なぜ、私はこの仕事をしているのか――危機にある会社のことを書き続ける理由
経験
会社は、壊れる前から異変を出している。
売上は立っているのに、現金が残らない。
会議は増えているのに、何も決まらない。
責任者がいるのに、小さな判断まで経営者の確認を待っている。
現場は忙しく動いているのに、会社全体は前に進んでいない。
悪い報告ほど上がらなくなり、経営者の耳には、少し加工された情報だけが届く。
それでも、会社の中ではこう言われる。
「まだ大丈夫だ」
「一時的な問題だ」
「もう少し売上が伸びれば変わる」
危機は、見えなかったから深くなるのではない。
見えていた症状を、一つの経営問題として扱えなかった時間によって深くなる。
私が危機にある会社のことを書き続けているのは、手遅れになる前に使える言葉が、あまりにも少ないと感じてきたからだ。
順調な会社の成功談は多い。
売上を伸ばした方法。
優秀な人材を採用した方法。
組織を拡大した方法。
資金調達に成功した方法。
もちろん、それらには価値がある。
ただ、会社が壊れ始めたとき、成功した会社の話は遠く感じる。
資金が減っている。
人が疲れている。
経営者が判断を抱えている。
何から手をつければよいのか分からない。
そのとき必要なのは、「もっと頑張ればいい」という言葉ではない。
いま起きていることを捉え、次の判断を考えるための言葉である。
私自身、当時一番欲しかったのは、励ましではなかった。
何が起きているのかを整理し、次の一手を考えるための判断材料だった。
だから私は、危機にある会社のことを書いている。
自分で決められるなら、何とかできると思っていた
大学生の頃から、起業は意識していた。
一社目では事業の実務を学び、二社目では管理の実務を学んだ。
自分なりに順番を考え、準備をしたうえで起業した。
起業前に、大きな不安はなかった。
会社をつくれば、自分で仕事を選べる。
自分で意思決定できる。
問題が起きても、自分が動けば何とかできる。
起業とは、自由になることだと思っていた。
いま振り返れば、それは完全な間違いだったわけではない。
ただ、経営の一部しか見えていなかった。
自由に決められるということは、
決めた結果を引き受ける人が自分しかいないということでもある。
何かを始める自由はある。
しかし、支払いを止める自由はない。
迷っていても、支払日は来る。
売上を作れなくても、固定費は出ていく。
判断が遅れれば、会社に残された時間は短くなる。
この現実は、知識としては理解していた。
しかし、自分の会社の資金が減っていく中で見る現実は、知識とはまったく違った。
お金が減るほど、判断の自由も減っていった
創業後、融資を受けた。
資金が入ったとき、最初に感じたのは、責任の重さよりも安心だった。
これで当面は会社を続けられる。
その間に売上を作ればいい。
そう考えていた。
しかし、思うように売上は作れなかった。
資金残高を見る回数が増えた。
数か月後の支払いを逆算するようになった。
売上が立っても、入金まで会社が生きていなければ意味がない。
この当たり前のことを、自分の会社で初めて理解した。
お金が減るほど、判断の自由も減っていった。
本当にやりたいことより、いま売上になることを選ぶ。
長期的に必要なことより、直近の入金につながることへ走る。
余裕があれば比較できた選択肢も、資金が減るほど選べなくなる。
会社のお金がなくなる怖さは、会社が止まることだけではない。
会社が選べる手段が、一つずつ消えていくことだった。
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自分が動けば売れる会社は、自分が止まると止まる
最初の売上が立ったとき、喜びよりも安心を感じた。
これで少し会社を続けられる。
そう思った。
ただ、その売上は、自分が動いたから生まれたものだった。
自分が顧客を見つける。
自分が提案する。
自分の知識を使って価値を提供する。
自分が動けば、売上は立つ。
しかし、自分が止まれば、売上も止まる。
売上を作れたことと、継続できる事業を作れたことは違った。
私は、自分が会社を前に進めていると思っていた。
実際には、自分が動き続けなければ止まる会社を作っていた。
この違いを理解するまでに、時間がかかった。
反省で終わらず、再設計しなければならなかった
失敗したとき、人は反省しようとする。
もっと早く動けばよかった。
もっと慎重に判断すればよかった。
もっと周囲と話せばよかった。
振り返りは必要である。
しかし、「次は気をつける」という言葉では、同じ問題は防げない。
必要だったのは、過去の自分を責めることではなかった。
判断が間違っていたのか、決めたことが実行されなかったのか。
情報がなかったのか、見えていた情報を扱わなかったのか。
責任者がいなかったのか、責任者に必要な権限がなかったのか。
問題が起きたことより、同じ問題が繰り返される構造を残したことの方が重い。
会社を立て直すとは、壊れる前の状態へ戻すことではない。
何を残し、何をやめるかを決める。
責任と権限を整理する。
報告と確認の方法を変える。
同じ壊れ方をしない会社へ、運用と構造を作り直すことである。
私が経験から得たのは、失敗しない方法ではない。
壊れた原因を曖昧にせず、次に使える形で残す必要性だった。
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危機時の経営は、優先順位を決めることから始まる
危機にある会社には、使える資源が限られている。
お金がない。
時間がない。
人が疲れている。
複数の問題が同時に起きている。
理想的な制度や正しい戦略があっても、実行する余力が残っていなければ会社は変わらない。
限られた資金、時間、人、信用を、何に集中させるのか。
危機時の経営は、その選択から始まる。
もう十分に頑張っている経営者や責任者も多い。
努力を増やすだけでは、会社に残された資源まで消耗する。
必要なのは、すべてを同時に解決することではない。
いま最も重い問題を見極め、そこへ資源を集中させることである。
私が扱ってきたのは、経営の空白だった
私の仕事は、経理だけでも、財務だけでも、経営企画だけでもない。
CFO、CSO、COOのどれか一つに、きれいに収まるものでもない。
会社全体を見たときに残っている、誰も拾っていない問題を扱ってきた。
部署をまたいでいるため、担当者が決まっていない問題。
経営者と現場の間で、言葉になっていない問題。
数字では見えているが、行動に変わっていない問題。
会議では話されているが、誰も決めていない問題。
私は、これらを「経営の空白」だと考えている。
会社全体が見えるほど、自分の仕事は曖昧になる。
だが、自分の仕事が曖昧なのではない。
会社に残された曖昧な問題を、自分の仕事にしてきたのである。
経営の空白を見つける。
言葉になっていない異変を拾う。
一つに見える問題の中から、本当に扱うべき論点を見つける。
会社が次に進める状態へ変える。
それが、私がしてきた仕事である。
そして、noteで書いていることも同じだ。
なぜ、会議で決められないのか。
なぜ、責任者がいても判断が進まないのか。
なぜ、現場が忙しいのに会社が前へ進まないのか。
なぜ、見えていた症状を危機として扱えなかったのか。
私が書いているのは、経営の理想論ではない。
会社が壊れ始めたときに現れる、経営の空白である。
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あのとき欲しかった言葉を残したい
経営が苦しいとき、複数の問題が一つの大きな塊に見える。
売上も、お金も、人も、信用も、すべてが同時に悪くなったように感じる。
自分の判断が、すべて間違っていたようにも思える。
だから、打ち手を増やしたくなる。
もっと営業する。
もっと働く。
新しい施策を始める。
しかし、焦って増やした打ち手が、会社に残された資金と時間をさらに奪うこともある。
当時の自分に伝えられるなら、目の前の問題を一つの塊として見ないでほしいと言いたい。
私は、過去の自分を救うためだけに書いているわけではない。
ただ、あのとき欲しかった言葉を残すことが、いま同じような状況にいる人の判断材料になるかもしれないと思っている。
それが、私が書き続ける理由の一つである。
まず、会社に残っている空白を見てほしい
会社が前に進まないとき、人の能力や意欲を疑う前に、三つの問いを置いてほしい。
・何度も話されているのに、決まっていないことは何か。
・誰が扱うべきか、曖昧なまま残っている問題は何か。
・このまま放置したとき、最初に失うものは何か。
売上かもしれない。
資金かもしれない。
人かもしれない。
顧客からの信用かもしれない。
危機対応で重要なのは、問題が大きくなってから完璧な正解を出すことではない。
小さな異変が出ている段階で、その背後にあるつながりを捉えることである。
成功した経営の教科書を書きたいわけではない
経営の現実は、きれいではない。
判断が遅れることもある。
お金に追われ、本来とは違う選択をすることもある。
続けることを諦めることもある。
それでも、起きたことを振り返り、次に使える言葉へ変えることはできる。
私が書きたいのは、成功した経営の教科書ではない。
会社が壊れ始めたときに、何を見て、どう次の打ち手を考えるかである。
危機にある会社には、きれいな正解よりも、目の前で起きていることを捉えるための言葉が必要になる。
私は、その言葉を残すために書き続けている。
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ここまで書いたのは、私が危機にある会社のことを書き続ける理由です。
では、実際に会社は、どのような順番で手遅れになっていくのか。
売上、継続率、資金、現場の違和感が、どのようにつながり、会社を手遅れにしていくのかを、こちらの記事にまとめています。
『手遅れ|危機はこうして深くなる』
次の記事では、こうした経験を通じて、私が経営をどう考えるようになったのかを書きます。
会社を動かすのは、経営者の熱意ではありません。
一人ひとりが、自分で前へ進むための判断基準です。
あなたの会社にも、誰も拾っていない「経営の空白」はありますか。
差し支えない範囲で、コメントで教えてください。
この記事が、自社の異変を立ち止まって見るきっかけになったら、スキを押していただけるとうれしいです。
次の記事では、会社を動かすための判断基準について書きます。続きが気になる方は、フォローしてお待ちください。
