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「浪人生活、全部話す」 - 浪人生活のリアル ①-➓

三月
終わってしまった、という実感と、空虚。共通テスト、二次試験、私大も終わり、もうやることはない。
世間では、最後の最後まで詰め込んできた人たちが「ようやく解放された」と安堵の息を吐く中で、僕にとってはその“解放”が“余白”になってしまった。時間だけが、過剰に残されていた。

勉強という重しが取れたはずなのに、どこかぽっかりと日常に穴が空いてしまったような気がしていた。

結果を待つだけの日々。
合格発表はまだ先で、何も始まらない。
自信はあった。自分なりにやり切った手応えも、確かにあった。だから、後期の試験勉強はまったくしていなかった。ずっと彼女の家に泊まって、起きて、何かを食べて、話して、眠る。そんな日々だった。

でも、夜になると、不意に脳裏に浮かぶ。
「あれで本当に良かったのか」
「受かってなかったら、どうしよう」

自信があったはずなのに、不安の影が少しずつ忍び寄る。だからこそ、後期の勉強をしていなかったのかもしれない。
“後期試験のために、準備する”という行為自体が、「落ちるかもしれない自分」を認めることになる気がして、怖かった。
何かにすがりたくて、でもその“何か”がもう自分の手の中にない気がして、虚空を見つめる夜が続いた。

そして、発表の日が来た。
2025年3月6日。
前年、名古屋工業大学の発表は「どうせ落ちてる」と思ってすぐにサイトを開けた。でも今回は違った。
神戸大学。
10時からだったのに、実際にサイトを開けたのは12時近くだった。10時には既にサイトを開く準備もできていた。。。
何かが怖かったのだと思う。
そしてその日、彼女の家で、スマホの画面を一緒にのぞき込んだ。
朝10時から発表だったのに、ページを開くことができたのは正午近くだった。怖かった。
落ちているかもしれない。見たくなかった。でも、見なければ、始まらない。

息をのんで開いたページ。
そこに、「合格」の文字があった。

その瞬間、何かが静かにほどけた。
全てが——許された気がした。

塾に行かなかったこと。
高校3年間、ただ遊んでいたこと。
自己愛。
浪人しているのに、彼女を作っていたこと。
夜中まで勉強しているふりをして、サッカーばかり観ていたこと。
それで、朝起きられず、授業を何度もサボったこと。

あらゆる後悔や矛盾や、誰にも言えなかった弱さ。

それら全てが、その瞬間だけは、許された気がした。
あぁ、終わったんだ——と。

すぐに高校の先生には連絡をした。
でも、塾には連絡をしていない。もはや何も享受していないのだから、報告する義務も感じていなかった。

春が、来た。
終わった。
長いようで短く、でもやっぱり長かった一年だった。



最後に、あの言葉を回収しよう。

「大学は人生の夏休みというが、浪人は人生の春休みだったのかもしれない」

神戸大学に入学し、一人暮らしを始めた今、ようやく気づく。
浪人生活というのは、ただ孤独でつらいものではなかった。
あれは、確かに「守られた時間」だった。

何もしなくても家にいられて、ご飯は出てきて、参考書も買ってもらえた。
生活に必要なものはすべて整っていて、自分はただ「勉強すればいい」だけの環境だった。
そこには、社会の責任も、生活の煩わしさもなかった。

浪人をしたことで、高校生の頃に当たり前のように享受していた「親のありがたみ」を、より深く、現実として感じられたと思う。
高校生の頃は、家があって、食事が出てきて、参考書も買ってもらえることが「当然」だったが、学生として学校に行くこともまた『義務』だった。
でも浪人という一年間、自分が“だらだら勉強するだけの存在”であることを許されていた時間を振り返ると、それがどれだけ異常で、どれだけ恵まれていたかに気づかされる。

「もっと感謝しろ」と言われてする感謝なんて、何の意味もない。

本当にそうだったと思う。

あの春は、終わりであり、始まりだった。
そして何より、自分自身との長い春休みだったのだ。

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