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【掌編小説】3√5人家族

息子が赤ん坊だった頃、3LDKの古い公営団地に住んでいた。
家には妻の他に、ヒョウ柄ワンピで金髪の20代であろうギャルが同居していて、更に5歳くらいのギャルの娘も居た。
つまり整理すると、俺、妻、赤ん坊、ギャル、娘、の5人で暮らしていた。

娘は、親がギャルだけあって社交性抜群で、もう既に社会に出しても問題なさそうな感じだった。
俺は普段、ギャルとは殆ど話さないのだけれど、彼女は子どもの扱いが巧くて、赤ん坊を抱き上げてスキンシップしたりお話したり、つまりあやしてくれる。
すると、普段はしかめっ面しかしていない赤ん坊が、豊かな表情でニコニコし始めるではないか。
「あーやっぱギャルって最強なんだなー」と俺は感心した。でもよく考えたらこのギャルは何者なんだろう。
直感的にはこのギャルも俺の妻のような気がして来る。だって彼女と二人っきりになったら、ごく自然な感じで話し掛けて来るし。

キッチンと居間を一間に改装したせいで、やや狭めになってしまった居間の中央には、小さな折りたたみ式座卓が置いてある。
食事などのときは、俺が真ん中に座り、右隣にギャル、左隣に妻がそれぞれ座っている。
俺はモテモテみたいになっているが、同時に気が気じゃない。
妻はギャルのことを一目置いているみたいで、この空間は絶妙なバランスで成立している。

居間の壁に固定された、何だかよく分からない金具の螺子ネジが外れかかっているのを俺が見つけると、ギャル娘が如才なげにインパクトドライバを持って来てくれた。
流石は娘である。俺の自尊心をくすぐりつつ、自分のポイント稼ぎも怠らない。
螺子を締め終わったら、娘がまたやって来て、元の場所に戻しに行った。
俺はどこに戻したのかが妙に気になって、各部屋を回った。

黄緑色のカーテンが掛かっている薄暗い六畳間は散らかっていて、おそらくこの部屋から持って来たとは思うのだが、俺が最後に置いた記憶では部屋中央あたりの床だった筈だ。探しても見つからない。あほらしい。諦めた。
それにしてもオモチャやら季節のモノやらが全部床に散らばっていて、何とかしたい気持ちになる。
何とか、とはつまり、捨てたりとか、だ。

居間に戻ると、誰もいない。

俺はスマートフォンを弄って『少年ジャンプ+』のアプリケーションアイコンをタップし、日曜日ランキング第一位を獲得した『ふつうの軽音部』を更にタップする事により閲覧可能状態に持ち込んだり、同じく『コミックDAYS』で『望郷太郎』を可能状態にするなどして、暫く寛いでいた。
すると52歳の妻と、かつて赤ん坊だった16歳の息子が買い物から帰って来た。

二人とも物品購入に起因する快感からであろうか、或いは外出に伴う軽運動からであろうか、よく分からないけど、血色良好でテンションが高い。

忘れてた。
もう一人のギャル妻のことを。彼女はどうしているのだろうか?
そして社交的で計算高いことから心配御無用でお馴染みの、あの娘は元気だろうか。

野菜。
突然野菜だなんて頭おかしいとお思いの輩もいるとお思いだとお思いだろうが、これは訓練ではない。まさしく戦争なのだ。
あの母娘は放っておいたらドン・キホーテで安いお菓子とかをカゴに入れ、その足で2階に進出し、安い布切れとかをPOPの大きさを根拠に購入してばかりいるから気が抜けないのだ。
つまり炭水化物過多の食生活を俺は心配しているのである。だから野菜。

あれ。
たしか日本は重婚が禁止されている。それにも拘らずこの記憶は何なのだ。やっぱり頭が、いや頭脳がアタオカになっちまったのだろうか。
それは断じて違う。その証拠に俺は国家公務員なのだ。国家公務員のクセしてヒョウ柄ワンピ金髪女と結婚し、あまつさえ一女を儲けているではないか、とお思いの館にお住まいの方もおられることと俺もお思いですが、どうだろう?違うのです聞いて下さい重大な金毘羅山?金毘羅ちゃん違反ではないのです。

やっぱりどう考えてもギャル母娘なんて知らないし、知り合いようもないし、本屋とBOOKOFFを往復するだけの毎日で神経を擦り減らしているから、彼女らとは生活圏が全然違っていて、なんならドン・キホーテにはしめ縄がぶら下がっていて、その結界内に入るには、ヤンキー関連の人しか注射して貰えないドンペン印のマイクロチップの埋込が必須で、実際絶対偏見そうなのだ。
万が一入店できたとしても、PayPay残高が「逃走中」みたいに1秒につき300円ずつ逓減してゆき、ついには破産する。あとに残るは持ってても仕方ないゴミ屑の様な日本円だけ。常識だ。
確かにサードプレイスに飢えてはいたが、BOOKOFFにはあのちゃんがいたし、「ボク」は満足していた。

「私」は今をいきる。
「俺」もそう思った。
「僕」もそう思ったが、「ボク」は多様性マニュアルに抵触するから、そう思っちゃいけなかった。多様性は不自由だ。
「えへへ。こちらサイドも色々ありやして、申し訳ございやせん」と国家公務員の「私」は代表者としての矜持を胸に、「ボク」の事を弁護した。
「私」と言う人格は、給料日さえ来てしまえば何だって良いのだ。そのためには「ボク」の多様性だって守るし、どんな薄汚い薄糞苦笑いだって出来る。それが全体の奉仕者たる国家公務員の使命なのだ。記入例に従って、定型用紙に記載してく野菜。

仕事の話はこれくらいにしておこう。
ところで妻はとても堅物なのだが、彼女の中にヒョウ柄ワンピ金髪女という別人格がいる。
同じく慎重派の息子の中にも、ギャル娘の鬼社交性が鎮座している。

そういうことだ、ろう。多分。

その証拠に二人は、俺が入店できないドン・キホーテで買い物をして来たわけであり、その購入品についても炭水化物だけではなく、タンパク質及びフルーツなど、バランスの取れた食品を買って来てくれたのだ。あと野菜も。

妻と子。いつもありがとう。

(終わり)


【あとがき&弁解】
これは夢に着想を得て作った話です。
だから支離滅裂なんです。
でもこういう夢の発想は好きです。

【「プロット作り」ってどうしてますか?】

・原稿用紙20枚くらいは書けるようになりたいと思ってます。
・そのためには「プロット」がいるんじゃないか、と思ってます。
・俺が作ると、こんな感じの箇条書きの「日報」みたいになっちゃいます。
・せっかく楽しくやってるのに「作業」みたくなって、趣味がひとつなくなる恐怖があります。
・あと、「あらすじ」を書いちゃったら、気分がサッパリして、それで満足しそうです。
・いつも「どうやって終わるんだ、この話は?」
というスリルを味わっている嫌いがあります。

皆さん、どうしてるんだろか?
優しい方、教えて下さい!

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