自己嫌悪→自己責任の精神
昨日の話。旦那が帰宅したかと思えば1言目が「m__lovemiの車、傷ついとるよ」だった。私は「え??」と頭がついて行かなかった。続けて詳しく話を聞くと、理解して外に見に行った。要は、夕方の突風・ゲリラ豪雨の影響で自転車が私の車の方に倒れた模様。旦那の帰宅時には既に、自転車が車に倒れていたらしい。見ると、明かりを当てなくてもハッキリ見える程の傷が部分的に付いていた。それを見て私は現状を理解し、途端に激萎えしたって話。
激萎えしたと同時に修理代のこと、今後の自転車保管について調べ始めた。修理については、旦那の方が自分の知識・経験がある故に割と冷静に話をしていた。実際の物があるのか、買うとなったら費用はいくらなのか。私は未知だけれど、今回の事態に怒りを感じない旦那に任せようと思った。
その後も私は、独りでに私の自転車(最寄り駅までの通勤用)の保管について検索を重ねていた。その時の私の思考・感情と言えば、『自転車をあの場所に置いていた私が悪かった。旦那に前に言われたことがあったけれど、私は自転車が雨ざらしになる方が嫌だった。その結果、私の主観のせいで自ら車に傷つけて修理になるなんて。私って最悪だ。 でもだからって自転車を倒れないように保管する方法があるのか?調べてるけど、どれもパッとしないんだけど。そもそも自転車通勤しないといけないところに勤めている私が悪いのか、辞めたら自転車を不要になるのに。…』と、次から次へと自己嫌悪に繋がる内容ばかり溢れ出てきた。
15分くらいだろうか。1人でネガティブに過ごしていたところ、普段と変わらぬ様子でいる旦那を見て不思議に思った。『私のせいでこうなったのに、旦那は何も思ってないの?私のこと責めるような発言があってもいいはずなのに一言も言われていないよ?』みたいな。そのまま旦那に問いかけてみたけれど、やっぱり私を責めたり怒ったりの発言ではなかった。淡々と事実だけを話した。「俺は今回のようになることを危惧して前に言ったことあるし、実際に移動させた。なのに、それにも関わらず勝手に戻したのはm__lovemiだ。だからそれ以上はどうしようもない話だ。」と。
しばらくの間、私は今の会話を反芻して考えた。最初は分からなかったけれど、少しだけ分かった気がした。どんな事でも大概「しょうがない」で片付けてしまう傾向にある旦那。
そんな旦那に対して私なら、きっともっと感情的になることが多いなって度々思っていた。自他ともに簡単に責めたり、とことん悪く言ったり思ったり。こうなった根本の原因を捉えては、散々御託を並べて皮肉のように改善案を突き付けるみたいな。自分で言葉を紡いでいながらも、『まあなんて嫌な人間なんだ』と改めて思うくらいだ。
ただ、旦那の感覚で言えば「しょうがない」の一言で片付けちゃう話な訳で。そんな旦那と私の違いに焦点を向けて考えてみたんだよね。そして、旦那の言葉の裏には、何かと秘められている旦那の意図が必ずあると私は知っている。今回も相変わらず、そんな旦那の思考を私なりに考えてみたんだよね。すると、私なりの新たな解釈・初めての価値観に繋がったからブログに残しておきたいって思ったんだよね。
「しょうがない」の言葉の裏には、
①今回の出来事から自ら学び、以降の対策を自分なりに考えること。
②自他共に簡単に責めるのではなく、自己責任だったと思うこと。
③何事も自己責任だと認識することで、今後の些細な自分の行動・言動でさえも自己責任が伴うことを知ること。
④結果、どんな時でも自分の責任感を育てることに繋がるのかな?』なんて。
そんな旦那なりの気持ちが込められているのかな?みたいな感覚になって納得した。
そして、今回に繋がる私の行動・言動は、何も『全部が悪かった訳じゃないんだ』と肯定するきっかけにもなると思った。自己否定や自己嫌悪ではない考え方。
どんな経験でも、大概はその時の自分が納得する形をとっただけのこと。結果、上手くいかなかっただけのこと。今回で言えば、旦那は危惧していたものの、私はそれを身を持って経験しただけのこと。この事実から私が何を学び、次からどうしていくのか?って話。
確かに普通に考えて馬鹿だな、考えが甘かったなって話ではあるけれど、そんな事でも私は、身を持って経験しないと分からなかったんだね。って話。そこまでのことを考えられなかったこと(自分)が悪いとかじゃなくて。あくまでも、その時の私はそうだったって話。
そんなふうに考えていくことを知った私は、旦那に伝えた。他にも、私から見て旦那は『本人に考えさせるのが上手・本人が考えるように促すのが上手』だよねってこと。続けて『私も旦那みたいになりたい。そのために努力するんだ』って何気なく話した。私にとっては普段から頻繁に思っていることだから。
それに対して旦那は
①俺が思ったことを言うよりも、俺が言わないで本人が本人で何でも考えて動く人間になることの方が大事』だと俺は思う。
②それに、俺は自他共に人の足らない面に目を向けることなはい。完璧な人間なんていない。同じこと繰り返さなければ、それでいい
と、これまでの私の問いかけに対する返答とも受け取れる反応だった。
そして更に極めつけの一言
③「俺みたいになる必要なんて無いだろう、己を磨け。」と。
自分の旦那とは言え、私にとっては永遠に惚れてしまう程の最大にかっこいい発言。頭が下がる思いで胸がいっぱいになった。と同時に、まだまだ己を磨き続ける私を生きたいなと改めて心に誓うきっかけになったって話。
もっと言うと、その後も旦那から見た私を何度も問いかけた。ところが、1度も明確に答えることをしない旦那だと改めて痛感したんだよね。ことある毎に気になって旦那に求める私だけれど、いつも徹底して何も言わない旦那。適当なことばっかり言って余計なことは言わない旦那。そんな旦那の嫁は私で、夫婦なんだと思うと、安心して眠りについたって話。
