心穏やかな日常
今週も、気づけば週半ばの水曜日。先週に比べると【心穏やか】に過ごしているのかもしれない。わざわざブログに残したくなる出来事や、そもそも心の整理が難しいような心境にはなっていない。ブログから少しでも離れる時間があるだけで、私はそんなことを自覚する1つの指標みたいな感じだ。
先週末、土曜日に無事にフォトウェディングを終えた。撮影のみだったので、日を改めて今週末に画像選びを行う予定。撮影後の時間は、とりあえず帰宅して軽く昼ご飯を済ませた。撮影用の濃いメイクや派手な髪型を直すためにシャワーをしたら、間もなく今度は買い物に出かけた。相変わらず猫グッズを買い足したり、日常の買い物したり。旦那と共に1日過ごして充実していた。
日曜日は、家の片付けをしてから美容院に出かけ、フォトウェディングのために切らずにいた髪を整えてもらった。新しい髪型で既に気に入っている。美容師さんとの会話も毎回楽しく、希望に沿うカットを施術してくれるのでありがたい。
その後は、実家の家族とランチに合流し、末っ子の誕生日を祝った。主役の妹中心の話に花が咲き、社会人1年目を終えようとしている妹の成長を感じた。それと共に、姉の私も『少しは姉らしく大人な話をしたいな』っと改めて思ったりする。
ランチを終えて一旦帰宅した私だったけれど、せっかく家族に渡そうと思っていた果物を渡し忘れたので、再び私は実家へと出かけた。両親には「わざわざ出かけて来なくてもいいのに」と何度も言われたけど、私が納得いかなったので出かけてきた。私の方から「どうしようか?」聞いておきながらだったけれど、『私の中の答えは決まってたんだよね』って思う。だって、断られたところで『私が実家に渡したくて準備したんだもん』って感じ。
帰宅して束の間だったけれど、私からしたら両親の気遣い的なのは関係ないもんね。確実に【私の都合】だし【私の問題】な訳で。車で片道40分くらいなんて、『全然問題ないわ』って感じだった。でも、ランチのお店で果物渡してバイバイじゃなくて、【本気で良かったなって思ったこと】があったんだよね。
っていうのも、フォトウェディングを終えた次の日だったってこと。遡って言うと、フォトウェディング当日の話から下記に綴ていく。
結論から言うと、私は、当日のメイク中に両親に連絡をした。「今フォトウェディング中だけど、スタジオ見に来る?」みたいな。すると両親は、当日の連絡だったけれど、わざわざスタジオに駆けつけてくれた。そのお陰で、『晴れ姿の記念撮影が見事に叶った』ってな話。
『両親を当日スタジオに呼ぶ・呼ばない』は、正直めちゃめちゃ悩んだ。悩んだ結果『呼ばない』選択をした私。正確に言うと、『そもそも両親の見学についてスタジオ側に確認すること』をやめちゃったんだよね。
けれど、メイクさんとの会話の中で「今日はご両親は見に来られないですか?もし来られるなら、セットの外の廊下とかなら撮影出来ますよー」って話があった。私は、その一声で『両親を呼んでも大丈夫なんだ!』ってなったんだよね。ただ、『私の両親だけ呼ぶのって、旦那の両親には悪くないかな?』って気持ちもあって上記の選択をした私。なので、メイクさんに話してみると、「そういうパターン方も、全然いますよ!」って話だった。
私は、『迷っている場合では無い!きっと大丈夫や!私の両親だけでも一生に1度の貴重な経験を一緒にしたい!』と強く思った。旦那に相談する間もなく、私の独断で速攻、両親に連絡したんだよね。正直、【連絡するものの、完全に私の都合】ってのは前提にあった。『本当に、無理なく来れたらどうぞ』くらいの気持ちだった。『両親の都合を狂わすことになる』くらいなら『別にいいんだけどね』みたいな、若干控えめな感じで。
けれど、【撮影時間に間に合って来てくれたこと】には、本当に頭が下がった。私は、これまでの親子関係の中で、トップレベルなくらい心底嬉しかった。今回の両親の気持ちは、きっと一生忘れない。
お陰で両親と私達夫婦の記念撮影の夢も叶った。プロのカメラマンさんじゃなくても全然気にしない。むしろ、【経験・思い出】として【自分の記憶に残したこと】自体が、『ものすごく貴重な意味がある!』と私は思っている。スタジオの廊下みたいなところで、私物のスマホカメラでの撮影だ。両親は特に着飾る訳でもなく、本当に『私の都合に応えて来てくれただけ』の普段の両親。母親は特に、写真写りを気にしていたが、私個人的には、それこそ『両親が自分達の都合を構わずに来てくれた』両親の気持ち。それを【ストレートに物語る写真】になっていて、既に何度も見返してしまう。そして、一生大切にしたいと思っている。
と、そんな当日だった訳だけれど、流石に90歳を過ぎた祖母までは呼ばなかった。祖母には後日、写真選びが終わって、アルバムとして形に残した時に見せに行こうと思っていた。けれど私は、実家に向かっている時に思い付いた。アルバムは無いけれども、『スマホに写真がある』じゃないの。老い先短い祖母だからこそ、『スマホの写真だけでも早く見せたい』気持ちが強くなった。
実家に着いた私は、果物をリビングに置いた後、祖母の部屋へと向かった。祖母は、『今か今かと私の晴れ姿の写真を楽しみにしていた』らしい。聞くと、既に話は父から聞いていたようで、『父が嬉しそうに話していた事』も、合わせて話していた。実際にスマホの写真を見せても、終始にこやかに見ていた祖母。私は、アルバムが仕上がるのを待たなくとも、【早いタイミングで晴れ姿を見せることが出来た】こと、【また1つ夢が叶った気持ち】になった。
それに加え、話し始めると、毎回のように話が尽きない私と祖母。そんな関係性になったのは、私が家を出てからの話。この2,3年の話なのだけれど。それまでは、お互いに必要以上の関わりは無く過ごしていたので、お互いの身の上話みたいなことをした記憶がなかった。
私が【実家や固定概念から離れた世界を知って今を生きるようになったこと】で、私自身が大きく変わったのだろうと実感する。祖母からは特に、毎回のように、『祖母自身が、私の話す内容の変化を感じている』のが伝わってくる。そこから派生して、祖母の生き様を初めて知る機会も多い。長い時代を経て今がある祖母を、私は心から尊敬する。
そんな祖母と、『あとどれだけの時間を共に過ごせるのだろうか』と、会う度に心のどこかで心配している私。その為、会う度に『心残りが無いように』意識的に話をしているつもり。祖母の話を『出来るだけ沢山吸収したい』と思って聞く私。
だからこそ、今回もまた1つ、【後悔することなく早いタイミングで報告出来た】っていうことが、私の心境としては本当に大きい。『また今度でいいや〜』って気持ちには、なかなかなれないからだ。その【都度、一瞬一瞬の重み】みたいたものを心から感じるんだよね。
ってな訳で、祖母と『話すこと話して、聞くこと聞いて』満足して私は帰宅した。もちろん、帰宅前には家族みんなに声掛けて。聞くと、妹はフォトウェディングの話をしても、きょとん?って感じだったので、これまたスマホの写真を見せた。軽く他の話題でもしながら数分過ごし、母親は、夜ご飯の支度をする中、振り返りながら私の事を見送って。父は熟睡中だったので、そっとしておいた笑
帰宅したら、家には旦那がいて、ニコちゃんがいて。私は私のペースで家事をこなしては、旦那とニコちゃんの【存在自体】に既に十分に満たされて。
特に何がって言うことではなく、【色んなことが満遍なく充実していた休日】だったと振り返る。そして何より、私自身が満たされて。特に先週は、色々思うことが多かった私は、それを上手く発散したのかも?って気持ちにもなる。
今週がまた新たに始まって3日。冒頭の通り、本当に心穏やかな感じ。先週みたいなことも、実際はある。でも、もう何も思わない。考えない。『そういうものなんだよ』って感じ。
今回のブログは、なんだか日記みたいな内容になった。ただ、その時々で【私の感情や思考】は動く訳で。とりあえず【日々、自分を満たすことを意識していた私】だけれど、今週は、【自分以外の存在や非日常の出来事】から、『沢山の刺激を受けた』って感じだね。
ということで、今後とも【色んな意味でのバランス】を保ちながら、『充実した人生にしたいものだ』なんてね。また明日、明後日と平日の日常も、心穏やかに過ごしましょう😇
