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200万つぎ込んだ「脱ステ」の地獄。薬に振り回された39年を経て、私がいまたどり着いた1つの答え。

生まれたその瞬間から、私はアトピーだった。

未熟児で生まれた私の小さな体は、いつも痒みと赤みを帯びていた。幸いにも食べ物のアレルギー値があまり高くなかったことだけが、当時の救いだった。

幼少期のアルバムを見返しても、一見すると普通の子供に見える。けれど記憶の片隅には、いつもどこか有名な皮膚科の、気の遠くなるような長い待ち行列があった。 父が製薬会社に勤めていたこともあり、我が家にとって「薬を使い続けること」は何の違和感もない、ごく当たり前の日常だった。

常にステロイドが身近にある暮らし。旅行先で激しい痒みに襲われ、気休めにムヒを塗ってもらった記憶。父は、私の肌がなぜ治らないのか不思議そうな顔をしていたけれど、本当の意味で私の苦しみに興味があったわけではなかったのだと思う。

そんな私の人生が、最初の大きな転換期を迎えたのは、専門学校時代のことだった。

「自分が作ったもので、誰かを幸せにしたい」

大好きだった祖母の影響もあり、私はお菓子の専門学校(製菓学校)へ通い始めた。今思えば、この「誰かを幸せにしたい」という想いが、今の私の挑戦に真っ直ぐ繋がっている。 けれど、現実は甘くなかった。 学校での日々の実習。強い洗剤を使い、今思えば大量の砂糖を摂取する環境の中で、私の肌は一気に悲鳴をあげた。これまで頼り切っていたステロイドが、ついに全く効かなくなってしまったのだ。

「なんとかして、治さなきゃいけない」

追い詰められた私が、藁をも掴む思いでたどり着いたのが「脱ステロイド」だった。 一度すべてのステロイドを断ち、激しいリバウンドに耐えながら、薬のいらない体へと戻していく。私は初台にある専門の病院に通うことを決意した。

この選択は、私の人生に、消えることのないあまりにも大きな爪痕を残すことになる。

ひとつは、リバウンドの凄まじさ。 それは想像の200億%、過酷で凄惨なものだった。全身が激痛に襲われ、皮膚からは常に膿が流れ出る。当時の私の写真を振り返ると、体中に包帯をグルグルに巻かれ、今にも死にそうな入院患者そのものだ。私の青春の思い出は、二度と振り返りたくない暗闇の過去に変わった。

「痒みと痛みのない人間になりたい」 毎日、それだけを祈っていた。電車のホームに立つたび、何度も吸い込まれそうになった。 だからこそ、長い地獄の果てに、ようやく「触れる普通の皮膚」が再生してきたときの感動は忘れられない。二度とあの地獄には戻りたくない。けれど、自分の体が「今、やばい状態にあるか」を察知する高感度なセンサーは、間違いなくこの時に養われた。

そしてもうひとつは、経済的な現実。 その病院は東洋医学をベースにしており、保険適用外だった。汚血を除去する治療は、当時1回で約15,000円(今は2万円を超えているらしい)。社会人になり、一大イベントであるウエディングフォトの前に通ったのを最後に、通院回数は100回を超えた。つぎ込んだ金額は、総額で200万円ほどになる。

社会人になって、過去一番に忙しかったイベント関係の仕事をしていた時期、私は必死にステロイドを使わない生活を維持しようとしていた。けれど、入ってくるお給料のほとんどが通院費へと消えていく。 「私は一体、何のために身を削って働いているんだろう……」 あまりの馬鹿馬鹿しさに、燃え尽きて仕事を辞めた。

結局、3年ほど前に精神的な限界を迎えてアトピーが再悪化。もう「脱ステ」という極端な概念に心が疲れ果ててしまった。 私は方針を180度変え、駒澤大学の皮膚科へ転院した。そこは姿勢(血流・リンパ)の改善をベースに、「ステロイドをガッと使って、ガッと一気に治す」というアプローチだった。最初は強い抵抗感があったけれど、驚くほど肌が比較的安定したことで、私は再びステロイドを手に取るようになった。この時の「体の巡りを良くする」という考え方は、今の私の土台にも生きている。

それからは、仕事の激務、結婚による生活環境の変化、試験勉強……何かが起きるたびに、2年前から良くなったり悪くなったりの一進一退を繰り返してきた。

そして、長野へ移住した直後。 ここ数年の中で、間違いなく一番最悪な大悪化が始まった。 頭からはフケが止まらず、顔にも症状が出た。体中、どこを触っても「すべすべの場所」なんてひとつもない状態。 信州の激しい寒暖差のせいなのか、水が合わないのか、環境変化のストレスなのか。いまだに本当の理由は分かっていない。そして皮膚科にいっても「寒暖差」「乾燥」「ステロイド」しか言われない。本当にここにお金をだしたくなくなった。

けれど。今の私は、ただ絶望して泣いていた頃の私ではない。 少しずつ、自分の手で変えようとしている。

39年間、自分の体で壮絶な人体実験を繰り返してきた今だからこそ、分かったことがある。

アトピーは、薬(ステロイド)だけでは根本的には解決しない。 けれど、すべてを悪と決めつけて完全に排除すればいいという訳でもない。辛い時は薬の力も借りながら、食事や運動、日々の小さな生活の変化を重ねて、少しずつその依存度を減らしていけばいい。

「これさえやれば一発で治る」なんていう一律の正解はないのだ。

すべてを辞めることだけが覚悟じゃない。 薬の力を上手に借りながら、食事と、運動と、ほんの少しの暮らしの工夫で、アレルギーがあっても笑顔で幸せに生きられる。

私は、ここ長野の地から、自分自身の体を使って、その「新しいライフスタイル」を証明したい。そして、かつての私のように暗闇の中で絶望している人に、そっと寄り添える居場所(インナーケア講座)を作りたいのだ。

私の人体実験は、まだ始まったばかり。 かゆみと闘うリアルな毎日は続くけれど、一歩ずつじっくりと自分を大切にしていこうと思う。

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