世界でイチバン大好きな…
数年前。妬きもちを焼いた。
職場の同僚に彼女がいるとか、いないとかそんな噂が騒がしい。
当時、恋とか愛とかにうんざりしていたので、ありふれた恋愛の噂話は右から左へすり抜けてください、そう心の中でつぶやいた。
噂の男性は私が入社してすぐに一緒に休憩を取った優しい眼鏡くんである。眼鏡くんと心の中で呼んでいたのは、スラムダンクの小暮くんに似ているフォルムや存在感、眼鏡そののものが似ていたから。
公開まであと5日となりました。⑤木暮
— 井上雄彦 Inoue Takehiko (@inouetake) November 28, 2022
(スマン角田潮崎…) pic.twitter.com/1sEtpYEeyB
↑愛すべき小暮くん(メガネ君)
眼鏡くんは入社する前に挨拶へいった時でさえも仕事の手を止めてお辞儀をしながら話してくれた。「こんなに落ち着いた眼鏡の男性がいるなら安心だ」そんな安心感を与えてくれた。
ただ眼鏡くんと初めて一緒にとった休憩時間はお世辞にも盛り上がったとはいえない、甘酸っぱいはどこにもない。お互いに仕事以上に素性へ興味はなく、彼は可愛らしいお弁当バッグを持ってきていたので大切な誰かがいると気づき、私は自分で作った弁当箱を下を向いてつついて食べているのが寂しくなったくらいだった。
眼鏡くんは、時々なかなか良いタイミングで休みを取るのでデートじゃない?!職場はよく盛り上がっていた。眼鏡くんのデート事情よりも私の頭はもっぱら、職場でいかに周りとぶつからない様に振る舞うかにフル回転していた。今思うととんでもなく、変なことに集中していたので、たぶん浮いていたと思う。
ある時。仕事中に、噂の眼鏡くんが他店舗の女性社員と歓談しているのが視界に入ってきた。にこにこと笑い合い、仕事の愚痴を言い合う声が聞こえて、キラキラ輝く眩しい空間に目を閉じたくなった。
黙って台車を押してその場を去ろうとした、しかし、振り返ってまだ話している2人の姿を見て…【眼鏡くんは、私に、にこにこ笑って話してくれないのだろうか】と落胆した。
ん?
落胆?
…なぜ落ちる。
気のせいか。
心の片隅でコレは通りすがりの感情だ。
そう思うことにした。
さらに数カ月後。アルバイトの女の子が誕生日というのを知った眼鏡くん。律儀に休憩時間に買ったらしい、グミを女の子へ渡している場面にバッタリ遭遇してしまう。私は間が悪すぎる。
ひっそり見守りつつ、何がどうなるのか気になって仕方がない私に仕事は手につかない。そして女の子はこう言った。
「私。世界でいちばんグミが好きです」
堂々とグミへの告白。
え、うそでしょ、本当に、この世の美味しい食べ物の頂点にグミが君臨していると思っているの。
衝撃が頭を撃ち抜いたのか告白の場面を見たからか心臓がバクバクいいすぎるから、しんどくなった。
グミのパッケージを両手で可愛く持つの持ち方を初めて見た、男じゃないけど、なんですか、そのキュンとする持ち方は。パッケージの両端下を親指と人差し指で持ちつつ、顔の前で固定する。首を傾げる、あれ、これどこかで見たことあるな、なんだっけ。アイドルか、いやいや、あれはオリジナルの持ち方だ、だめだ、イヤな大人の視座はいらない。
可愛いグミの持ち方をする彼女は、愛らしく誰もが虜になるほどの魅力を解き放っていた。他の男性からも『推しです』と言われている位の天然アイドル級の可愛さで、私もその子が辞める日に泣いた。
私はキラキラしている風景を見ながら、羨ましさでできている感情と、もう半分はむしゃくしゃでできている感情を抱いていた。
なんだこのむしゃくしゃする気持ちは。
おもわず仕事帰りにコンビニへ立ち寄り、グミコーナーの前で可愛く「好きデス」を言う女の子を想像し、口の中でぼそぼそと「スキデス」を唱えた。思った以上に自分の口から発した言葉は思ってたソレではなかった。
そもそもグミを片手でパッケージのど真ん中を掴んでいる時点で敗北感を味わい、同時に年相応のスタイリッシュさを身に纏う。
可愛さと、いつから疎遠になってしまったのか分からない。きっと十代の終わり、交通警備の旗振りを経験した。男性陣に混じり小さなプレハブで缶コーヒーを飲み交わし、雑魚寝し、爆睡してしまったあたりから全部忘れてきたんだと思う。そういうことにしよう。
ぼんやりとグミを持って、私にも言える日が来るだろうか「世界でいちばん好きです」と言える日が。
途方にくれた。
言える相手が現れるのかと。
何でこんなにへこんでいるのか分からないので、モヤモヤを同僚へ照れを隠しながら伝えた。
同僚は真剣に
「(眼鏡くんの)純真な男心をもて遊んでますね」
グミの会話はもて遊ばれた現場だったのかと衝撃を受けた。
もて遊ばれているのか…彼は…。更にモヤモヤし始めた。
というか、何で眼鏡くんは、グミあげてるんだ、子供じゃあるまいし。腹を立てて心の中で彼をこてんぱんに言った。駄菓子菓子。
数日後。残業をし疲れに疲れ果てた日に彼から突如パンダクッキーを渡された。
「たまに食べると美味しいんですよね、人から貰うと嬉しいじゃないですか」
人たらしもいい加減にしなさい、眼鏡くん。誰でも彼でもお菓子をあげれば笑ってくれると思うなよ。
駄菓子菓子、駄菓子菓子。試しに「パンダクッキーが世界でイチバン大好きデス」を私から言ってみたいという衝動もあった。しばらく黙ったあげく私の口からでてきたのは冷静な「そうですね」だけだった。
年相応のスタイリッシュさが全面に出過ぎて他の日本語を忘れた。
そんな最中に彼が異動するかもしれないと風の噂を聞いてスマホを手に取った、季節は春。何故かふいに眼鏡くんへLINEを送った。
「お花見しながら、たこ焼き食べませんか?」
待てど暮らせど返信は来なかった。
諦めた数時間後。
「ごめん。今、実家にいて行けません」
その当時私は世界で一番美味しいものは、たこ焼きだと思っていたので、眼鏡くんに地元のおいしいたこ焼きを食べてもらいたい、小高い山から海を見下ろしながら見える桜を教えてあげたいと思ったからだ。せめて、離れる前に、この町の思い出にと思ったからだ。
でも叶わなかった。
翌日、恥ずかしさのあまりに何食わぬ顔で仕事をしていたが、仕事が終わる頃になって彼が近づいて来て「ちもさん」と呼ばれた。
「昨日のアレってなんですか」
「アレって?」
「いや、お花見とたこ焼きって」
「なんのはなしですか」という魔法の言葉を知っていたなら間違いなく、その場で使うべきだった、でも何の力も湧かずにこみ上げてきた想いは、
【なんで皆がいる前で聞くのですか?】
だった。
「綺麗な桜が見える場所と、美味しいたこ焼き知ってたんで、連絡しました」
愛想もない可愛げもない太々しい返答。何故そのたこ焼きが私の中で世界一美味しいたこ焼きだといえないのか、あの子の様ににこにこ言えないのか、分からないまま恥ずかしさが全身を駆け巡るのに、恐ろしいほど冷静な振りをした。
「じゃあ機会があれば…」と彼の方が申し訳なさそうに、そそくさといなくなった。
ただただ不信なたこ焼き女が職場にいる。
その事実を彼に焼き付けた。
付き合ってからあんな誘い文句後にも先にも、ちもちゃんしかいないよ。お花見からのたこ焼きコンボを焼き付けたおかげで私は彼の中で唯一無二の存在になれたらしい…そのせいで、眼鏡くんから素で告白を受けたことがない。
綺麗な景色一緒に見にいきませんか、じゃなく、何でたこ焼きなの。あの謎のLINEは衝撃的すぎて忘れられない。と言われた。
世界で一番好きなものを言えば、相手が振り向いてくれると思っていた、あの頃。恋がそんなに簡単なら誰も悩まないことを知った。そして自分がずっと、焼きもちを妬いていたのに気付いて、傷付いて、たこ焼きを買わずに日暮れに1人で小高い山へ行き、海を見下ろしながら桜をみたのは夫…もとい眼鏡くんにも内緒なのだ。
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