私、日本人じゃないんです
「15円50銭」。1923年の関東大震災で朝鮮人を識別するために使われた言葉だ。6000人以上の人々が殺された。2025年の参院選挙で参政党が民衆の前でこの言葉を使った。差別を主張する政治家に人々は歓声をあげ、日本人ファーストを叫んだ。
誰もが国境を越えれば外国人と呼ばれる。想像力の欠けた者たちは、外国人を犯罪者を指す言葉のように使う。日本国籍を持たない人々は、酷い言葉をかけられ、冷たい視線をおくられ、命や生活を脅かされている。
日本人ではない人々が、この国でどんな扱いをされるのかを私の経験を通して知ってもらいたい。
26年以上前の話である。外国人の方々を飲食店やコンビニで見かけることが今ほど一般的ではなかった。私は高田馬場のそば屋でアルバイトをしていた。
ある日「すみません、張り紙を見ました」と、片言の日本語で話す女性が店を訪ねて来た。
「いや、募集してないよ」と、日本人ではないことを認識した店長は、まるで料理にたかる蠅を追い払うように手を振った。側で皿洗いをしていた私にも彼女の緊張が伝わっていた。勇気を出して職を求めて来たのだ。
涙が止めどなく溢れてきた。友人の母の顔が頭に浮かんでいた。
涙を流す私に気づいた店長が駆け寄ってきた。
「どうしたの」心配そうに私の顔を覗き見てきた。
「私、日本人じゃないんです」との言葉が出ていた。
日本人ではないと告げてから店長は、よそよそしい態度をとるようになった。「そう言えば顔があっちの人だね」と、まじまじと見てきた。まかないの蕎麦に七味をかけていると、「あっ、やっぱり辛いのが好きなんだ」と言う。言動や行動のすべてを観察してきた。日本人ではないというフィルターを通してしか私を見られなくなったのだ。
昨日の私も今日の私も一緒、だけど同じではない。底知れぬ恐ろしさを感じた。頭で考えていたことが、身体を通して伝わってくる。日本人ではないことが怖かった。
友人の母は、在日2世であった。日本名を名乗り、在日であることも隠して暮らしていた。50以上歳の違う私を友人だと言ってくれた。
彼女は若い頃、上野にあるレストランで友人と面接を受けた。2人ともに採用されたが、後日、彼女だけが不採用になった。日本人ではないと発覚したからだ。
夫に命に関わるような暴力を受けても、誰にも助けを求めることも出来なかった。警察に通報すれば、差別感情でさらに非人道的なことをされることが明白であった。
彼女は、耐えて耐えて生き延びてきたのだ。心にも体にもたくさんの傷があった。
会うといつもどこか具合が悪そうなのに「笑おうね。笑わなきゃ、楽しく生きなきゃ」と、私に優しく微笑みかけてくれた。
在日の人たちは、町、学校、職場どこでも不当な扱いをされ、生きることを諦めて命を絶った人も大勢いる。
関東大震災では、普通と呼ばれる日本人たちが昨日まで隣に住んでいた人間を殺した。命乞いをし、逃げ惑う人々を次々無惨に殺戮した。
”あの人、日本人じゃないよね“
“あの芸能人は、日本人じゃない”
ネット社会では在日であることが罪であるかのように言われている。
韓流ブームで差別がなくなって良かったかのように言う日本人がいる。
韓国で民族名で暮らしていて差別を受けるだろうか?
韓国でチマチョゴリを着て恐怖を感じるだろうか?
歴史も背景もごちゃ混ぜにして、過去とも現実とも向き合おうともしていない。今も在日の人たちは、日本で暮らしていて、日常的に差別されているのだ。
友人は言った。「もし朝鮮半島と日本が戦争になったら、私はどちらからもスパイだと言われて殺される」と。
在日の人たちは、韓国にも日本にも気を張りながら生きているように見える。
友人間や職場で「私、日本人じゃないんです」と、試しに言ってみてほしい。この国で外国人として生きる辛さが少し、わかるはずだから。
