居酒屋シリーズ5 ひと席と補助椅子の、大晦日

大晦日の前日、
いつもの居酒屋のマスターからLINEが届いた。

「ルパンさん、大晦日来てくれるんですよね?」

「うん、行くよ。」

それだけのやり取りだった。

彼も、奥さんも、普段はこちらから連絡をしない限り、用もなくLINEをしてくることはない。
でも、こういう時だけ、心地いいタイミングで、そっと連絡をくれる。

私が別居生活をしていて、
長期連休でも帰らないことを、彼らは知っている。
それでも理由を聞いたり、踏み込んだりはしない。
何もなかったかのように、いつも通りに接してくれる。

それが、どれほどありがたいことか。

大晦日の夜。
寒さが厳しく、珍しくバスに乗って店へ向かった。
20時頃に到着すると、店内はすでに満員に近かった。

空いていたのは、
カウンターにひと席と、補助椅子がひとつ。

奥さんが言った。

「ルパンさん、補助椅子で…」

その言い方が、妙に自然で、優しかった。
変に気を遣われることもなく、
特別扱いもされない。

この“粗末な扱い”が、なぜだかとても心地よかった。

ビールを一口。
豚キムチを一口。
またビール。

ただそれだけなのに、
しみじみと「旨い」と思えた。

気がつけば、店内はさらに賑わい、
時間はゆっくりと、でも確実に進んでいった。

そして、カウントダウン。

本当なら、
「一人で終わる年」
「一人で迎える年」
そんなはずだった。

静かな部屋で、
テレビの音だけを聞きながら迎える年越し。

でもその夜は違った。

マスターと奥さんの、
言葉にしない優しさのおかげで、
私は“お客さん”ではなく、
その場にいる「みんなの中の一人」として、
自然に溶け込ませてもらっていた。

笑い声があって、
グラスの音があって、
知らない誰かの会話が耳に入る。

それだけで、十分だった。

帰り際、
私は3枚の紙を、そっと渡した。



多くは語らず、
それ以上も求めず、
「今年もありがとうございました」とだけ伝えて、
店を後にした。

外は、相変わらず寒かった。

長い道のりを、
一人で歩いて帰った。

でも、不思議と心は冷えていなかった。

みんなと迎えた年越し。
その出会いと空気が、
確かに、私の心を温めてくれていた。

あの夜のことを、
きっと私は、
何度も思い出すのだと思う。

静かで、
優しくて、
忘れたくない大晦日だった。


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