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#26-成功率63%——商売を「買う」という起業の始め方


ゴールドマン・サックスを辞めた女が、最初に買ったのはコインランドリーだった。

コーディー・サンチェス(Codie Sanchez)氏のキャリアは、金融の世界から始まったわけではない。

彼女はもともとジャーナリストだ。アリゾナ州立大学のジャーナリズム学科を早期に卒業した後、メキシコ・フアレスに渡り、米墨国境地帯の紛争と人権侵害を取材していた。その報道は、ロバート・F・ケネディ・ジャーナリズム賞(活字部門)を受賞するほど高く評価された。

だが、取材の現場で彼女はある確信に至る。

「本当に世の中を変えたいなら、金の仕組みを理解しなければならない」

ジャーナリズムでは構造を変えられない。変えるには、金の言語を話す必要がある。

2008年、リーマンショックの直前に、彼女はVanguardで金融の世界に飛び込んだ。タイミングは最悪だった。入社直後に金融危機が直撃し、彼女は「金融リテラシーの欠如が一般の人にどれだけ壊滅的な影響を与えるか」を目の当たりにする。

そこから約10年、ゴールドマン・サックス、ステートストリート、ファーストトラストと渡り歩いた。ファーストトラストではラテンアメリカ向けのプライベートエクイティ事業を立ち上げ、10億ドル規模の資産を運用するまでに成長させた。

ファーストクラスで世界を飛び回り、超富裕層のために大型買収を繰り返す日々。客観的に見れば「成功」だった。だが彼女は、その過程でシンプルな疑問にぶつかる。

「大企業のためにやっていることを、自分のためにやったらどうなるのか」

答えを確かめるために、彼女はまだウォール街に在籍したまま、副業として1軒のコインランドリーを買った。Afford Anything Podcast「From Wall Street to Washing Machines」回で本人が詳しく語っているが、価格は10万ドル(約1,500万円)。売り手からの分割払い——いわゆるセラーファイナンシングで資金を工面した。実際にPlanet Small Businessの取材記事でも同様の買収経緯が確認できている。

当初の年間利益は約6.7万ドル(約1,000万円)。ウォール街の年収からすれば微々たる金額だ。だが彼女はこう考えた。「ミッドライフクライシスで高級車を買う代わりに、コインランドリーを買った。車は減価するが、ランドリーは毎月キャッシュを生む」。

1軒のランドリーが回り始めると、サンチェスはパターンに気づく。退屈なビジネスには共通する特徴があった。安定したキャッシュフロー、低い解約率、そして何より——競合が少ない。優秀な人材はスタートアップやテック企業に流れるから、コインランドリーやカーウォッシュを本気で経営しようとする人がいない。

ウォール街で学んだ財務分析やオペレーション改善のスキルを、こうした地味な商売に注入するだけで、売上が跳ねる。

たとえばランドリーの場合。サンチェスがやったのは、モバイル決済の導入、料金体系の見直し、Googleマイビジネスの最適化、そしてロイヤリティプログラムの導入だった。どれもテクノロジーとしては目新しくない。だが、コインランドリー業界の大半は昔のままのオペレーションで回っている。「2024年の技術を、1990年のビジネスに持ち込む」——それだけで差がつく。

次にカーウォッシュ。次に屋根修理。ハンドマン。貸し倉庫。どれも「退屈なビジネス」と呼ばれる、地味な商売ばかりだった。気づけば8つの収入源を持つようになり、彼女はウォール街を正式に離れた。

2020年、パンデミックのさなかに立ち上げたニュースレター「Contrarian Thinking」は、現在の購読者75万人超。SNSフォロワーは800万人を超えた。2025年に出版した著書 Main Street Millionaire(Penguin Random House)はベストセラーとなり、彼女のメッセージはさらに広がっている。

そのメッセージはシンプルだ。

「起業したいなら、何も作るな。動いている商売を買え」


ハーバードが教える「買って始める起業」

起業したいけどアイデアがない。3年悩んで、結局何も始めていない。

もしそうなら、発想を変えたほうがいいかもしれない。ゼロからイチを作るのではなく、すでに動いているイチを買って、ジュウにする。この起業法を、ここでは**「イチジュウ起業」**と呼ぶことにする。

これは一部の奇特な人の話ではない。ハーバードビジネススクール(HBS)には「ETA」という正式なプログラムがある。Entrepreneurship Through Acquisition——買収による起業だ。既存のビジネスを買い取って、自分がCEOになるという起業の形。

スタンフォード大学の2024年サーチファンド調査によると、このモデルで起業した人の約63%が買収に成功し、買収した企業の約7割がプラスのリターンを出している。税引前の年間投資収益率は35.1%だ。

一方、ゼロから作るスタートアップの世界はどうか。米国労働統計局のデータでは、新規事業の約48%が5年以内に廃業する。アーリーステージに限れば、失敗率はさらに高い。

同じ「起業」でも、ゼロから作るのと、動いている商売を買うのでは、勝率がまるで違う。


「シルバー・ツナミ」が生んだ巨大マーケット

なぜ今、「商売を買う」が注目されているのか。背景にあるのは人口動態だ。

アメリカでは「シルバー・ツナミ(Silver Tsunami)」と呼ばれる現象が起きている。ベビーブーマー世代の大量引退だ。非営利団体Project Equityの推計によると、引退を控えたベビーブーマー経営者が保有する中小企業は全米で約230万社。米国の6人に1人の雇用を支えている規模になる。

今後20年で約10兆ドル(約1,500兆円)相当の事業資産が持ち主を変えると推計されている。

問題は、その多くに後継者がいないこと。中小企業オーナーの58%以上が、事業承継の計画すら持っていない。

このギャップに目をつけた起業家たちが「買い手」として参入している。Acquire.comは登録バイヤー50万人超、累計取引額5億ドル(約750億円)以上。BizBuySellは2025年の取引総額が約79.5億ドル(約1.2兆円)に達した。

サンチェスが「退屈なビジネスを買え」と叫び、それに応える買い手が殺到している。「商売を買う」は、もはやニッチな手法ではない。マーケットができている。


なぜ「買う」ほうが強いのか

ゼロから始めるビジネスと、既存のビジネスを買う。この2つの決定的な違いは3つある。

1. 顧客がすでにいる。

新規ビジネス最大の壁は「最初の顧客を見つけること」だ。プロダクトを作っても誰も来ない。広告を打っても反応がない。この「ゼロからイチ」の期間に資金が尽きて倒れるスタートアップが圧倒的に多い。

既存ビジネスを買えば、初日から顧客がいる。売上がある。キャッシュが回っている。

2. ビジネスモデルが検証済み。

「この商売は成り立つのか?」という最も重要な問いに、すでに答えが出ている。何年も存続してきた事業には、取引先との関係、業務のノウハウ、地域での信用が蓄積されている。

3. 改善の余地がある。

長年同じやり方で回してきた中小企業には、デジタル化やマーケティングの改善余地が大きい。サンチェスが繰り返し語るのはまさにこの点だ。「退屈なビジネスにテクノロジーを注入するだけで、売上が跳ねる」。

つまり、「商売を買う」とは「検証済みのビジネスに、自分のスキルを注入する」こと。ゼロから仮説を検証するよりも、はるかに効率がいい。

サンチェスは自身の経験をこう表現している。

「オーナーになるのは大変だ。従業員でいるのも大変だ。どっちも大変。でも、自分の"大変"は自分で選べる」


日本の「後継者不在」は、実はチャンスだ

ここまで海外の話をしてきたが、日本こそ、この発想が活きる国だ。

帝国データバンクの2025年調査によると、日本企業の後継者不在率は50.1%。2社に1社は、後を継ぐ人がいない。

さらに深刻なのが「黒字廃業」だ。2024年の休廃業・解散企業のうち、51.1%は黒字のまま店を閉じている(帝国データバンク調査)。儲かっているのに、後継者がいないから廃業する。

業種は多岐にわたる。町の工務店、地域密着の印刷会社、老舗の食品卸。どれも顧客がいて、売上が立っていて、利益も出ている。ただ、70代のオーナーに後を継ぐ息子や娘がいない——それだけの理由で、商売が消えていく。

経済産業省・中小企業庁の試算では、この問題を放置すると、累計で約650万人の雇用と約22兆円のGDPが失われるリスクがあるとされている。

裏を返せば、これは巨大なチャンスだ。利益が出ている商売が、引き取り手を探している。しかもその数は数十万社規模。

日本でもこの動きを後押しするプラットフォームが育っている。バトンズは中小企業M&Aの成約件数で業界トップを走り、トランビ(TRANBI)との連携協定も結んでいる。個人が数百万円〜数千万円の規模で事業を引き継ぐ事例が、年々増えている。

日本で「商売を買う」具体的な手順

ステップ1: プラットフォームを覗く。 バトンズ、TRANBI、ラッコM&Aに登録し、毎日新着案件をチェックする。最初は買わなくていい。2〜3ヶ月眺めるだけで相場観が身につく。

実際にバトンズを覗くと、こんな案件が並んでいる。地方の飲食店が300万円。年間利益200万円のEC事業が500万円。月商80万円の美容サロンが150万円。老舗の食品卸が1,000万円。「え、こんな値段で商売が買えるのか」という驚きがまず来る。

ステップ2: 自分のスキルと照らす。 「この事業を買ったら、自分の○○で改善できる」と思える案件だけを検討する。飲食経験があるなら飲食店。マーケティングが得意ならEC。「安いから買う」は失敗の典型パターンだ。

ステップ3: 価格帯の目安。

  • バトンズ・TRANBI: 50万〜5,000万円が中心。個人なら300万〜1,000万円の案件が現実的

  • ラッコM&A: 1万〜数百万円。Webサイトやブログが中心

  • 仲介手数料はプラットフォームにより異なる(バトンズは買い手手数料2%、TRANBIは買い手3%+税)

ステップ4: デューデリジェンスを怠らない。 売り手の自己申告を鵜呑みにしない。最低限、過去2〜3年の確定申告書、銀行口座の入出金記録、顧客リストの実態を確認する。飲食店なら厨房設備の状態、EC店舗なら仕入れ先との契約条件も要チェックだ。

「買う」起業の失敗パターン

成功事例だけを見て飛びつくのは危険だ。よくある失敗パターンを3つ挙げる。

1.「安いから買う」症候群。 BizBuySellやバトンズで安い案件を見ると飛びつきたくなるが、安いのには理由がある。売上減少中、立地の問題、設備の老朽化。「なぜこの価格なのか」を徹底的に調べないと、買った瞬間から損失が始まる。

2. 本業を軽視する。 事業を買った後の最初の3〜6ヶ月は、移管作業と現場把握で想像以上に時間がかかる。本業をしながらの場合、両方が中途半端になるリスクが高い。最初の案件は「週末だけで回せる規模」を選ぶのが現実的だ。

3. 既存の仕組みを壊す。 買収直後に「自分のやり方」を押し付けると、既存顧客が離れる。Yahoo!が11億ドルで買収したTumblrを、文化を無視した運営で価値を激減させた事例は有名だ。規模は違うが、構造は同じ。町の定食屋を買って翌週からメニューを全部変えたら、常連客は消える。最初の6ヶ月は「観察と学習」に徹し、改善は小さく始めるのが鉄則だ。

特に日本では、前オーナーとの引き継ぎ期間が重要になる。バトンズの事例では、平均3〜6ヶ月の引き継ぎ期間を設けることが推奨されている。取引先、仕入れ先、常連客への挨拶と信頼の引き継ぎは、数字に表れない最大の資産だ。


今日できること

バトンズかTRANBIに無料登録して、新着案件を10件眺めてみる。買う必要はない。「この業種がこの価格で売りに出ている」という感覚を掴むだけでいい。

ゼロから作るのは、本当にあなたの仕事だろうか。


参考情報
・コーディー・サンチェス(Codie Sanchez) — Contrarian Thinking(ニュースレター購読者75万人超、SNSフォロワー800万人超)。ウォール街を離れ「退屈なビジネスを買う」起業を提唱
https://codiesanchez.com/about/
・Stanford Graduate School of Business — 2024 Search Fund Study(サーチファンドの買収成功率63%、税引前IRR 35.1%)
https://www.gsb.stanford.edu/faculty-research/case-studies/2024-search-fund-study
・Project Equity — Silver Tsunami(ベビーブーマー引退と中小企業後継者問題の推計、全米約230万社)
https://project-equity.org/impact/silver-tsunami/
Acquire.com — スタートアップ/小規模ビジネス売買プラットフォーム(登録バイヤー50万人超、累計取引額$500M超)
https://acquire.com
・BizBuySell Insight Report — 米国中小企業売買の取引統計(2025年取引総額$7.95B)
https://www.bizbuysell.com/insight-report/
・帝国データバンク — 「全国『後継者不在率』動向調査(2025年)」後継者不在率50.1%
https://www.tdb.co.jp/report/economic/20251121-successor25y/
・帝国データバンク — 「全国企業『休廃業・解散』動向調査(2024年)」黒字廃業率51.1%
https://www.tdb.co.jp/report/economic/kyuhaigyo_kaisan2024/
・中小企業庁 — 事業承継問題によるGDP損失22兆円・雇用650万人の推計
・バトンズ(BATONZ)、トランビ(TRANBI) — 日本の事業承継M&Aプラットフォーム
https://batonz.jp
https://www.tranbi.com
※ 海外データの為替は1ドル≒150円で概算。
※ サンチェス氏の経歴・引用は公式サイト(codiesanchez.com/about/)、Afford Anything Podcast「From Wall Street to Washing Machines」、Business of Business掲載インタビュー、Planet Small Business記事に基づく。
・Codie Sanchez — Afford Anything Podcast「From Wall Street to Washing Machines」(最初のコインランドリー購入$100K、セラーファイナンシングの詳細)
https://affordanything.com/565-codie-sanchez-from-wall-street-to-washing-machines/
・Codie Sanchez — Main Street Millionaire(Penguin Random House, 2025)

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