【企業でも富裕層でも外国人でもない】日本を殺した「有権者」という名の真犯人【誰かのせいにしないと死んじゃう病の末路】
親愛なる、そして限りなく現実から目を背け続ける泥船・日本の乗組員の皆様、ごきげんよう。本日も、スマートフォン片手に「悪いのは政治家だ」「外国人(※白人のぞく)のせいだ」「企業や富裕層が搾取している」と、自分以外のあらゆるものへ責任転嫁する作業に勤しんでおられることとお喜び申し上げます。
さて、いきなりですが、民主主義というシステムの最大の悲劇は、国民が自分たちの知的レベルにぴたりと見合った政府しか持てないという冷酷な事実にあります。現在の日本社会を覆う閉塞感や衰退を語る際、メディアも、ネットも、居酒屋で管を巻くサラリーマンも、決まって誰かのせいにしたがる。強欲な富裕層が悪い、内部留保をため込む企業が悪い、あるいは国境を越えてやってくる白人以外の外国人が悪い。だが、鏡を見る勇気を持たないこの国の主権者たちは、最も不都合な真実から目を背け続けているのです。しかし、はっきり言いましょう。日本の本当の癌細胞は、他でもない日本人の有権者そのものなのです。
国家という巨大な泥船が確実に沈み始めているというのに、乗客たちは船底の穴を塞ごうとする者を引きずり降ろし、「もっと酒を出せ」「もっと心地よい音楽を奏でろ」と叫び続けている。耳障りの良いポピュリズムに拍手喝采を送り、痛みを伴う治療を徹底的に拒絶してきた衆愚の果てに、今の日本があるのです。
誰かのせいにしないと死んじゃう病と、貧相なポピュリズム
昨今の日本社会を見渡すと、「大企業が内部留保を溜め込んでいるから悪い」「強欲な富裕層が搾取しているから悪い」、そして極めつけは「有色人種の外国人労働者や移民が日本の治安を乱し、雇用を奪っているから悪い」という、底抜けに頭の悪いポピュリズムが大流行しています。自分の生活が苦しいのは、決して自分のスキル不足のせいでもなく、変化を拒み続けた怠慢のせいでもなく、働かないせいでもなく、どこかにいる悪いやつらのせいなのだというファンタジーにすがる姿は、涙なしには見られません。
大企業が内部留保を溜め込むのは当たり前です。なぜなら、衆愚が規制緩和に猛反対して新しいビジネスモデルを潰しまくった結果、日本国内の市場には全く魅力がなくなり、投資する価値がなくなったからです。企業はただ、衆愚が作り上げたオワコン国家での生存戦略をとっているに過ぎません。
富裕層への憎悪も同様です。「金持ちからもっと税金をとれ」と喚きますが、すでに日本は富裕層に対して重く課税している国家です。これ以上嫉妬に狂って彼らを叩けば、本当に優秀な人間や資本はさっさとシンガポールやドバイへ逃げ出すだけです。残されるのは、税金を払う能力のないポピュリスト達と、その衆愚を養うための莫大な借金だけだというのに、なぜそんな簡単な足し算すらできないのでしょうか。
さらに痛々しいのが、外国人、とりわけ有色人種に対する排外主義です。若年層を中心に「外国人が悪い」と息巻く風潮がありますが、控えめに言って知能の敗北宣言に他なりません。日本社会はすでに自力で労働力を再生産できず、コンビニの深夜シフトも、建設現場も、介護施設も、彼らなしでは一日たりとも回らない状態に陥っているというのに、どの口が言っているのでしょうか。自分たちは副業も、きつくて安い仕事もやりたがらないくせに、それを担ってくれる彼らに向かってヘイトを向ける。その圧倒的な恩知らずと想像力の欠如は、まさに現代の喜劇です。マクロ経済の失敗や、少子高齢化という残酷な数式を理解できない思考停止した頭脳にとって、目に見える異物を叩くことは最も手軽で安上がりなエンターテインメントなのでしょう。ですが、その薄ら笑いの裏で、世界中から日本は魅力のない泥船として見放されつつある現実に、そろそろ気づいたらいかがですか。
政治をリアリティショーに貶めた衆愚の狂騒
そうした知的な退行は、政治の場において最もグロテスクな形で結実しています。本来、国家の針路を真剣に議論すべき神聖な議会に、迷惑系YouTuber上がりや、暴露話を売り物にするだけの扇動家、あるいは政策のせの字も語れない、あるいは金融リテラシーのかけらもないポピュリストたちを次々と送り込んでいるのは誰ですか。他ならぬ、有権者です。
今の日本の有権者は、もはや政治に具体的かつ根本的な解決策など求めていません。自分たちのルサンチマンを過激な言葉で代弁し、古い体制を壊すふりをしてくれるキャラクターを消費したいだけの、巨大なリアリティショーの観客なのです。痛みを伴う現実的な処方箋を提示する真面目な政治家は「冷酷だ」「庶民の敵だ」とレッテルを貼られて選挙で落とされ、減税・バラマキと排外主義を笑顔で絶叫するピエロばかりが議席を得ていく。これは政治家の質が落ちたのではありません。皆様の知性が完全に自己破産した結果、そのレベルにぴたりと見合ったお似合いの政府が誕生しているだけのことです。鏡に映った自分たちの醜い顔を見て、「この鏡は狂っている!」と叫ぶのは、もうやめにしませんか。
子供達を喰い殺すシルバー民主主義という名の合法的なネズミ講
さて、日本の最大のタブーであり、最大の病巣である社会保障制度について語りましょう。この国の社会保障は、控えめに表現しても国家規模の巨大なネズミ講です。人口がピラミッド型で、経済が永遠に右肩上がりであることを前提に設計されたこの詐欺的なシステムを、超高齢化・人口減少社会においてなお維持しようとする執念は、ある種の宗教的な狂気すら感じさせます。
現在の日本は、高齢者を一日でも長く、少しでも安楽に生かしておくために、これから生まれてくる子供たちや若者の未来を文字通り生贄に捧げている、世界でも類を見ないカニバリズム社会です。高齢者が病院の待合室をサロン代わりに使い、湿布や風邪薬を無料同然のワンコインでもらい続ける一方で、若者たちは重すぎる社会保険料に押しつぶされ、貰えるはずもない年金を払い続けています。「お年寄りを大切に」という美しい道徳のヴェールの裏で行われているのは、圧倒的な数の暴力を背景にした、高齢者層による若年層からの合法的な略奪に他なりません。
政治家は最強の票田である高齢者にひたすら媚びへつらい、医療費の自己負担引き上げや年金の抜本的カットという正論を口にした瞬間に、一斉にバッシングされ政治生命を絶たれます。
未来の世代を飢えさせてまで、過去の世代を温室で手厚く飼育し続ける社会に、明日などあるはずがありません。しかし、この巨大な老人ホームと化した国家において、若者たちはただ静かに血を抜かれ続けるしかないのです。そして恐ろしいことに、その若者たちでさえ、自分が年を取った時には同じように国に養ってもらおうと甘い夢を見ているのですから、救いようがありません。
放漫財政の甘い麻薬と、日本円の華麗なる自殺
日本国民の多くは政府が無限の財布を持っていると信じて疑わず、何か問題が起きるたびに「国が補償しろ」「もっと補助金を出せ」「給付金を配れ」と子どものように騒ぎ立てます。政治家もそれに喜んで応じ、借金という名のツケを未来に回し続けてきました。しかし、経済の法則は冷酷です。新たな価値を生み出さない国が、紙幣だけを刷り続ければどうなるか。その答えが、現在進行形で皆様の首を絞めている歴史的な円安であり、悪性のインフレです。
物価が上がって生活が苦しいと嘆いていますが、それは強欲な企業のせいでも、海外の投機筋のせいでもありません。日本円の信認を根本から傷つけ、自国通貨の価値をドブに捨てているのは、「負担は絶対に嫌だが、福祉と恩恵だけはよこせ」と駄々をこね、放漫財政政策ばかりを熱狂的に支持し続けてきた、他ならぬ国民自身なのです。スーパーの店頭で値上げのポップに憤る消費者は、自分たちが選挙で選んできた痛みの先送りという政策が、物価高という最も残酷な税金となって自分たちの財布を直撃しているという当たり前の因果関係に、一生気づかないのでしょう。円という通貨は、甘ったれた国民とそれに迎合する政治家たちの手によって、現在進行形で緩やかに、しかし確実に自殺させられているのです。
構造改革アレルギーが生んだ美しき一億総貧困社会
日本社会を覆うもう一つの重篤な病が、「構造改革」や「新自由主義」や「財政再建」という言葉に対する、異常なまでのアレルギー反応です。労働市場の流動化、既得権益の打破、そして生産性の低いゾンビ企業の市場からの退出。これらはすべて、沈みゆく泥船を軽くし、新たなエンジンを積んで再出発するために不可欠な、外科手術のようなものです。
しかし、日本の大衆はこのメスを入れられることを極端に恐れ、「新自由主義の横暴だ!」「弱者切り捨てだ!」とヒステリックに叫んで、あらゆる改革を頓挫させてきました。結果として何が起きたか。時代遅れのビジネスモデルにしがみつく無能な経営者と、そこに寄生するぶら下がり労働者が手厚く保護され、社会の新陳代謝は完全に停止しました。変化を徹底的に拒み、現状維持という名のぬるま湯に浸かり続けた結果、国全体の生産性は地の底まで落ち込み、実質賃金は数十年にわたって下落し続けているのです。
日本人は、一部の有能な強者がトップに引き上げられることを心の底から憎み、足を引っ張り合いました。そして「誰も傷つかないように」と痛みを先送りにした結果、見事に全員で仲良く貧しくなるという道を選び取ったのです。格差社会を憎むあまり、全員が平等に底辺へと沈んでいく一億総貧困社会を自らの手で作り上げた日本人のたゆまぬ努力には、ただただスタンディングオベーションを贈るほかないでしょう。
唯一の劇薬にして絶対に飲めない処方箋
この末期症状に陥った国家を延命させるための処方箋は、実は驚くほどシンプルです。それは、皆様が最も嫌悪し、政治家が絶対に口にできない二つの劇薬を、致死量スレスレまで投与することです。
第一に、消費税の大幅な増税です。高所得者層の所得からこれ以上根こそぎ奪い取る所得税や社会保険料の引き上げには、とうの昔に限界が来ています。莫大な金融資産を抱え込んだまま全く消費しない高齢者からも、また脱税まがいのことをしている層からも、中間層からも、貧困層からも、広く薄く、かつ確実に税を徴収するには、消費税を20パーセント、いや30パーセントに引き上げるしかありません。税金とは国家という共同体を維持するための会費です。これだけ過剰な行政サービスと充実した福祉を欲しがるのであれば、消費税40ぱーせんとなど、それに見合った負担を全国民に強いるのが当然の筋というものです。
第二に、社会保障と老人福祉の徹底的な解体と大胆な削減です。年齢による一律の優遇をすべて即刻廃止し、医療費の窓口負担は年齢問わず大幅に引き上げ、年金支給額はマクロ経済の現実に合わせて容赦なくカットするのです。少しでも長く生きるための高度な延命治療などは原則全額自己負担とし、「国のお金を使って長生きさせてもらう」という図々しい甘えを社会から完全に根絶しなければなりません。
ここでは省略しますが、金融政策の正常化(利上げ)、構造改革の断行など、やることは山ほどあります。
当然ながら、これを実行しようとすれば日本中の街角で暴動まがいの抗議が起きるでしょう。「命より金が大事なのか!」「血も涙もないのか!」という、お涙頂戴の感情論が国中を席巻するはずです。しかし、はっきり言及しておきますが、今の日本には過去の遺物たちに無尽蔵の金を注ぎ込めるほどの余裕など1円たりとも残されていません。未来の納税者である子供たちの命を守るためには、寿命を十分に全うした世代への過剰な投資を冷酷に、そして物理的に断ち切る必要があるのです。命の選別は必要なのです。
さあ、いかがでしたでしょうか。日本は決して、目に見えない巨大な悪に破壊されたのではありません。外圧によって潰されたわけでも、一握りの悪徳政治家によって国富を奪われたわけでもありません。すべては民主主義という素晴らしいルールに則り、主権者であり有権者である日本人自身が、自分たちの意思で、自分たちの首を絞めるボタンを毎日毎日、楽しそうに連打し続けた結果なのです。
痛みを伴う本質的な改革を拒絶し、無限の借金という麻薬に酔いしれ、まだ見ぬ未来の世代を担保にして目先の福祉と娯楽を貪り、少しでも都合の悪い現実を突きつける者を「冷酷な新自由主義者だ」「弱者の敵だ」「中国の手先だ」と罵って引きずり降ろしてきた。その輝かしい実績の集大成が、今の衰退国家・日本です。
若者たちは「外国人が悪い」と排外主義のファンタジーに逃げ込んで溜飲を下げ、高齢者は「自分の代までは逃げ切れる」と確信して国庫の底をしゃぶり尽くす。そして、彼らが選んだ政治家たちは、そのさもしい欲望を忠実に鏡のように反射し、国家の崩壊を笑顔で先導してくれています。これほどまでに有権者の知能レベルと国家の衰退が見事にリンクしている様子は、まさに民主主義の到達点と言えるでしょう。
私たちは今、有権者ご自身が望んだ通りの没落を、有権者が望んだ通りの最適な速度で体験している真っ最中なのです。どうか、もう他人のせいにするのはおやめなさい。この壮大で喜劇的な国家の自死は、間違いなく日本人の偉大なる共同作品なのですから。泥船が完全に海の底に沈みきるその日まで、せいぜい「俺は悪くない」と叫びながら、仲良く宴を続けてくださいませ。どうせ誰も、現実を見る勇気など持ち合わせてはいないのですから。
