(critique)収蔵庫を上演する:マーク・マンダース「保管と展示」のまどろみ(に見える何か)について
展示レビューを寄稿しました。
〈詠み人知らず〉の高揚を一つのキーとしつつ、マーク・マンダース「保管と展示」における虚構の立ち上がりかたについて考えています。
「収蔵庫を上演する——マーク・マンダース「保管と展示」のまどろみ(に見える何か)について」(無料公開)
ここでは作品が安らっている——ように見えてしまう。緊張をほどき、ひんやりとした床になにもかもがのびのびと寝そべっているかのように。わたしたちには気付きもしないで、あるいはお構いなしに、ゆったりと閉じた時空をくつろいでいるかのように。
何度か見たことのある作品ばかりだったから、なかば冗談めかして「ひさしぶり」——と声をかけてしまいたくもなる。
もうすっかり見慣れてしまった、灰色の柔らかそうな彫刻群。ぜんぜん変わりないような気もするけれど、でもいつもよりほんの少しだけ顔色がいいんじゃない?
細部にわたって構成の尽くされたマンダースの企画展では、目を伏せた彫刻たちはいつもうっすらとした緊張をまとっていた。でも、どうやら「保管」されているらしいのだという今回の展示のかれらは、薄い寝息をふわりと立てている。白く静謐な展示室で、終わらない午睡をうっとりとまどろんでいる。
けれどもそんなはずはない。展示室で作品が眠ることなどありえない。それなのに——だとしたら——この空間では、いったい何が起きているのだろう。
*つづきは下記のWebサイトで無料公開されています。
「収蔵庫を上演する——マーク・マンダース「保管と展示」のまどろみ(に見える何か)について」
