改めて、自分。メンバー紹介的な③
50オーバー。
はじめましてに書いたように
好きなものは
餅、植物、動物、小さくて可愛いもの、本、音楽。
餅は甘くても塩っぱくてもいい。
何ならおかきに変容を遂げても好きだ。
ぬいぐるみも好き。
ガチャも好き。
苦手なのは
グリーンピース、しゃべること、はじめての場所、
急な変更、虫。
生のトマトも苦手。
人混み、元気過ぎる人、コミュニケーションおばけ
電話も苦手。
我々に人間の子供はいない。
所謂適齢期には婚姻もしておらず、
経済力もなく、あらゆる余裕のない暮らしで、
その後病気をしてあっと言う間に現在だ。
今現在、これと言った不自由もなく生きているのに
こんな事を言うのはいけないことだと思うけれど
どちらかと言えば生きにくさの量多めで来た私が
この世の楽しさや素晴らしさを子供に見せられるだろうか?と疑問しかなかったので、この結果には概ね
納得している。
オットも
「オレが人間の子供を育てられる気がしない」と言っていたので、彼もまた概ね納得のようだ。
実母だけが、この件に死ぬまで納得しておらず、
「欠陥人間」と私を罵っていたが、知ったこっちゃない。
人はどのくらい人を自分の心に招くことが出来るのだろうか?
私はオットにすら、また極親しく、この子の為なら
すぐに駆けつける!と思っている唯一の親友にすら、まだ一番奥の扉は開いていないし、多分今後も開かない気がしている。
「欠陥人間って言われて、流石に悲しかった」
と言えなかったし、今も言えていないし、言わないと思う。
何故だろうと考え、そんな自分が嫌になったりもする。
でも明らかに開けないんじゃなくて開かないのであって、つまりは自らの強めの意思によってのものだから、その辺が厄介だ。
私にはその他にも厄介な部分が沢山ある。
価値観や性格上のものから、身体的な、、、
アレルギーだらけとか胃腸が極端に弱いとか
まあ面倒臭い。
人のせいにするのは良くないが
この厄介さの殆どは、体質も含め親との関係性による影響が多大にあると思う。
このnoteは私の厄介さと向き合う為のものにもなりそうだから、様々な因縁について、これからゆっくり引っ張り出せたらと思う。
パンドラの箱を開けるような怖さもあるが、
あの箱に最後に入っていたのは『希望』だ。
なら、開ける価値はある。
この『希望』ってヤツがまた厄介な気もするが。
