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短編小説|2F

2F

階段室の扉を開けると廊下。ごく一般的なマンションの廊下だった。ただ一つだけ気になるのは、館内に流れている音楽が、スーパーで買い物をしているときによく聞こえてくるメロディという事だ。
『呼び込みくん』という名の簡易スピーカにデフォルト収録されている『No.4』だ、と冷沢ひやさわは思った。
彼が何故そこまで詳しいのかと言うと、彼の主な収入源が、そういった街に流れる短い曲の作曲だからである。
彼は、呼び込みくんNo.4を初めて聴いたとき、やられた、と思った。悔しかった。
あの急かすようなメロディ。それでいて底抜けに明るくチープでもある。しかも頭の中にいつまでも残る。
それは冷沢が長年書きたいと思っていたが、書けずにいた曲のイメージそのものだった。

廊下にひとりの少年が立っている。
小学校低学年くらいの小太りで、一見おっとりとした感じの少年だ。なにより気になるのが赤いランドセルを背負っていることだ。
「おー。ひーくん。ウチ来る?」
顔に見覚えがあった。赤いランドセルも。浅山。
「もしかしてキミは浅山か?」
「浅山だけど。ていうかアサでいいから」
浅山の家は、母子家庭の団地住まいだった。そのため彼の家はいつも誰も居らず、それを良い事に冷沢は2年生の一時期、彼の家に入り浸ってファミコンばかりしていた。
「まあ、上がってよ」
妙に声が高い。その音を聞いて色々な記憶が蘇って来た。
「2080号室 浅山」と先程紙片で貼り付けたばかりの様な表示がしてあった。
「入って」
パン!
冷沢の足元でねずみ花火が鳴った。
「へへへ」
思い出した。浅山は花火というか火薬が好きな子供だった。爆竹やクラッカーで遊んだ記憶がある。
浅山の家の匂い。古いのだが整った様な匂い。今なら分かる。樟脳の匂いだ。
居間を抜けると、北側の和室に布団が敷いてあって、腰高窓の下に19インチの赤いブラウン管テレビがある。あの頃と全く同じだった。
拳銃型のコントローラーを画面に向け、引き金を引くゲーム。懐かしい。
アサが引き金を引くと、画面内の敵の眉間から鮮血が吹き出す。
「ひーくん。2playでやろう」
とアサが言いながら赤いランドセルからもう一丁拳銃を取り出した。
画面をいくら見ても、誰が敵で誰が味方かサッパリ分からない。
アサは見た目の印象だけを頼りに、半グレっぽい、Vシネの俳優っぽい、白いフレームのサングラス、時計が金色、ネックレスが金色、前歯が全部金歯、HIPHOP風、茶髪ワンレンソバージュ、肩出し胸の谷間を強調した服を着ている、タバコを咥えている、根性焼きの跡がある、タトゥーが入っている、眉毛が細過ぎる、鼻にピアスをしている、スキンフェードに刈り上げている、革靴の先が尖り過ぎている、スエット上下でコンビニ袋を持っている、と言った者達を瞬時に見分け、撃ち倒してゆく。
冷沢は、抽象的ではあるが大枠の敵のイメージを掴んだ。
下半身丸出しの中年サラリーマンが出て来たので、すかさず撃った。
「あ。ひーくんダメだよ。味方を撃っちゃ」
ダメだったのか。何が違うのだ。
その後も、薄汚い浮浪者、墓から盗んで来たとしか思えない一番小さい缶ビールを飲む老婆、スマートフォンを何台も持つアジア人、電車内で音声オンにし動画を視聴する60代男性、やる気のない医者、同じく市役所職員、カスハラ50代男性、などを撃ち倒したが全て味方だった。
「ひーくん。ふざけないで。マジメにやって」
「マジメにやっているのだ。判断基準が分からないだけだ」
「もー。ひーくんはいつも難しく考えすぎなんだよ。普通に。見れば分かるから」
「普通とは何だ。それが分からないから私はアサ。キミに聞いている」
「もーいいよ。見てて。見てたら分かるから」
アサは赤いランドセルから猟銃を取り出した。だが、長さを考慮すると中に入るはずがない。
冷沢は思い出した。アサは入学当時、赤いランドセルだったのだが、2年生の2学期からリュック=サックになったのだ。当時の冷沢には印象的な出来事だった。アサは赤いランドセルの少年、と言うイメージだったのだから。
今になって思うと、アサにはアサなりの葛藤があったのではないだろうか。例えば、みんなと違う恥ずかしさ、家の経済力、そう言ったものが簡単に連想できる。
それを踏まえてアサの横顔を見ると、哀愁、と言うか、人間としての深み、のようなものを感じずにはいられなかった。

ズドン。
アサの猟銃が発砲されて、無数の散弾がブラウン管に突き刺さった。画面内にいた、半額惣菜購入仕事帰りサラリーマン、極端なショートカットの運動部女子高生、自転車の前と後ろに子どもを乗せた若い母親、30代の僧侶、などが撃ち倒された。どう考えても善良な市民である。
「ひーくん。ファミコン買ってから全然ウチに遊びに来なくなったよね」
ドスン!
いつの間にかアサの得物はロケットランチャーに変わっていた。
画面内の四階建て公営団地のど真ん中に風穴が空いた。よく見ると冷沢がかつて住んでいた団地だった。
冷沢は全て思い出した。2年生の冬休みにファミコンを買ってもらったこと。それ以来、アサの家に遊びに行かなくなった事。アサの苗字が、いつの間にか「端本」に変わっていた事。
「ひーくん。見た目で判断したら、ダメかなぁ? 俺、わかんないよ。ひーくん、優しそうだったからさぁ。信用してたんだよ俺。ファミコン買ってもらってから、全然来てくれなくなったよねぇ。新しい父さんも、優しそうだけど、どっちかなぁ。俺、わかんないよ。自分で判断しなきゃなんないし。ひーくんが一緒に判断してくれれば、少しは良かったんだけどなぁ」
「……アサ。
いや端本。悪かったな。私はファミコンを買ってもらった瞬間からコンピュータの奏でる音楽の虜だ。全く今の今まで周りが見えていなかった。一緒に新しいキミの父を判断してやろう」
「あの人だよ」
白髪混じりで背の高いダブルのスーツを来た中年男性がやって来た。
「これはあれか? 会話モードはないのか?」
「そんなのはないよ。見た目だけで判断するんだよ。子どもならそれで充分じゃないか」
「アサ。キミは母親は好きか?」
「うん。そりゃそうだろ。俺にはかーちゃんしかいないからね」
「ではあの男は味方だ。母親を信じるのが良いのではないか? まあ、撃つかどうかは、後からでも出来るだろう。私の判断はそんな所だが、不足か?」
「いや。さすがはひーくんだよ。俺もそう思ったけど、ほらやっぱりさ。大事な事だしさ、友達の意見も聞いておきたかっただけ」
「そうか」
「ひーくんの家は10階だろ? ウチの階段使えよ」
アサ。否。端本は、冷沢を奥の部屋に案内した。ここは本来四畳半の和室なのだが、部屋の真ん中が階段に変わっていた。
「これも持っていってよ。俺、リュックにしたからもう使わないんだ」
赤いランドセルを覗くと、中には火薬がいっぱい入っていた。
「では、また」
「おー。またねー」
冷沢は赤いランドセルを背負い、階段を登った。

3Fつづく

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