【制作体験談】助手席の特等席と、140km/hのユーロビート。あの夜、私たちは友達をやめた。
「友達のままでいたら、傷つかずに済んだのかな」
深夜2時、首都高湾岸線。遮音性の低い古い国産車の助手席で、私はそんなことを考えていた。窓の外を流れていくのは、工場地帯の無機質なオレンジの光と、時折すれ違う大型トラックのテールランプ。
カーステレオから流れているのは、彼がお気に入りの、少し時代遅れで、だけど信じられないくらい高揚感を煽るユーロビートの重低音。
『恋のSUPER HIGHWAY』
激しいシンセサイザーのイントロが、狭い車内に響き渡る。バックミラー越しに、自分の顔を盗み見てみる。バックミラーに映る私は、泣いたせいでマスカラが少しだけ滲んでいた。だけど、それすらもこの夜の疾走感と、爆音の音楽がすべて掻き消してくれるような気がしていた。
これは、私と、一番の親友だった「彼」との、引き返せなくなったある夜の記録だ。
「大人になんて、まだならなくていい」と言い張った夜
彼とは大学に入学して以来、何でも話せる「ただの友達」だった。お互いのくだらない恋愛相談に乗り、失恋すれば朝までファミレスでドリンクバーを粘る。そんな関係がずっと続くと思っていたし、それが一番心地よかった。
だけど、社会人になって2年目。私たちはそれぞれ、言葉にできない「大人の壁」にぶつかり、息が詰まりそうになっていた。
その日、私は仕事の人間関係で完全に心が折れ、夜中に彼に電話をかけた。受話器の向こうの彼は、私の声のトーンを察したのか、余計なことは何も聞かずにこう言った。
「今から行く。ドライブしよう」
1時間後、彼の愛車の助手席に乗り込んだ私を見て、彼は何も言わずにコンビニに車を停めた。 「はい、これ」と手渡されたのは、温かい缶コーヒー。
コンビニのパッと明るい蛍光灯の下で、彼はいつもと変わらない、少し不器用な笑顔を見せてくれた。私たちは缶コーヒーで、まるで行き止まりの日常に抗うように小さく乾杯した。
「大人なんてさ、まだならなくていいよね。誰も大人の正解なんて教えてくれないし」
私がそう呟くと、彼は「そうだな。今夜だけは、全部忘れていいよ」と言って、お気に入りのラジカセ(のような古いカーステレオ)のボリュームを上げた。流れ出したのは、私たちが生まれる前の時代を彷彿とさせるような、ハイパーなユーロビートとJ-Popが融合した歪なダンスミュージックだった。
恋のスーパーハイウェイ、鳴り響く胸のサイレン
車が料金所をくぐり、首都高の本線に合流した瞬間、世界の色が変わった。
彼はアクセルを強く踏み込んだ。合図のウインカーが、暗いアスラストを規則正しく照らす。物語は、文字通りそこから始まった。
カーステレオのボリュームはさらに大きくなり、イントロのビートが心臓の鼓動と完全にシンクロする。
恋のスーパーハイウェイ 鳴り止まない胸のサイレン 飛ばせ限界まで もっともっと
歌詞のようなフレーズが、頭の中をぐるぐると駆け巡る。私の胸の中で、ずっと抑え込んできた「友達以上の感情」という名のサイレンが、もう爆音で鳴り響いていて、止められそうになかった。
「なぁ、あのさ」
彼が前を向いたまま、ボソッと口を開いた。 「何?」と聞き返すと、彼は少しだけハンドルの握り位置を変え、意を決したように言った。
「俺、お前のこと、ずっと友達だと思おうとしてた。そうしないと、この関係が壊れちゃうから。でもさ……もう無理だわ」
心臓が跳ね上がる。カーステレオのユーロビートのBPM(テンポ)が、さらに速くなったように感じた。
「友達のままでいたら、ずっと一緒にいられるって信じてた。でも、他の誰かと付き合うお前なんて見たくない。俺、お前が好きだよ」
彼の言葉は、夜の風と爆音の音楽に混ざりながらも、私の鼓動に真っ直ぐ突き刺さった。
渦巻く人の海で、今夜生まれ変わる
私たちは今まで、お互いを「傷つけないためのチューニング」を間違え続けていたのかもしれない。失うのが怖くて、一歩を踏み出せなくて、ずっと「親友」という安全な檻の中に閉じこもっていた。
だけど、この夜の、このスピード感と、鳴り止まない音楽が、私たちの理性を完全に狂わせていた。
「私も」
私は、助手席から彼の横顔を見つめながら、叫ぶように言った。カーステレオの音量が大きすぎて、普通に話したら声が届かないからだ。
「私も、ずっと好きだった!友達のフリするの、もう限界だった!」
その瞬間、前方の信号がカウントダウンを終え、青に変わった。 彼はニヤッと笑い、さらにアクセルを踏み込んだ。車がグンと加速し、私たちは夜の闇の中に吸い込まれていく。
私たちは、窮屈な日常の海から、今夜、新しく生まれ変わるような感覚に包まれていた。手を上げて、窓から入ってくる冷たい夜風を裂くように浴びる。もう、止まれないし、止まりたくもなかった。
夜空にキスをして、私たちは友達をやめた
東京の夜景が、フロントガラス越しにキラキラと輝いている。それはまるで、私たちの新しい始まりを祝福するステージライトのようだった。
私たちは、都会の片隅で、ただの傷つけ合う大人になりかけていた。だけど、この古い車の中だけは、あの夏に置いてきたはずの熱い衝動が、そのまま残っていた。
「友達」という一番安全で、一番遠い関係を、私たちは今夜、完全に追い越した。
夜空に向かって、言葉にならない感情を叫ぶ。 私たちはもう、ただの相談相手には戻れない。明日からの日常がどうなるかなんて、今の私たちには関係なかった。ただ、この『恋のSUPER HIGHWAY』が流れる車内で、私たちは確かに、お互いの本当の心を見つけたんだ。
カーステレオの音楽が、最後のサビに向けてフェードアウトしていく。 車は湾岸線を抜け、静かな一般道へと降りていく。
だけど、私たちの胸のサイレンは、きっとこれからも、鳴り止むことはない。
