メンタルがヘラるとき③(寺社仏閣を頼る)
占いのくだりで書いたことと少し重複するが、というより占いが好きな人間は寺社仏閣も好きではないだろうか。お守りとか、祈祷とか、破魔矢とか、わくわくアイテムがたくさんある。(不謹慎)
ちなみに私は無宗教。でも日本古来の、万物に神が宿るという八百万の神々みたいな考え方は好きだ。どこの神様も否定しないし、むしろいろんな国の神話が好き。はい、がっつりペルソナシリーズにハマった人間です。(いまだに作業BGMで聞きますよ)
無宗教だからこそかもしれないが、普段何かお祈りとか、儀式的なものは一切しないのに困ったときの神頼みは日常だった。
試験とか大きな商談とかはもちろん、激しい腹痛や忘れ物に気づいたときもつい「神様・・・!」とかやっていた。
彼奴と連絡が取れなくなり、自分はどうしたらよいのかわからなくなってちょっと本格的に神様にお願いというか懇願というかしたくなり、どこに行こうか考え始めた。
ちなみに完全に余談だが20代終わりから30代半ばまで営業職で成果を出し続けていたときは、クオーターに1回代々木八幡宮に通っていた。厄年のお祓いも、初詣も全部。
私調べでしかないが、代々木八幡様には仕事のご利益はものすごくいただいた実感がある。毎年個人予算が前年比120%ベースで上がっていったが、全部達成できたのは自分の努力と八幡様のおかげだと思っている。
しかし。彼奴がらみの神頼みをするのは八幡様ではないんじゃないかなーと思ったのだった。理由のひとつは仕事のご利益がすごすぎて、恋愛云々は守備範囲じゃないのではという愚かな私の先入観。もうひとつはさんざん仕事のことでご利益をいただいている相手にダメダメな恋愛のことを聞かせたくなかったという私の器の小ささ。そんなん神様がいちいち気にするわけないじゃんて今なら思うが、当時はこう、勤務先の社長に恋愛相談するような感覚に陥り、(相手が違うだろ・・・)という感情が膨らんでしまったのだ。
そんなわけで、どこに行こうかなーとうっすら悩んでたときに、時間をつぶすために入った図書館で東京の寺社仏閣を紹介する本が目についた。
ぶらっと行ける距離の東京都内の寺社を紹介しており、当時の私の興味を大いに引いた。
しかも、本を書いている人(お名前は失念しました)がいわゆる第六感の鋭い方で、パワーのあるスポットを見抜き、場所によっては守護者の神様やその御使いの存在が見えると書いてあるではないか!
いいじゃない、いいじゃない。とてもいいじゃない。
すがれるものには全部すがりたかった私。
判断力も通常とは少し違う状態だったのは、占いの記事で書いた通り。
血走った目でページをめくりながら、目に留まったのは【深川不動尊】だった。
御祈祷にものすごく迫力があって、それだけでも一見の価値あり!と書かれていた。
また、御祈祷中にお不動様が奥の不動像からふわーっと現れて参拝者の頭をひとりひとり撫でてくれるとも書かれていた。(その方にしか見えてないらしい)
え、撫でてほしい。
その思いだけで翌週末には門前仲町にいた。
駅からすぐのところに深川不動尊がある。
深川不動尊はあの成田山新勝寺の東京別院なのだそうだ。
いや、こちらも恋愛のご利益はどうなの?という気もしないではないが、
ただもうお不動様に頭を撫でてもらいたかったのだ。(目的変わってる)
深川不動尊は想像よりだいぶ大きな寺院だった。
東京のお盆時期だったからか参道には屋台が並び、人も多くにぎわっていた。
まずは境内に参拝して、御祈祷の時間を確認する。
2時間おきにくらいに御祈祷がある。
次の回までおみくじを引いたり、お守りも買った。いや爆買いした。
こちとら占い師の梅powerに1万円払ってますからね。
ちょっとこういう出費への感覚がバグってましたね。
御祈祷の時間15分前になり、お堂の中に入って開始を待つ。
御祈祷自体は無料で受けられるというので驚いてしまった。
どなたでもどうぞーってありがたすぎないか。
申し訳ない気持ちになって有料のお札を買った。(財布のひも失くしたんか)
席できょろきょろしながら待っていたら、広いお堂が埋まるくらいの参拝客が入ってきて、マイ数珠を持ってきてお祈りを始める人もいた。
時間になると何人かの僧侶の方々と見習いの小僧さんのような方々が規律正しく入ってきて、配置についた。
そこから巨大な太鼓を鳴らしながらの御祈祷が始まった。
雷鳴みたいな音で少しにぎにぎしていた参拝客が静まり返る。
御祈祷の声と太鼓の音、炎が燃える様子がとてつもなく荘厳だった。
圧倒されて見ているうちになんだか涙が止まらなくなってしまった。
悲しいのか、悔しいのか、どんな感情で泣いているのか自分でもわからなかったけど、泣けて泣けて仕方なかった。
滂沱の涙に恥ずかしくなり、顔を伏せた。
前は見えなかったけど、爆音の太鼓が耳に心地よかった。
それまで全然泣いてこなかったけど、私はしんどかった。
自分の責任だからって思って、自分で何とかするんだって強く自分を保ってたけど、助けようとした人に嘘つかれて、連絡も無視されて、つらかったんだよ。
それが決壊したんだってわかった。
御祈祷中涙が止まらなくて、でも大きな音が泣いて鼻をすする音を消してくれて。
外でこんなに泣くなんて、人生でもそんなに経験ないよ。
終盤、太鼓の音も少しずつ小さくなり始めたとき、頭を下げている状態の私のうなじのあたり、そっとあたたかいものが触れた感触があった。
錯覚かもしれない。それか私の願望だったかも。
それでも、「ありがとうございます」って強く思った。
御祈祷の終わりを告げる挨拶が聞こえて、顔を上げたときにはすごく頭がすっきりしてた。
奥のお不動様の像に一礼して退出した。
ちょっと放心状態になりながらお札を受け取り、さっき引いたおみくじをもう1回眺めた。
書いてあるのは「吉」。
成田山系では大吉の次に良い結果らしい。よっしゃ。
【仕事】とか【学業】とか【待ち人】とかいろんな項目が並ぶ。
ふと【訴訟】という項目があることに気づく。
おみくじにこんな項目あったっけ?関係ある人少なくない?
そこに書いてあったシンプルな2文字の【勝つ】がこの先の盛大なフラグになるとは考えもせず、満足した気持ちで帰宅の途についたのだった。
