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掌編小説|伊東のバイト先のはなし③(タマとったろかい!)

⚠️一部に残酷表現があります。苦手な方は引き返して下さい。

「イトキン!」
伊東が振り向くと、仲邑が薄ら笑いを浮かべていた。
「イトキンはやめろ」
伊東は先日、片方のキンタマを無くした。駅前の『居酒屋浜ちゃん』で飲んでいたときに、オバさんグループに注意した事で反感を持たれ、キンタマを潰されたのだ。仲邑はそれ以来「イトキン」と呼んで来る様になった。摘出手術の傷口は、まだ疼いていた。
「伊東ちゃん。オバさんグループって、隣のヤマサキパンの「元B」らしいよ」
「元B?」
「伊東ちゃん、元B知らないの?ヤマサキは元Bって言うパートさんたちのグループが裏で回してるんだよ」
「そうなの?そしたら俺の被害を警察に捜査してもらおう」
「伊東ちゃん!それはムリだよ。この町の産業はヤマサキパンだけなんだから。いくら警察でも元Bを敵に回したらこの町で生きていけないよ」
「そうなの」
「そそそ。でもさ。笹やんの父さんがヤマサキの社員で、パートの統制に苦労してるんだよ。それで知ったんだけど、多分伊東ちゃんのタマ潰したのは曙美、っていう元Bのリーダーだよ」
「そうなの」
「ねえ。俺たちで曙美をヤろうよ。そしたら俺たちは、この町のヒーローだよ」
「俺はヒーローなんかより、まずちゃんと謝ってもらって慰謝料を回収したい」
「いやいや。やられたらやり返す。倍返し!でしょ」
「もういいよそういうのは。でも警察も動かないって事があるのか?とりあえず隣の工場だし、会ってこようかな」
「それはヤバいって、イトキン。返り討ちに遭うだけだよ」
「じゃあ、どうするってのよ」
浜ちゃんで飲んでるときに、一人になった隙を狙ってヤろう」
「ヤる、ってさっきから言ってるけど、何なのそれ」
「まあ、いいから。俺に名案があるのよ」
「もうやめてよ」

そう言いつつも、いつものバイト仲間5人で、作戦会議と称し、毎夜毎夜だらだらと酒を飲み続けた。
「我妻っちと俺は、曙美がトイレに行ったら付いて行く。笹やんは席にいて動きがあったら連絡して。加東くんはトイレの入口で見張ってて。イトキンは他のオバサンが席を立ったら行かせない様に声掛けてね」
仲邑はサッカーの理想のフォーメーションを考えるときの雰囲気で配置を決めている。
「で、仲邑と我妻っちは曙美に付いて行って何するの?」
「軽く懲らしめるだけだよ」
「っすね」
我妻は時々、変態的な部分が見え隠れするので話が大きくならなければ良いのだが、と伊東は妙な胸騒ぎがした。
「お!来たよ」
笹木が太りながら言った。
笹木の頭の中には元Bメンバーが全てインストールされている。
あのバカデカいオバさんがリーダーの曙美で、その横にいる金髪プリン頭が側近の陽愛子ようこだよ」
「曙美ヤバ。あの体格、格闘家かよ」
「俺やっぱ、話つけて来るわ」
「イトキン!ホントにヤバいから。話して分かれば警察要らないから。まあ警察もムリなんだけど」
確かに注意しても分からなかった相手だ、と伊東は思った。その代償がタマの破損だ、とどす黒い気分になった。タマ袋の傷が疼いた。警察が動かないかどうかは分からないが、時と場合によっては多少の実力行使もやむを得ないのかもしれない、と思った。

「おい!曙美がトイレに行ったぞ!」と笹木が言うと、普段、「っすね」しか言わない我妻が立ち上がりざまに、「イトキンの敵を取ってやるから」とピアスを光らせながら勇ましく言った。
「我妻は興奮している」と伊東は思った。あのバカデカい曙美に150センチ台の我妻がどう挑むって言うんだ。
そんな心配を他所に伊東以外の4人は素早く配置についた。

特に物音などもしないまま、10分が経過したあたりで、曙美がトイレから戻ってきた。
伊東は正直ほっとした。いくら仲邑でも、女子トイレに入るのは憚られたのだろう、と思った。
曙美は「なんか小っさいピアス男がトイレに入って来たからヤったわ。あと入口にもその仲間みたいなヤツがいたから、そいつも軽く」と言って、こちらをちらりと見た。
仲間はニヤニヤ笑っただけで、他のメンバーとの他愛のない話に戻った。
伊東は笹木と目を合わせて、曙美のテーブルと反対側から遠回りでトイレに向かった。
トイレの前で、加東がお尻だけぷりんとさせた状態でうつ伏せで倒れていた。「加東くん!」と伊東が言いながら、仰向けにしたら、別人だった。いや、よく見たら加東だった。前髪がオデコの真ん中あたりで一直線に切られていたから、分からなかった。
「ヤバい!」と言い残して笹木は逃げ出した。
伊東はそのまま女子トイレに入って行くと、便器に頭を突っ込んでいる我妻らしき背中が見えた。
覗き込むと、便器の中が真っ赤だった。
伊東は恐怖を感じ、肩から先のチカラが抜けてしまったが、どうにか勇気を奮い立たせて我妻を便器から出した。
耳が血だらけだった。どうやら、両耳のピアスを引きちぎられた様だった。
足がガクガクする。
「伊東ちゃん…」
と小さな声が聴こえる。隣の個室からだ。多分仲邑だ。
「ごめん、伊東ちゃん。失敗した。気付かれてた」
「俺たちもヤられるかもしれない。ここは逃げるしかない」
「伊東ちゃん、敵討てなくてごめん…」
伊東は思考の整理が追いつかなかった。まるで安っぽい映画か何かの中にいる様な感覚に襲われた。こういう時、映画の登場人物はどう考えるのだろうか、という考えくらいしか、思い浮かばなかった。
「やっぱりここは逃げるしかない。向こうは10人くらいいるし」
4人は食べかけの状態のまま、急いで会計を済ませ、店を出た。
元Bのオバサンたちの方をチラリと見ると一瞥して鼻で笑っただけで、すぐに雑談に戻った。

我妻の手当をする為に、閉まりかけのドラッグストアで消毒液、包帯、ガーゼ、鎮痛剤なんかを買った。前髪ぱっつんになった加東が妙に可愛らしく見えた。
その30分後くらいに、逃げた笹木から「家が燃えた」というLINEが入ってきた。

(次回の「なんのはなしですか」回収週につづく)

#なんのはなしですか
#一番守



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