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破顔一笑 伏して止まず

二十代。同時期に別々の人から「破顔一笑」という言葉をもらった。

ちょっと金髪よりの茶髪の私は、一見すると元ヤンですか、な風貌だった。
当時の写真を夫に見せると「たぶん俺、この頃のちもちゃんと仲良くなれない」と言われた。え、人生で一番、波にのっちゃってるなぁと思ってた頃なのに。「そのイケイケな感じがぁなぁ〜」と。ええ!!過去の私はあっさりフラれた。出会ってもいないのに。なんで、どうして!?と無理やり褒めさせようと、たたみかけると再び写真に目をやりながら「今のちもちゃんと何か違う」という。ええ?何が?そんなに?

たしかに今の私と写真の頃は全く違う。

見た目もそうだけど内面も。



当時は住み込みをしながら働かせてもらっていて衣食住のすべてを職場とその家族の人と過ごさせてもらっていた。

他人と暮らすという事を何一つ知らなかったので多分甘えっぱなしなまま十年以上お世話になった。そして家族の様に育ててもらった。お風呂を頂くのも、ご飯を食べるのも、寝るのも、働くのも、何不自由なく過ごさせてもらえたのは、当たり前のことではなかったし、家族以上に色んなモノを注いでもらった瞬間もあった。もちろんいっぱい失敗していっぱい注意されたし、怒られもした。思い返してもそれすら、ありがたい出来事なのです、本当に。

うっかりしていると全てがそこで完結されるので、下手をすると一週間敷地内を出ない…なんてことも多々あったり。

何不自由のない生活。みんな優しい。面白い先輩が多くて仕事終わりによく遊びに連れに行ってもらった。カラオケ、ラーメン、ファミレス、バーにも連れて行ってもらった。
なぜか先輩たちは皆揃ってイタズラ好きで、時には未使用のTバックを知らぬ間に私のズボンのポッケに詰めて「なんですか?」と私が右ポッケに手を突っ込み、何やら布キレを取り出すとレースのついた黒Tバックがヒラヒラと手品のように出てきて、「あーー!」と叫ぶ私を見て先輩たちがキャッキャッと笑う。人生初の黒Tバックが自分の右ポッケから出てきた衝撃は今も忘れられない。

とにかく、みんな優しくて妹や娘だと本当に可愛がってくれた。今も家族だと言ってくれる、優しい繋がり。とはいえ、私には実家に居れないそれなりの理由があったのだけど割愛。目の前の幸せが私を育ててくれた、たくさんの優しさで包んでくれた。



ここからは若気の至りの内面を隠し看板なく語らせてください。


「接客業だし、ニコニコするのが普通だし、そうやっていれば誰も自分の詮索なんかしないと思う。あんまり聞かれたないもん、自分のことなんて」

なんと間抜けな内面だろうか。しかしそうやって強がって生きていた、寂しいと思ってはいけない気がしていた。

でもある日。朝起きると顔が固まった。やべぇ、どどどどどどうしよう。というか、顔が思うように動かない。たぶん一時的なものだったが、自分なりに固まったと思っていても、周りに相談もせずにむっさい顔のまま仕事に出てしまった。オープンキッチンのカウンター席に座る常連の男性の前で皿洗いをしていると、男性の方から優しい声で話しかけてくれた。

「破顔一笑」って言葉知ってるかい?

 

初めて聞く単語なので「いいえ、はじめて聞きました」と正直に伝えた。

今のあなたに贈りたいね

どういう意味だろう。

調べてごらん。

そう言うとボトルキープのウィスキーを薄めに作ってくれないかとグラスを差し出されたので作りながら、笑顔が足りてないことへの指摘かぁ…と内心うなだれて、もうこんな想いはしたくなかった。あまりにもショックで自分から「破顔一笑」を調べる気力もなく数日が過ぎた。

そんな折、諸用で尊敬している知人に電話し、余談ですけど聞いてもらえますか?と「破顔一笑」の出来事を話す。笑顔足りて無かったんですね、と、言おうとすると

「破顔一笑のあとに言葉を続けるとしたら何を付ける?」


え?

なんのはなしですか

四字熟語ではないのですか?

あなたに贈る言葉は・・・「破顔一笑 伏して止まず」ね。

そう優しく教えてくれた。たった一つの笑顔が多くの困難、もしくは越えられそうもない難題を打ち破ることもあるって、その人は教えてくれた。国語の授業じゃないから、その人の深い思いやりを込めた解釈の元に私に当てて伝えてくれたと思う。

そして、伏して止まず。は、静かに知恵ある人ほど静かに微笑みを絶やさないの、作り笑顔じゃないのよ。と言われて、全て見透かされた。見た目の笑顔ではないということも、目一杯の笑顔でなくても良いとことも。

あれから破顔一笑 伏して止まず は、私の心に残り続けた。作り笑顔を力いっぱいに作れば作るほど、私の心はすり減って苦しくなったので、ほどほどの微笑みでいいのだ、ほどほどの笑顔を絶やさないように過ごしていけるようになりたいと思えたのは、そこから更に五年もかかった。

もしかしたら「あの頃」の私は精一杯で余裕がなく周りへも棘々していた瞬間があって、柔らかく笑う事ができないときがおおかったかもしれない。

時間が私を少し丸めてくれたのかもしれない。いや今だって棘はのこっているけれど。

まさか路地裏で通信タイトル「破顔」が巡ってくるとは夢にも思わなかった。作り物じゃない、笑顔の一年にしたいなぁ。

今年もよろしくお願いします。
chimoはちもらしく、せっせっと片隅から楽しいを探していきます。

#なんのはなしですか
#今年のわたし

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