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【検証】フジテレビ女性社員A氏が受けた性暴力は「精神障害の労災認定基準」の出来事に該当するのか

フジテレビの一般社員A氏がタレントの中居正広氏から受けた重大な性暴力事案は、第三者委員会の調査報告書(以下「調査報告書」)によって、その全貌が明らかになり、さらにはフジテレビ経営陣の不適切な対応も厳しく指摘されました。

本記事では、この性暴力事案が「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会報告書」(以下「専門家検討会報告」2023年7月)に示された枠組みにおいてどのように位置づけられ、「特別な出来事(強姦や本人の意思を抑圧して行われたわいせつ行為などのセクシュアルハラスメント)」として評価されるのか、またその法的・実務的根拠について、これまでの委員たちの会見と調査報告書の内容を基に解説します。



本事案の関係者たち

本件の被害者であるA氏は、フジテレビの一般社員であり、アナウンサーとして職務に従事していました。A氏は本事案により重篤な心的外傷後ストレス障害(以下PTSD)を発症し、退職に至っています。

一方、加害者とされる中居正広氏は、本事案の当事者であり、当時から著名なタレントとしてフジテレビにとって有力な番組出演者でした。

本事案発生後のフジテレビの対応において、主要な意思決定に関わった経営上層部の人物は

  • 当時の社長である港浩一氏(元フジテレビ代表取締役社長)

  • 専務の大多亮氏(元フジテレビ専務取締役)

  • そして編成制作ラインのトップであったG氏(フジテレビ執行役員・編成総局編成局長)

の3名が挙げられます。彼らは、被害報告を受けながらも、本事案を「プライベートにおける男女トラブル」と認識し、不適切な対応に終始しました。

また、初期の被害申告とケアに関わった人物は

  • A氏が性暴力の事実を最初に報告し、A氏が「中居氏から性暴力を受けた」と認識した当時のアナウンス室長であるE氏(フジテレビ事業局長・元アナウンス室長)

  • 女性管理職としてA氏の継続的なケアにあたったF氏(フジテレビ編成総局編成局アナウンス室部長)。

の2名です。特にF氏は入院後のA氏とフジテレビ上層部の主要な連絡窓口となり、一貫して職場復帰を支援しようと努めました。

その他、人事面での対応に関わったH氏(フジテレビ人事局長)。

当事者である中居氏から相談を受け、見舞金の運搬や弁護士紹介といった中居氏の利益のために行動したB氏(フジテレビ人事局付、元フジテレビ編成総局編成局編成戦略センター室長兼編成部長)も、本事案における重要な関係者です。


 「業務の延長線上」とされた中居正広氏による性暴力

女性社員A氏は、2023年6月2日に中居氏のマンションで性暴力の被害を受けました。

この出来事について、第三者委員会は、中居氏とA氏の関係性、両者の権力格差、そしてフジテレビにおけるタレントとの会食をめぐる業務実態を踏まえ、本事案は「フジテレビの『業務の延長線上』における性暴力であったと認められる」と明確に認定しています。

この認定は、本事案が単なる「プライベートな男女間のトラブル」(港社長、大多専務、G氏らの当初の認識)ではなく、会社が責任を負うべき業務起因性を伴う人権侵害であることを示しています。


精神障害の労災認定基準の検証

労働者が精神障害を発病した場合、その原因となった業務上の出来事が、労働者災害補償保険法上の業務による「強い心理的負荷」に該当するかどうかを客観的に評価し、業務起因性を判断するのが「心理的負荷による精神障害の認定基準」(以下「認定基準」)です。この基準は2023年7月に改訂され、現在も運用されています。

A氏が受けた被害の性質は、認定基準の中で最も重大な類型に該当します。

出来事の類型:「特別な出来事(強姦や、本人の意思を抑圧して行われたわいせつ行為などのセクシュアルハラスメントを受けた)」
心理的負荷の総合評価:「強」

専門家検討会報告書より引用

A氏が受けた被害は、まさに「本人の意思を抑圧して行われたわいせつ行為」に該当する深刻な性暴力事案と評価しうる内容であり、精神障害の労災認定基準でいう「特別な出来事」の定義におおむね合致するとみられます

ただし、事案への個々の判断は申請資料や証拠の有無によって左右されるため、最終的な評価は労働基準監督署の担当調査官の判断に委ねられる点は付記しておきます。

なお「精神障害の労災認定実務要領」では、強姦や、本人の意思を抑圧して行われたわいせつ行為などのセクシャルハラスメントを以下のように説明しています。

「本人の意思を抑圧して行われたわいせつ行為」とは、被害者が抵抗したにもかかわらず強制的にわいせつ行為がなされた場合や、被害者が抵抗しなかった(できなかった)場合であっても、行為者が優位的立場を利用するなどして、物理的・精神的な手段によって被害者の意思を抑圧してわいせつ行為が行われた場合を意味する。

精神障害の労災認定実務要領 令和2年6月 430頁

心理的負荷「強」と評価する理由

出来事が「特別な出来事」に分類された場合、その心理的負荷の強度は、自動的に最高度の「強」と判断されます(下図を参照)。

「精神障害の労災認定基準」より抜粋

専門家検討会報告は、「特別な出来事」を以下のように定義しており、その出来事の性質自体が、極めて大きな心理的負荷をもたらすと結論づけています。

出来事それ自体の心理的負荷が極めて大きいため、出来事後の状況に関係なく強い心理的負荷を与えると認め得るもの

精神障害の労災認定実務要領【本編】5頁

したがって、A氏が受けた被害は、その行為の性質から客観的に「強」の心理的負荷を伴うものと評価されるのです。


A氏が発症したPTSDの医学的診断と病状の深刻性

A氏が発症したPTSDは、被害者が「特別な出来事」後に入院に至った経緯をみると、中居氏から受けた性被害が精神的に悪影響を及ぼした可能性は否定できません。

ただし、精神障害の労災認定の調査過程においては、「業務以外の心理的負荷要因」との関連も検討されますので、「特別な出来事」だけを単一の要因として断定できないことは付記しておきます。

(注)「業務以外の心理的負荷要因」の詳細については、私がアップしたこちらの記事で説明しています。

さて、発症に至る詳細ですが、A氏は被害直後、産業医であるC医師やD医師(心療内科)に相談し、「不眠、食欲不振、身体のふらつき」等の症状を訴え、D医師から「急性ストレス反応」と診断されました。

その後、症状が悪化し、入院を要する状態となりましたが、入院時の「紹介・診療情報提供書」には「うつ状態、食欲不振」と記載されています。

最終的に、精神科に転科した後、新たな主治医によりA氏が発症した精神障害は「PTSD(心的外傷後ストレス障害)」と診断されました。

精神障害の労災認定基準において、対象となる疾病は「ICD-10 第Ⅴ章『精神及び行動の障害』に分類される精神障害」(F0からF4に分類されるもの)が主とされており、A氏が診断されたPTSD(心的外傷後ストレス障害)は基準で示されている、対象疾病に該当します。

PTSDを発症したA氏は、入院中に「頻回なフラッシュバックに苦しみ」、「みんな生きている世界と自分に大きな隔たりがあって、もう戻れない」「私が代わりに死ねばよかったと思った」などと訴えており、極めて深刻な症状であったことが分かります。


A氏の心理的負荷を強めた背景とフジテレビの企業風土

A氏が受けた被害の心理的負荷は、単に行為の悪質性だけでなく、当時の職場環境や力関係によってさらに増強されていました。専門家検討会報告は、ハラスメント事案において、行為者が被害者に対して優越的な立場にある場合、「心理的負荷を強める要素となり得る」と留意事項に定めています(専門家検討会報告37頁)。

1.圧倒的な権力格差

調査報告書は、中居氏とA氏の間に「圧倒的な権力格差が存在していた」ことを指摘しています。中居氏はフジテレビにとって有力な取引先である著名な大物タレントであり、A氏は入社数年目の一般社員(アナウンサー)でした。この圧倒的な権力格差が、A氏の心理的負荷を強める要素となったことは想像に難くないでしょう。

2.業務への支障を案じる状況

A氏は、中居氏からの誘いを断ることで「仕事に支障が生じる」と考え、「断ったらそのことがBさんに伝わって番組によばれなくなるのではないか、そんな思いがあって、行きたくはないけど行った」と述べています。

専門家検討会報告が指摘するように、「被害者は、勤務を継続したいとか、セクシュアルハラスメントの被害をできるだけ軽くしたいとの心理などから、やむを得ず行為者に迎合するようなメール等を送ることや、行為者の誘いを受け入れることがあるが、これらの事実がセクシュアルハラスメントを受けたことを単純に否定する理由にはならない」(専門家検討会報告36頁)という実務的知見も、この状況を裏付けています。

3.ハラスメントを助長する「会合等の慣行」

本事案の背景には、フジテレビ内、特に編成制作ラインにおける長年の慣行が深く関わっています。第三者委員会は、フジテレビにおいて「社員等が性別・年齢・容姿などに着目して呼ばれる会合」が業務の延長線上として日常的に存在しており、このような慣行を通じて、取引先による人権侵害のリスクを「助長」していた可能性があると指摘しています。

特に、女性アナウンサーは「番組出演者としてのプレッシャー、編成・制作幹部との権力格差、取引先との会合等への参加の事実上の強制」といった要因で「リスクに晒されやすい脆弱な立場」に置かれていました。女性アナウンサーであるA氏の被害は、このような不健全な企業文化に内在するリスクが現実化したものと言えます。


フジテレビの安全配慮義務違反と「保身」を優先した経営判断

A氏に対する本事案は、フジテレビの番組出演者による社員への重大な人権侵害であり、労災認定基準においても「特別な出来事」として分類される可能性は高いでしょう。

また、A氏と中居氏との関係性、両者の権力格差、およびフジテレビのタレントとの会合に関する実態を踏まえて、この事案は「業務の延長線上」で発生したと性暴力だと第三者委員会から認定されています。

この事案に対するフジテレビの初期対応は、極めて不適切でした。

港社長、大多専務、G氏の経営上層部は、A氏が中居氏から性暴力による被害を受け、心身に深刻な症状が出て入院したことや、自死の危険性があるとことも認識していました。

それにもかかわらず、彼らは本事案を、A氏が中居氏のマンションに同意して行ったことを理由にし、「プライベートにおける男女トラブル」と誤った認識をしたのです。

人事局長であったH氏は、本事案を「社員に対する安全配慮義務の問題として捉えるべき」と考えていました。

しかし港社長ら他3名は、安全配慮義務(労働契約法第5条)の問題として捉えることをしませんでしま。

結果として、フジテレビは安全配慮義務を果たさず、A氏に深刻な二次被害を与えたのです。

1. コンプライアンス推進室との未共有と専門家への相談機会の逸失

経営陣は、本事案をコンプライアンス推進室に報告・共有することを一切行いませんでした。その理由として情報漏えいリスクを避けるためと説明しましたが、コンプライアンス推進室は秘匿性の高い問題を取り扱う部門ですので、この理由は説得力を欠いています。

結果として、人権やコンプライアンスの専門家の助言・意見を聴取する機会を逸したのです。

2. 加害者(中居氏)の番組出演継続による二次被害の発生

港社長らは、中居氏への事実確認(ヒアリング)を行わず、また被害者であるA氏の意思確認を行うことなく、中居氏の番組出演を継続させました。港社長らは、「中居氏への事実確認を行うと、中居氏が反論・攻撃する危険があり、それがA氏への『刺激』となって、病状悪化や自死を招くリスクがある」という憶測を番組継続の理由として挙げましたが、これは合理的判断とはいえません。

A氏が、中居氏の番組出演や社屋に掲載された中居氏のポスターがある限り職場復帰できないと訴えていたにもかかわらず、中居氏の出演を継続させた判断は、A氏の戻るべき安全な職場(職場環境配慮義務の履行)に整備しなかった二次加害行為にあたります。

3. 正確な情報を把握しなかった経営陣

フジテレビでの重要な意思決定は、港社長、大多専務、G編成制作局長といった同質性の高い壮年男性のみで行われており、本事案に関しても取締役会や監査役への報告を行わず、人権・コンプライアンスの専門家から助言等も得ませんでした。

現場でA氏のケアにあたっていたF氏やC医師(産業医)からも、情報や意見を求めることなく、情報はG氏のフィルター(認識・評価)を通した「伝言」の形でしか共有されなかったため、港社長らはA氏の病状や心情について、正確な把握ができませんでした。

その結果、この事案に対する誤った認識(プライベートの男女トラブル)を固定化させる原因となったのです。


人権侵害を許容する「フジテレビ」

フジテレビの社員A氏に対する本事案は、第三者委員会報告書の記述内容などから見て、「特別な出来事(強姦、本人の意思を抑圧したわいせつ行為等)」に該当する可能性が高いと考えられます。また被害者が受けた心理的負荷は、行為の性質や職場環境などを踏まえると、労災認定基準の「強」と評価されうる状況に近いでしょう。

本事案は、フジテレビが安全配慮義務に関して十分な対応が取られなかった疑いがあると考えられます。

さらに本事案で浮き彫りとなったことは、フジテレビの経営陣の人権尊重に関する感度が社会一般と大きくかけ離れていたこと、そしてハラスメントに寛容な企業体質(中居氏の利益のために行動するB氏が昇進するなどといった体質)が存在していたことです。

このような企業体質は、被害者が声を上げにくい不健全な職場環境を生み出しています。

本事案を含むフジテレビ問題を調査・報告した第三者委員会は、再発防止に向けて、フジテレビに対していくつかの提言をしましたが、詳しくは「調査報告書(要約版)」の46頁から49頁をご覧ください。


最後に

本事案が公になったことは、フジテレビ一社の問題にとどまらず、メディア・エンターテインメント業界全体が長年抱えてきた人権意識や組織文化を問い直す契機となりました。

メディア業界は、個人的な問題とか偶発的な不祥事と矮小化してはなりません。

本事案を構造的な問題として検証し、再発防止に向けた実効性ある改革が求められています。

もちろん、被害を受けたA氏の尊厳と回復が何よりも尊重されるべきであり、その過程が静かに、そして誠実に支えられる社会であることを強く願います。

この事案を、一過性の話題で終わらせることなく、メディアに関わるすべての者が人権に対する責任を自覚し、具体的な行動へとつなげていくことが大事なのは、いうまでもありません。


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