価値はない」ということです。重要なのはプロセスです。研究開発には研究開発のプロセスが、量産には量産のプロセスがあり、品質管理にも、設備運用にも、それぞれの業務プロセスがあります。その中で、どの工程をエージェントが担うのか。どのデータを利用するのか。複数のエージェントがどのように連携するのか。そこまで設計されて、初めて価値が生まれます。

これは植物工場でも同じです。例えば、新しい栽培条件を検討する際には、過去の栽培データを確認し、研究結果を参照し、仮説を立て、実験を行い、その結果を評価するという一連の流れがあります。また、生産段階では、栽培環境の管理、品質管理、収穫計画など複数の業務が存在します。
今回見たエージェンティックAIの考え方は、こうした一連のプロセスの中で、どの部分をAIが支援し、どの部分を人が担うのかを、再設計するものだと感じました。今回の展示を見ながら、自分たちが取り組んでいる研究開発支援の仕組みやデータ活用の方向性は間違っていなかったと思いながらも、まだまだ考えるべきことが多くあるとも感じました。
単にデータを集めるだけではなく、そのデータが何を意味するのかを整理すること。研究開発や生産のプロセスを整理し、その中でAIがどのような役割を担うのかを明確にすること。そして、複数のAIが連携して価値を生み出せる仕組みを設計すること。そうした視点は、今回のハノーバーメッセから得た大きな学びの一つでした。

■すでに始まっている変化を、自分たちの事業にどう取り込むか
また、日本企業全体にとっても示唆は大きいと感じています。会場で見た技術の多くは、遠い未来の話ではありません。すでに実証段階を超え、実際の業務で使われ始めているものもあります。
もちろん、日本企業には既存システムや業務プロセスがあり、すぐに変革できるわけではありません。しかし、世界ではすでに次の段階へ向けた取り組みが始まっています。今回の視察中も、「これはもう未来の話ではなく、現在進行形の話だ」と感じる場面が何度もありました。
農業分野は、製造業などと比べるとテクノロジー導入が早い分野とは言えません。しかしその一方で、先行する産業から学べることが数多くあります。今回ハノーバーメッセで見たエージェンティックAIやデータ活用、業務プロセス設計の考え方も、その一つです。
重要なのは、最新技術を知ることだけではなく、それをどう活用するのか、自社の業務にどう組み込むのか、そして、どのような価値を生み出すのか。そこまで考えることが必要になります。私自身、今回の視察を通じて改めて危機感を持ちました。
AIのモデルもツールも日々進化しています。そして海外では、それらを活用した新しいユースケースが次々に生まれています。そうした変化に対する感度を高く持ち、継続的に学び続けなければ、気付かないうちに大きな差になってしまうかもしれません。ハノーバーメッセで見たのは未来予想図ではありません。すでに始まっている変化です。
その変化をどう受け止め、どう自分たちの事業へ取り込んでいくのか。今回の視察は、そのことを改めて考える機会になりました。
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