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エッセイ的なもの|中高の俺とオイカワ

オイカワは小学生のときから抜群に成績が良かった。
中学になってもそれは変わらなくて、常にトップクラスだった。
一方の僕は中の上くらいの成績で、市内で二番目の高校に入れたら良いなぁくらいに思って、のんびり暮らしていた。
そんな折、二つ上の姉が市内で一番の進学校に入った。そこで姉は合唱部に入部し、僕ら一家は定期演奏会を観に行った。
そこで僕は合唱部と一緒に演奏していた吹奏楽部に興味を持った。特に大太鼓をドーンとやりたいとかシンバルをジャーンとやりたいとかを、結構強く思った。
そこから僕は勉強を頑張ることにした。
そんな事を母に宣言したかどうか忘れたけれど、その頃半ば無理矢理塾に入れられた。
それが中二の二学期くらいだったと思う。そのとき、何となく面倒くさくなっていた卓球部も「勉強に集中したい」とか何とか都合よく言い訳して辞めた。
オイカワをはじめ、小学生の頃から仲の良かった友だちがたくさん卓球部にいたけれど、それよりも卓球自体がつまらなくなっていて、それよりも吹奏楽の方が何倍も魅力的だった。
目標が明確になったからなのか、塾に行き始めたからなのかわからないけれど、成績がいきなり良くなった。
それで勉強自体も楽しくなってきて、姉と同じ学校に行けそうな圏内までになった。
それを見たオイカワが僕の塾に入ってきた。そして数か月で辞めた。彼は賢いから、塾のシステムを全て見切ったのだろうと思った。
中学三年の二学期くらいから、三か月連続で三回学力テストをやっていて、それは通称「総合A、B、C」と呼ばれていた。その三回のテストで、オイカワは全部学年一位だった。
確か、一学年百七十人くらいいたはずなのに。
だから、オイカワの合格は堅くて、危ないのは僕ともうひとり、身長が百九十センチくらいあるコマダってヤツのふたりだった。
高校入試が終わったその足で、コマダの家で試験速報番組を観ながら自己採点をした。
何とか僕もコマダも合格圏内だった。
 
晴れて僕たちは志望校に進学できた。
僕とオイカワは吹奏楽部に入る予定だったが、部室の入り口の前で「やっぱり、俺卓球部にするわ」と言われたので、僕だけが部室に入った。
そのまま高校の三年間、僕とオイカワはあまり深く交流しなくなった。
高校では、オイカワの成績は中の上くらいに落ち着いた。僕はオイカワみたいな奴でも上には上がいるんだなぁ、と結構カルチャーショックを受けた。
ちなみに僕は270人中230番から始まったので、百の位を一にできたらオッケーみたいな感じになって、殆ど勉強に興味がなくなった。
吹奏楽の方は六十人以上部員が居て、殆どが中学から吹奏楽をやっていた人ばかりだった。だから楽譜にドレミとカタカナで書き込んでいるのは僕だけだった。
周りの仲間もそんな僕のことを良い感じでイジってくれるし、能力的にも大太鼓やシンバルなど音階のない楽器しかできないので、自動的に望み通りになった。
あの頃はただ日々を楽しく過ごすだけで少年時代に戻ったようだった。今振り返っても高校の三年間が人生で一番楽しかった。
それは、周りが賢いから何も言わなくても色々とわかってくれるし、変な背伸びをする必要もない環境だったからだと思う。

オイカワの高校時代はどうだったのだろうと、僕はよく考える。
それはやはり、あのときの部室の前の遣り取りが運命を分けたような気がするからだ。

2026/07/29

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