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掌編小説|伊東のバイト先のはなし⑤(やさしいゴー⭐︎ジャス)

仲邑は曙美の小脇に抱えられた状態で移動している。
どうも駅の方に向かっている様だ。行き交う人たちも知らんぷりを決め込んでいる。このあたりの人は曙美の事を知っているので、そうしているのだろう。もし曙美の事を知らなくても、巨大なオバさんが金属バットを持った若者を小脇に抱えていたら、巻き込まれたくないと思うのが普通だろう。
結局、駅前の「居酒屋浜ちゃん」の前で曙美は立ち止まった。まだ暖簾は出ていなかった。
曙美は構わず引戸を開け、腰を屈めて入店した。
大将が、「奥の方準備出来てます」と言った。
仲邑は今までの人生が走馬灯の様に浮かんだが、それは碌な人生ではなかった。余計にまだ死にたくない、と思った。
「中ジョッキ二つね」
曙美はそう言って店の奥に入って行く。曙美に促されて仲邑は座敷席に座った。
「アンタ、仲邑くんでしょ?根性あるわね」
仲邑は、曙美のその言い回しを聞いて、もしかしたら話の持って行き方によっては、生き残れる可能性もあるかも、と思った。
「まあ飲んでよ。私の奢りだからに気にしないで」明美は中ジョッキを一気に3分の2くらい飲んだ。仲邑は3分の1飲んだ。
「私ね。ヤマサキで、20年パートしてるのよ。
私ずっとおかしい、って思ってたのよ。実際パンを作ってるのって、私たちじゃない? それなのに私たちの給料が一番安いっておかしいでしょ? そう思わない? だから私、皆んなと協力してストライキしたのよ。そしたらすぐ、工場長が改善する、って言ったの。それで復帰したけど待遇も時給も変わらなかった。あぁ、これはダメなんだ、と思ったの。だから工場長を替えたのよ。私知らないけど、そういうのクーデター、って言うらしいわね。だからヤマサキは私の思い通りに出来るわ。でも私はパートで良いのよ。結局この町って、ヤマサキパンだけなのよね。工場長が市長の所に行って、色々と折衝したりするんだけど、うまくいかないことが多かったの。だから、市長も替わってもらったの。だから、この町も私の思い通りに出来るの。それなら私が市長になれば良いんじゃないの? って思うでしょ? それはダメなのよ。私は弱い立場のパートで居続けながら、弱者を守るの。分かる? この町を弱者が住みやすい町にしたいのよ。真面目に働いている人がしっかり評価される町にしたいのよ。そういう考えで、「元B」って言うグループが出来たの。
あなたの友だちの伊東くん? 彼、私の仲間の陽愛子ようこが泣きながら悩みを訴えているときに割り込んで来て、「静かめに話してくれませんか」ってどこかの大量生産型のチェーン店みたいな言い方で言ってきたの。そういう困っている人の話に耳を傾けられない、って悲しいわよね。私、気付いてもらいたかった。陽愛子の旦那も同じ。気付いて、反省してくれれば良いと思う。人ってミスを犯す生き物だもの。ミスすれば、気づかせてあげて、反省すれば良いじゃない。私はそうしてるだけ。仲邑くんも今日ミスをした。気付いて、反省してくれれば、私はそれで良いの」
仲邑は頬に違和感を感じた。なぜなら、涙がとめどなく溢れていたからだった。仲邑は心から反省した。曙美は何と崇高な思想を持った人物なのだろう、と思った。
「そういう事だから、形で表そうか?」
仲邑は一瞬にして涙が止まった。だがもう後悔など無かった。俺は曙美の思想のため殉教者にでも何にでもなる、と思った。
大将が何かを持って座敷席に入ってきた。
耐熱手袋をして、鉄の棒の様なモノを持っていた。焼ゴテだった。
「Bの印を付けさせてもらうわ。イヤならそれでも良いわよ。やらないからって、私は怒らない。別に今まで通りよ。でも、気付けない、反省出来ないアナタはかわいそうな人だと私が思うだけよ」
「オデコにして下さい」
仲邑は、そう言った。
これには曙美も驚いた。
「そこまでしなくても良いのよ。気付いてほしいだけなのよ」
「いや。俺、感動しました。この今の清々しい気持ちをいつまでも忘れない様に、オデコにして下さい」
「……わかったわ」
大将は慣れた手付きで、仲邑の額に焼ゴテを押し付けた。仲邑の額から湯気が立ち上がった。その霧散した湯気はまるで、今までの粗暴な仲邑の様にも見えた。

大将が氷を用意してくれた。
しかし仲邑は不思議と痛みを感じなかった。感じるのは痛みではなく、曙美のこの町に対する熱い気持ちだった。

仲邑は、これから暫くキャップを被って職場に行く事にした。本当は曙美の思想を仲間に布教したかったのだが、急に今までと真逆の事を言い始めたら、流石に説得力がないと思ったし、伊東を裏切ってしまった気持ちもあって、ひとまず隠しておく事にした。

(続く)

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