メンタルがヘラるとき②【人生の師匠編】
私は、基本自分に自信がある。(何だ突然)
前の記事で書いた通り、何か選択をしようというとき、結果をすべて自分の責任として受け止めたいというのもあるが、それ以前に自分の選択に自信があるのだ。
わかってますよ、この期に及んで自分が間違ってないとか言うつもりはないんです。
むしろ間違いだらけだし、考えることを放棄はしないけど、走りながら考えるタイプなので初手を誤るとリカバリーがしんどい自覚はある。
ただ、自分のことは自分が一番わかってるもんでしょ?これが仕事とか、判断基準が明確なものなら周りと相談しながら決めるのもアリアリだけど、自分の人生の選択は自分の心が動くままにする。それは他人じゃどうしたってわかりようがない。
だけど、その他人が超人的な人だったら?
自分以外の人間の心のうちとか、未来のこととか、直接会ったこともないような人のこととか、なんかわかってしまう人。
スピ系ぽわぽわな人かと思いきや、ビジネス感覚は誰よりも鋭くて企業内最短のスピードでマネージャー昇格して、絶対に結果を出してた人。
超人なんて芸術やスポーツみたいな特定の分野で目立つ人じゃなくても、こんな身近にいるんだって思わされた人。
幸運にも私が20代のころ、そんな人の下で仕事をする機会に恵まれた。
すごい人なの、ほんとに。人生の師匠ですよ。
年はあまり違わないのに、手放しで尊敬できる上司は今までの社会人人生で師匠だけかもしれない。
昇進より何より、師匠に認めてもらえることを目標にしてたくらい。
同僚だった頃本当に信頼してたし、今もそれは変わらない。
誕生日とかお年賀メッセージのやりとりくらいしかないけど、それでもつながりがあることがうれしい。
そんな人だから、彼奴とのことに悩み疲れたときに、ちょっと意見を聞いてみたくなった。
あわよくば、上司と部下だった頃みたいに、ちょっと導いてもらえたらなーなんて甘えた気持ちもあったと思う。まあ、当時でさえ甘えた精神は秒で見抜かれて(精神的に)ボッコボコにされてたわけですが。
このあたりがメンタルヘラってる期の思考だよね。
ま、そんな心理さえ見抜かれてたと思うけど、師匠は「愛があるのか否か」を自分の心に問えと回答をくれた。
ノールックで別れろと言われるかな?なんて予想もしてたから、ちょっと意外だった。
というより、師匠に「こうすべき」ていう論調で言われたら、多分何も考えずに従った気がするから、むしろそうしてほしかったのかも。
楽にしてくれっていう気持ちで相談したんだって、そのとき気づいた。
親身になって話を聞いてくれながらも、決めるのはお前だという対応に、やっぱり師匠だなーとしみじみ思ったし、ちょっと冷静になれた。
愛があるのか。
正直わからなかったよ。愛なのか、執着なのか。
お金の貸し借りが発生したせいで関係性も微妙に対等じゃなくなってた。
でもしっかり考えて、そのタイミングでは愛があるんだって結論付けた。
結局さ、今現在は彼奴に対して二度と顔も見たくないし、関わりたくもないっていう感情しかなくなっちゃったけど、師匠の言葉を通して、愛がなくなったな、と実感したら手を引こうって考えるようになった。
ようやく終わりのラインを決めることができたのが、それでも大きな一歩だったと今は思う。
(師匠についてはまた別の記事を書いてみようかな・・・働いていた当時の話とか)
