堺市の人事議案マスキング問題にみる「行政による解釈改憲」の危うさ
はじめに:公文書公開制度の形骸化
地方自治体における情報公開制度は、市民の知る権利を保障し、行政の透明性を担保するための根拠である。しかし今、堺市において、この制度の根幹を揺るがす「実務上の変質」が起きている。副市長や教育長といった特別職の人事議案において、学歴等の経歴を意図的に隠蔽する「マスキング(黒塗り)」運用の常態化である。
1. 「場所」によって変わるプライバシーの矛盾
本件の最大の論理破綻は、公開媒体による情報の差別化にある。 堺市監査委員事務局や財政局資金課との協議によれば、人事議案の原本は議会図書室において「フルオープン」で公開され、コピーも可能である 。しかし、インターネット公開分に限っては「プライバシーへの配慮」を理由に学歴等が抹消される 。
同一の公文書でありながら、閲覧場所によって非公開事由の有無が変動するという運用は、法的合理性を欠く。一度でも一般の閲覧に供された情報は、もはや秘匿すべき「私事」としての法的保護の対象にはなり得ない。この二重基準は、市民の利便性を損なうだけでなく、情報の利活用を恣意的に制限する「不適切な情報操作」に他ならない。

2. 学歴・経歴の公開は「適格性判断」の不可欠な要素
行政側は「学歴は選任にあたって重要な情報ではない」と強弁する 。しかし、この認識は公職の重みと社会通念を著しく軽視している。 公人、特に市政の根幹を担う特別職において、その人物がどのような専門教育を受け、どのような時間軸で研鑽を積んできたかを確認することは、市民が適格性を検証するための正当な権利である。
また、情報の非公開化は「学歴詐称」等の不正を事後的にチェックする機能を麻痺させる。大阪市や横浜市といった他の政令指定都市では、最終学歴を明記して公開する運用が維持されており、堺市の「独自解釈」は、全国的な透明性の基準から見ても著しく逆行している。
3. 立法趣旨を無視した「運用による非公開化」
堺市の情報公開条例は、特定の個人を識別できる情報を非公開とする「個人識別型」である 。重要なのは、かつてはこの同じ条例の下で、学歴や経歴が全面的に公開されていたという事実である 。
平成30年を境に、条例改正という民主的な手続きを経ることなく、事務局の内部判断(運用)のみで「学歴=非公開」へと舵を切った事実は重い 。これは、行政が自らに都合の良いように条例を読み替える、実質的な「解釈改憲」である。 担当職員がその「立法趣旨」を説明できないまま非公開を強行する姿は、法の支配ではなく、官僚主義による「恣意的な運用」が優先されている実態を象徴している 。
結論:問われるのは「市民を観る目」である
今回の問題は、単なる「黒塗りの範囲」の是非に留まらない。
行政が市民を「専門知識を持たない、丸め込み可能な対象」と過小評価し、不十分な論理で情報を独占しようとする傲慢さが根底にある。
「電子データで見にくいから省略する」「運用で決まっているから説明できない」といった不誠実な対応を許せば、行政の透明性は崩壊する 。市民は今、行政が引いた不当な境界線を厳しく監視し、情報の公共性を奪還する必要がある。
