短編小説(BL)『振り返んな』
はじめに
面白そうな企画だ!とギリギリに参加希望をした新参者を受け入れてくださってありがとうございます🙇♀️
書き出しが「ふと、振り返るとそこに」&「過去回帰や回想無し」縛り
3000~5000字程度のブロマンス/BL小説
とのことで、「これは未来への不安を抱えた二人を書くのにちょうどいいのでは?」と思って書いてみました。
ジャンル
青春小説?
あらすじ
高校卒業の日、東京へ出る山崎ハヤトは、帰り際に親友のソウタと校舎で鉢合わせる。かつてバンドで最強のコンビと呼ばれた二人だったが、ソウタは地元に残り、ハヤトだけが夢を追って町を離れることになっていた。軽口を叩きながら最後の通学路を辿る二人。しかし駅でソウタは「ちゃんと、さよならって言え」と告げる。別れを受け入れきれないまま電車に乗ったハヤトは、自分の選んだ道の重さに気づいていく。
『振り返んな』
ふと、振り返るとそこにソウタがいた。
校舎の窓越しの夕陽を背負って、胸元に卒業生のコサージュをつけて、金髪をぐしゃぐしゃにかき上げながら立っていた。ソウタは俺のことを一瞬、縋るような目で睨んで、それからふっとこう言った。
「おい、部室に忘れもん……お前のズリネタ」
「ズリネタちゃうわ」
うそぉ、とおどけてソウタが取り出したヤンマガの表紙には、ちょっと前に人気だったアイドルが、日に褪せて微笑んでいる。
「ズリネタだと思ってたわー!お前大好きやったやん、このアイドル。お前のダウンピッキングの早さは日々の訓練の賜物やと」
真面目な顔で右手を上下させるソウタに「やかましわ」と鬱陶しく返す。
「ダウンピッキングなんかせんわ。大体そんなんでピッキング早うなんならお前の方が早いやろ」
「ガハハ!俺はボーカリスト様やからね」
「はいはい」
えー、ハヤト、昔はメタル大好きっ子やったやんー速弾きとかしとったやんーそれがいつの間にかオシャギターばっか弾きやがって〜モテ意識か?
ぎゃいぎゃい騒ぐ親友を半ば無視して、ヤンマガを廊下のゴミ箱にぶち込んで歩きだす。
「お前かって、ギターの一つでも練習してみいや。コード弾きでもできれば一人で弾きながら歌えるで」と俺が説教のように言うと、
「あんな根暗な楽器弾かんわ、練習嫌いやし!」と夕陽の中でソウタが笑う。
傾きかけた日差しが眩しくて、俺は視線を落とした。
何か気の利いたことを言わなきゃと思ったけど、話が持たない。そもそも、こいつには見つからずに帰ろうと思っていたのに。
「帰るか」と呟くと、「帰ろうや」とソウタが言う。
所在なく、最後の校舎をぶらぶらと歩く。ソウタはいつものように、俺の隣を歩いている。 3年の教室、ロッカー、窓の大きな西棟の階段、ソウタが二年の時にぶちまけた2ーA横の消火器。ガランとした校内はもう、人もまばらで、さざめきみたいに遠くの声が聞こえてくる。
「ほなね」「連絡してな」「待っとるからな」
そんな静寂を破るように、ソウタが
「……いつ、東京行くん」と俺に聞いた。
「明日ん朝」
「見送りいったろか?万歳三唱で」
「いらんわ、やめてくれや」
「祝・山崎ハヤト君、プロギタリスト、おめでとう」
「……まだ決まったわけちゃうわ」
決まったも、同然やろお。
優しく翳ったその声は歌うみたいで、俺は静かに空っぽの教室を睨んだ。
下足箱の前で固まっていた女子数人は、俺たちに気付くと
「あ、ソウタ、この間の解散ライブ、めちゃかっこよかったでえ」
「山崎君、デビュー決まったら、教えてなー!」とぴーぴーお世辞を言った。
「ソウタ、なんで山崎君と一緒に続けんのー?最強のコンビやのに」と前髪をいじりながら余計なことを言う女子に、俺は(余計なこと言うなボケカス!)と内心強く毒づいたけど、優しいソウタは、
「俺はこの町を愛しとるからな、しゃあないわ!」と演技がかって笑う。
「ソウタ、今度カラオケ行こーよー!ミセス歌ってー?」
「えー聞きたい、私も行くー!」
会話をぶったぎって、
「ばいばいなー」とローファーをタイル敷の床に落とす。
すると女子共は
「山崎君、テレビ出る時、教えてなー!」「インスタ、見とるでー」
とクニャクニャしたことを言って、でこでこに推しペンラやぬいぐるみやらで盛られた通学鞄を片手に、小走りに走っていった。
昇降口を駆け降りて行く彼女らが、正直を言えば、俺は少しだけ羨ましい。
その後ろ姿を見つめていると、ソウタが「アイちゃんは大阪の美容の専門行って、ユナちゃんは市庁前のスーパーに就職やて」と少し寂しそうに言う。
『お前にだって選択肢はあった』と言いそうになって、俺は俯いたまま、ローファーに足を潜らせた。
「てか、お前の活躍なんか絶対見いひんわ。悔しいもん。テレビ捨てたる」
「ほな見とけや。お前がテレビも雑誌も見られんくらい売れたるわ」
元気な憎まれ口に、空元気で言い返す。ソウタは、益々嬉しそうだ。
「うっさいわ!どうせお前なんか売れへんねん。あれや、大都会で悪い人たちに騙されてシャブ中なるんや。事務所の社長にケツ掘られて月給手取り
12万で働かされんのや」
「リアルな数字出すのやめえや」
「そうならんよう、神様に祈っといてやるわ」
「お前んとこの母ちゃんの神様やろ?100万で壺買わされる神様なんていらんわ」
俺の返しに、スニーカーの紐を結んでたソウタはアハハ!と声をあげ、
「ちゃうわ!俺の神様や!お布施なんかいらんで!」と俺を見上げて眩しく笑った。
ああ、好きだったなとまるで過去形みたいにしみじみ俺は思った。
お前の神様がお前に何をしてくれたんだよって、言葉が詰まったけど。
俺の視線から逃げるみたいに、ソウタが立ち上がって呟く。
「テレビ出る時は、みんなに知らせたらなあかんで」
「……出るかい、テレビなんか」
「……でも、契約したんやろ?」
「したけど……事務所の寮は入れるけど給料出る訳やないし。契約書見せたら奴隷契約みたいなもんやって兄貴には言われた」
駐輪所へ向かいながらぶっきらぼうに言うと、ぷ、とソウタが肩を揺らして笑う。
「こんな愛想無しの奴隷なんか飼って面白いんか。ギターしか弾けへんで」
「ギター弾くんやからまだええやろ。歌しか歌えんやつより技術があるだけマシや」と俺が茶化すと、ソウタは、
「ほんまやな。歌で腹が膨れるかっちゅう話やで」
と、錆びかけたママチャリの鍵を外した。
視線を逸らせて、俺はしんと静まり返る校庭を見つめた。
景色は春になっている。雪も消え、赤っ茶けた山から吹く風はぬるく、雲間から覗くオレンジの陽を受けて、蕾をつけた桜の枝が風に揺れていた。ソウタはチャリを引くと、ラチェットを軽快にカラカラ言わせて歩き始めた。
「……ライブ、楽しかったな」
ぽつんと俺が後ろから呟くと、「……せやな」とソウタが言う。
「……俺な。たった1時間でも、ああいう宝石みたいなキラキラした思い出あったらな、これから先、何があっても一生生きてける気ィすんねん」
何言っとんねんまだ18歳やろお前死にかけのジジイか!
と笑い飛ばしたかったのに、東京へ行く自分がそれを言うのは怖かった。
出てきた言葉は全然違っていた。
「お父ちゃん……具合どうなん?」
ソウタがふっと視線を落とす。そのきれいな目の下には、暗いクマがある。ソウタは少し唇をもぞもぞさせたあと、俺の右肩を真横からバァンと勢いよく叩いた。
「……しめっぽい話すんなや!」
ガハハ!と笑う涙目の相手に「いったいわ……何すんねん!腕折れたらお前んせいやど責任取れんのか~俺の黄金の右腕に!」と右肩をさすって笑いながら、でも俺は必死に神様にお願いをしていた。
どうかソウタをお願いします、
どうかソウタのお父ちゃん助けてあげてくださいって。
そんな俺の願いなんてソウタはきっと知らないだろうし、知らなくていいんだけど、「なーにが黄金の右腕やお前んなんか黄金の右手やろが!」と笑って右手を下品に上下させるコイツがあまりにアホで、俺は神様なんか別に信じないけど、こいつに神様のご加護が。
ご加護がありますようにと祈った。
アホだけど、ソウタは健気で綺麗だった。
地元のスーパーで買った、安いブリーチ剤で脱色した金色の髪の毛が、夕焼けのオレンジの中できらきら光っていた。
毎日深夜まで清掃のバイトして疲れてるだろうに、いつもくだらないことでこんな風に笑ってくれて。家族全員の恨み言を、黙って背負ってやって。
感傷に耐えられなくなり、俺は校庭に響き渡る声で叫んだ。
「アホか!黄金の右手ちゃうわ!プラチナや!」
負けずと下品に右手を上下させる。
ソウタはそんな俺を見て、ギャハハッ!と心底楽しそうに笑った。
お前、電車まで時間ないやろと言われて、急かされるようにチャリのケツに乗った。最後の通学路をソウタと通り抜ける。校門脇の桜、真新しい畝の畑、隣町の山、電柱。土の匂い。
冷たい風を頬に感じながら自転車を漕ぐソウタは、珍しく無言だった。
俺も何も言わなかった。
ただ同じ景色を最後に眺めて、でも最後になんて言って別れたらいいのか分からなくて、でも多分ソウタも同じだろうなと俺は思っていた。
駅前で俺を下ろしたソウタが、無言で自転車を停める。
そうしてただぼんやりしていた俺に向き直ると、「ちゃんと、さよならって言え、俺に」と夕陽を背負って静かに言った。
あの無言の時間に、こいつは心を決めたらしい。
覚悟していたはずなのに、俺はみっともなく
「……なんでや」って間抜けな質問をした。
「俺を成仏させてくれや」と眉毛を下げるソウタに、
「死ぬんかいな」とおどけた。
「そうやのうて」
ソウタの翳った笑顔を見ていられず、俺は視線を落とした。
「……お前、今日俺に黙って帰るつもりやったろ。あかんわ……そんなん。俺、成仏できんわ。俺、そんな出来た人間ちゃうねん……お前のこと考えてたらな、」
そこで言葉を切ると、ソウタは吐き出すようにこう言った。
「俺きっと……願うたらあかんこと、願うてしまう」
「……」
「だから、さよならって言ってくれや。な……?もう、会わへんで」
ふと、日が翳った。
こちらを睨むソウタの眼が、胸を裂いた。
田圃を渡る風みたいに、またな、と今日という日を別れたかった。
あの無言の時間に俺はそう願っていたけど、ソウタの思いを前に、そんな
我儘が言えるわけもない。
「……さよなら」
最後の言葉なのに、嘘みたいにぽろっとこぼれる。
ソウタも静かな声で、俺を見つめて「さいならやね」と言った。
細められた目が俺だけを見ていて、もう本当に最後なんだって思った。
喉が締め上げられた。
カンカン踏切の下がる音に「電車、そろそろ来るで」とソウタが笑ったけど、俺はそんなのどうでもよかった。
「お前の……お前のっ」って俺がしゃくりあげると、ソウタはぐいと俺の、ブレザーの襟元を掴んだ。
唇が触れた。一瞬だけ、黙れとばかりに。
だけどソウタはすぐ顔を離すと、
「ぎょーさん彼女作れや!10股ぐらい!」って弱い西日の中で笑った。
そうしてソウタは俺の背中をぐいと押すと、背後から叫んだ。
「振り返んな!走れ!絶対、振り返んな!」って。
向かいのプラットフォームに電車が滑り込むのが見えたその時、
ソウタの声が、まるで感電みたいに俺の全身を貫いた。
その声に引っぱたかれたみたいに、俺は無人の改札を走り抜けた。
電車なんか、心底どうでもよかったのに。
階段を駆け上がり、電車に飛び乗る。すぐに背後でドアが閉まり、電車はのろのろと動き出した。その振動に我に返り、俺はドアに張り付いた。
叫ぼうとしたんだ。
だけどソウタの金髪が、遠くでこっちを見ていて、だから俺の叫びは声にならなかった。
『絶対迎えに来るからな』って。
お前が好きだった、
お前の真っすぐで優しい歌が一番好きだった、
ステージのライトが汗まみれのお前を照らすのを、観客がそんなお前を感嘆の目で見上げるのを、5年後も、10年後も、お前の横でギターを弾きながら眺めていたかったのに。
そんな自分勝手な俺の逡巡も全部、ソウタにとっては呪いの言葉なのかもしれないけど。
駅のプラットフォームが、遠ざかっていく。
俺はぐちゃぐちゃの顔をブレザーの袖で拭いながら、ガラガラの車両を意味もなく歩き廻った。
最後に笑ったソウタの表情が、瞼の裏に焼き付いて離れなかった。
一瞬だけ触れた唇のことを考えた。
こんな決断をしてしまった自分を恨んだ。保証なんて何もないのに、俺は一番大事だったものを置いて。
……そんな後悔の中で、足元が、ふっと明るくなった。
埃っぽいガラス窓越し、静かな車両の床にオレンジの光がさあっと落ちて、俺の行く道をまっすぐに照らしていた。
雲間に沈む夕陽が放つのは、ステージのライトみたいに強烈な西日で。
「振り返んな!」ってソウタの叫びが、耳の奥で俺を突き動かす。
後から後から、涙がこぼれた。
だけど俺は、その光の上を歩くしかなかった。
終わりに
読んで頂いてありがとうございます!
ハヤトはマテウス・アサトみたいなギターを弾くイメージで書きました。
関西弁が不自然なところは大目に見てやってください…🥹
宣伝ですが、今週末の J庭59【あ15a】にいます。
https://lunganddiamond.booth.pm/items/7703853
この一冊しかありませんが、お気軽に遊びにいらしてください~🙆♀️
