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掌編小説|友だち

「老川だ」と伊東は思った。
かつて老川は伊東と同じ様な体格だったのだが、久しぶりに会うと少し太っていた。
というよりも体力がありそうな体型になっていた。
でも声は相変わらず小さくて、話す言葉も優しい。
一方の伊東は、割とはっきり言い過ぎる所があって、そこは老川と違っている。
伊東と老川は小学一年からの友達で、今年二人とも50歳になる。
四人用のボックス席。前後にチェーン店仕様の竹の衝立が付いていて、心理的な目隠しになっている。
そこに伊東と老川が向かい合って座っている。
テーブルの上には中ジョッキ2本、枝豆、胡麻油などが掛かった冷奴、納豆入り卵焼き、たこわさび、焼きホッケ、焼鳥アソート、が並んでいる。
前回この居酒屋に来たのは、まだ二人が二十代の頃で、注文も口頭だったし、喫煙も自由というよりむしろテーブルに灰皿が置いてあった。
今は全面禁煙だし、端末注文だ。
老川がボソっと喋ると、伊東がその3倍くらいの言葉数と声量で応える。それを聞いて、老川がニヤニヤする。伊東が得意そうに鼻の穴を膨らます。需要と供給が成り立っており、時を経ても二人の相性の良さは変わらなかった。
伊東が腕時計を見ると、二十時を回っていた。
眼鏡をかけた色白の男が二人に声を掛けた。
財前だ。彼は小学3年の時に二人が通う学校に転校して来た。それ以来の友人だ。3人の距離は近づいたり離れたりしたが、切れることはなかった。
財前は「遅れてごめん。今日は誘ってくれてありがとう」と言った。
ふたりは財前ってこういうヤツだったなぁ、と思い出した。
誘ってくれてありがとう、はみんなが思っていて、それを口にしてしまうのが財前なのだ。
財前以外のふたりは、それを言わずに他のふたりに伝えようと努力するつもりだったし、それが粋だと思っていた。
つまり財前は全然粋ではない。でもそれが彼の魅力だった。その空気の読めなさが、ふたりの緊張感をほぐして、自然と財前が会話の中心となる。
「俺、離島勤務だったんだよね。行く前はすごく嫌だったけど、楽しかったよ。釣りもできるようになったし、云々…」席に座るなり突然財前は話し出した。島で偶然出会った釣り人と知り合いになって、釣りのいろはを教えてくれたとか何とか。
ふたりはその冗長な話にツッコミを入れた。そうするうちに、三人はあの頃に戻っていった。
細長いグラスに入った灰色の液体が財前の前に運ばれて来た。
「何それ?」
「カルアミルク」
「……。あーカルアミルクね」
「…飲みやすいからな」
「そう。甘くて飲みやすいから」
ふたりは、50にもなって甘くて飲みやすいもないだろ、と思ったが口にしなかった。
特に老川は、伊東がそれを言うだろうと思って、待っていた所すらあった。
老川は、伊東もそれを言わなくなるくらい成長したのか、と感心した。が、少し寂しくもあった。
そのうち、酒の弱い伊東の声が徐々に大きくなり、心の中の話ばかりするようになった。伊東は相変わらずメンタルが弱いのか、と老川は思った。
財前は心理的な話はよく分からないようで「どうして?どうして?」と小学生みたいに尋ねている。
「たこわさびでーす」
「財前、たこわさあったのに」
「頼んだ後に気づいた。二つくらいあっても食べるでしょ」
「まーね」
財前はたこわさびをつまみにカルアミルクを飲んでいる。伊東は普段、飲酒の習慣はないが、これはおかしいと思い、「いくら何でもその組み合わせはないだろ」と言った。
老川も頷いた。
「え?美味しいよ」と財前は言った。
「財前って、部長なんでしょ」と伊東が言った。
老川は伊東がこの質問をしてくれないかと心待ちにしていた。
「うん。そうだけど」
「いやなんか、想像つかないな、と思って。でも居るか。財前っぽい部長って」
「え。興味ある。どんな部長?」
「いや、誰ってわけじゃないけど、財前みたいな雰囲気の部長も過去にいたなぁ、くらいの感じ」
「え?どんな?」
「どんな、って訳じゃないけど、眼鏡かけて、色白の部長がいたかも、くらいの感じよ」
「そうなの」
伊東は財前みたいな部長、と言った瞬間に失敗した、と思った。なぜなら「財前みたいなとっちゃん坊やみたいな部長」をイメージしたからだった。
そのイメージは老川には伝わったが、財前には伝わらなかった。
伊東は老川をチラリと見た。老川は小さく頷いていた。
財前はそういう雰囲気は全く察知できない。
彼はとにかく愛すべきキャラクターで、ふたりは財前のこんな所が魅力的だと思っていた。
伊東が腕時計を見ると、二十二時を回っていた。三人とも納得がいく程度に話ができて、お互いの近況も聞けた。
「またな」
「年末ね」
「年末、連絡するから」
と言いつつも帰る方角は一緒で、三人は繁華街から住宅地へと歩いた。
来週の月曜日にはそれぞれの仕事。それぞれの立場を演じなければならない。
実は今だって、三人とも昔からの友達、を演じているのだが、それを意識することはなかった。

(終わり)

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