あの日、レゴの箱の前で少し自信がなくなった

昨日、ふとしたきっかけで、

ある日のことを思い出した。

5歳の息子と、

ヨドバシAkibaに買い物に行った日だ。

案の定、

目的の売り場に行く前に、

おもちゃコーナーに吸い寄せられる。

ここまでは、いつもの流れ。

「これどう?」

「これは?」

そんな親子の、

軽いやりとりをしながら歩いていると、

息子がレゴの専門コーナーを見つけた。

映画のワンシーンや、

外国の街並みを再現したレゴセット。

箱に載っている完成写真は、

どれもやたらリアルで、

正直、ちょっと圧倒される。

確かに、

これ完成したら、すごいやろな。

そう思った次の瞬間、

親としての“定番の言葉”が、

口から勝手に出てきた。

「いや、まだ早いって」
「最後まででけへんやろ」
「どうせ、パパが作ることになるやん」
「片付け、ちゃんとできる?」

我ながら、

よくもまあ、

こんなにスラスラ

「できない理由」が出てくるな、と思う。

幸いなことに、

息子はそこまで本気ではなかった。

通りすがりに見て、

「かっこええな」と思って、

軽く言ってみただけ。

その一言で、

その場は、何事もなく終わった。

でも、

家に帰ってから、

なんとなく引っかかった。

もしあのとき、

息子が本気で

「これが欲しい」と言っていたら、

自分はどうしていただろう。

たとえば、

さかなクンのお母さんやったら、

好きなだけ買って、

一緒に作ってたんやろか。

「博士ちゃん」に出てくる子どもたちの親は、

本当に欲しいかどうかを、

どうやって見極めてるんやろ。

他の家庭と比べても、

あんまり意味がないのは、

分かっている。

それでも、

あの日の自分の判断には、

少しだけ自信がなかった。

買わなかったことが

正しかったかどうか、

という話ではない。

ただ、

「まだ早い」と言ったとき、

それが

息子のためやったのか、

自分の都合やったのか。

そこが、

はっきりせえへんかった。

親の判断って、

その場では終わらへん。

あとから、

静かに追いかけてくる。

あの日、

レゴの箱の前で感じた

あの小さな迷いも、

たぶん、その一つ

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