真摯な紳士を信じています
しんし。
その言葉が持つ魅力に取り憑かれたのは、いつからだろう。人生何度目かの不思議ターンが訪れたのだ。可笑しさはいつから始まっていたのだろう。
ダンディーとか、カッコいいとか、ハンサムとか、褒め言葉は色々あるけれど「紳士ですね」とは日常では言えない。思っていても口には出せない。
わたしよりもずっと歳上の上司(女性)が、アルバイトの男の子にドアを開けて貰った瞬間。
「あら、ジェントルマンね」
何か雷に打たれた様なシビレを感じた。
上司は仕事に厳しくキビキビした人だっただけに、余計にシビレた。「あら、ジェントルマンね」、、、コレなら私にだって言えるのではないか。
いつ誰に優しくされてもいいように、心の準備を整える。
『あらジェントルマンね』
大概わたしは丈夫そうに見えるので重いものを持っていても、おかしいことに「力持ちですか?」とは聞かれる。まるで力があるかのように思われているので、大体、目の前のドアは誰かに開けて貰えず、よいこらせを響かせながらドアを開くのだ、自らの手で。
試しに開かないドアの前で、何度か開けゴマを呟いた。
ある日。買い物帰り、両手に荷物をぶら下げていると、ちょうど良いところに夫がやってきて、両手が塞がっているので試しに夫へチラリと視線を送る。「にこっ」と笑顔を返してくれたので、この流れはサラリと玄関のドアを開けてくれるシーンではないか、開けた瞬間に「あらジェントルマンね」なんて呟いてみようではないか。わたし初のジェントルマン発言は夫に捧げたい。夫なら受け止めてくれるはずだ、噛んだとしても気さくに笑って許してくれるだろう。
さぁ、今だ。
今こそ、解き放て。
ジェントルマン。
わたしの秘めたる決意が動いた、その時、何の予告もなしに、夫の秘めたるイタズラ心が解き放たれた。
わたしの横をするりとすり抜けた夫の背中を見送ると、目の前のドア、重い音を立てて開かれたかと思うと夫は中へ吸い込まれ、がちゃりと音を立てて閉じる。
ドアは開いたけれど、何事もなかったかのように閉じられた。信じがたいが夫はイタズラ好きなのだ。
目の前には信じがたいが、ドアに付いている小さな擦りガラスの向こう側で夫はベロベロバーをしている。
何故だろう。
他にもっと言いたい言葉はあったはずなのに、「開けゴマ」を叫んだ。両手が塞がったままの40代はアラビアンナイトの世界へ誘われたのだった。
夫を紳士というにもまだまだ早すぎる、ジェントルマンよりも、シャイボーイ。内弁慶でおふさげも家族の前でしかできない夫を本気で怒れない。
それを良いことに夫がはしゃぎすぎていることも薄々気づいているが、それさえも今しかない気がして怒れない。わたしが怒ってしまったら、ベロベロバーを楽しそうにしている時間が一瞬にして終わってしまう気がするからだ。いや、終わって欲しいんだけど。
夫がふいに口にした。
ワールドカップの観戦を「あと何回観れるのかな、って思ったら、観れるうちは観たいと思ってさ」なんて。
人生を逆算しながら見ている彼のベロベロバーがあと何回みれるのかな、なんて思ったり思わなかったりするけど両手がシビレを感じ始めている。
しんし。
それは不思議な魔法の言葉だとは思えて仕方ない。夫がいつか魔法の言葉を身につけたなら乾杯をしたいと思う。
紳士の目覚めに乾杯を。
世の中の真摯な紳士淑女を、心から信じています。
そして何故か私の日常は紳士服売り場にあることをささやかにご報告したい。世界のどこかでなんはなバッグを片手に、一歩踏み出している。路地裏の皆さんに幸あれ。
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