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【制作体験談】思考の檻をぶち破る、脳内カーニバルの始め方。ある楽曲が私に火をつけた夜の記録

人間、長くものを作っていると(それが文章であっても、イラストであっても、あるいは日々のちょっとした企画であっても)、どうしても「型」にはまってしまう瞬間がある。

「こういう構成にすれば、きれいにまとまるだろう」 「このトーンで語れば、誰にも嫌われずに済むだろう」

そんな風に、無意識のうちに自分の表現に安全な柵を設けてしまうのだ。ある夜、私もまさにその「安全な檻」の中で、文字通り頭を抱えていた。書きかけの原稿は、どこかで見たような綺麗事ばかりが並び、自分自身が一番退屈していた。

そんな時、イヤホンから流れてきたのが、HIRUHAというクリエイターの『曼陀羅カーニバル』という楽曲だった。

一言で言うなら、それは「脳内に突然現れた狂気的なお祭り」だった。

「綺麗にまとめる自分」を殴りつけるような衝撃

イントロが流れた瞬間、耳に飛び込んできたのは、妖しくもどこか懐かしいオリエンタルな旋律。それと同時に、脳の芯を直接揺らすような、重厚でエッジの効いたデジタルロックの歪みが襲いかかってきた。

[00:19] あたりからの歌詞を聴いた時、ゾクッとする感覚が背中を走った。

「回る観覧車 響く話の笑って飲みせ 準備で 神の中のし牙を隠して下を出す」

このフレーズを耳にした瞬間、私は自分の書きかけの原稿をノートパソコンの画面上でじっと見つめ直した。 「ああ、私は今、まさに牙を隠して、世間に対してお利口な顔(下)を出そうとしていたんじゃないか?」と、強烈なカウンターを食らったような気持ちになったのだ。

この曲が描く世界は、どこか退廃的で、けれどどうしようもなくエネルギーに満ち溢れている。 [00:49] で歌われる「メリゴラ乗れば戻れない よりの地獄 どれが好き 選びな」というフレーズ。普通なら「地獄」という言葉はネガティブなものとして処理される。けれど、この曲のグルーヴに乗せて吐き出されるその言葉は、むしろ「お前の内側にある、ドロドロとした本音や狂気を全部引きずり出して、このカーニバルで踊らせてしまえよ」という、クリエイターからの挑発のようにも聴こえた。

AIには真似できない「人間の歪み」に救われる

最近は、AIに「こういうテーマで、おもしろい記事を書いて」と頼めば、それなりのものが一瞬で出力される時代だ。AIが書く文章は論理的で、破綻がなくて、とても美しい。

けれど、この『曼陀羅カーニバル』を聴いているうちに、私が本当に求めていたのは、その「美しさの対極」にあるものだと気づかされた。

[02:22] のフレーズが心に刺さる。

「真実も嘘も同じ大す 裏もの毛も一緒にかけてくだるまで逃がさない」

この、善悪や正誤の境界線がグズグズに溶けていくような感覚。人間が本当に何かに熱狂したり、心を動かされたりする瞬間って、きっとこういう「割り切れない混沌」の中にしかない。AIは確率的に「正しい次の言葉」を選ぶけれど、人間は時として、自分でも理由のわからない「歪んだ言葉」や「過激な感情」を選び、それが誰かの魂を救うことがある。

この曲の持つ「Oriental Groove × Digital Rock」という組み合わせ自体が、まさにその証明だ。交わるはずのなかった二つの要素が、クリエイターの情熱によって無理やり一つの狂気的なお祭りに昇華されている。その歪みと摩擦のエネルギーが、心地よいベースラインと切ないメロディラインになって、私の硬直した脳みそを物理的にほぐしていくのが分かった。

画面を閉じ、もう一度「牙」を剥く

曲が終わりに近づく[03:15] 、「最後のかば 世界が溶けていば 世界が飛べてこすの雨で洗しが合りの合」という、どこか祈りのようにも、破滅のようにも聴こえるラストシーンを迎えた時、私の部屋の空気は完全に変わっていた。

私は、さっきまで書いていた「誰にでも受け入れられる、無難で綺麗な文章」をすべて全選択し、デリートキーを押した。

あのアッパーで妖艶なベースラインが、まだ耳の奥で鳴り響いている。 だったら、私も私の中にある、まだ誰にも見せていない「牙」を言葉にして、原稿に叩きつけるべきだ。たとえそれが、誰かにとっての「地獄」のような不都合な真実だったとしても、私だけのカーニバルを始めよう。

もし、あなたも日々のルーティンや、「正しさ」という檻の中で息苦しさを感じているなら、ぜひ一度、この『曼陀羅カーニバル』の門を叩いてみてほしい。

耳を塞ぎたくなるような日常を、一瞬で極彩色の狂気へと塗り替えてくれる、最高の特効薬がここにある。


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