『星ヨミ樹の世界』 第4話 観測舎の朝
第4話 観測舎の朝
観測舎に、
やわらかな朝の光が差しこんでいた。
大きな窓の向こうでは、
星ヨミ樹が朝の白い光を
静かにまとっている。
フィオナがゆっくり目を開けると、
頬のすぐそばで、
ふわりと何かが揺れた。
「……おはよ!」
シロルの長い耳だった。
「ひゃ……」
フィオナが驚くと
シロルは耳をぱたぱたさせながら、
うれしそうに笑った。
「起きた!
きのうより顔色いいよ!」
足もとでは、ミロが丸くなっていた。
エメラルドグリーンの瞳を片目だけ開けて、
しっぽをゆるく、ふり、と揺らす。
「朝から大きい声」
「だってうれしいんだもん!」
「それでまた疲れさせたら意味ないでしょ」
フィオナは二匹のやりとりを見て、
まだ少し眠たげなまま目を瞬いた。
こんなふうに、
誰かがそばにいる朝なんて、
ずいぶん久しぶりだった。
背伸びをすると、
肩にかかっていた毛布がさらりと落ちる。
淡い色のやわらかな生地だった。
昨夜、ナビエルがかけてくれた
毛布だと思い出す。
そのとき、部屋の奥から、
ことり、と器の触れ合う音がした。
振り向くと、
ナビエルが窓辺近くの棚の前に立っていた。
白い衣の袖をわずかにまくり、
小さな鍋の下の青い石に、
そっと灯りを入れている。
乾いた葉、細く刻まれた根、
透き通る花びらのようなものを選び、
迷いなく加えていく。
朝の光の中で見るその姿は、
とても美しくて眩しかった。
シロルが耳をぱたぱたさせて、
フィオナのそばへ寄る。
「エル、朝の回復スープつくってるよ!
きのうのよりちょっと飲みやすいかも!」
「……たぶんね」とミロ。
「たぶん?」
「エルの“飲みやすい”は、
味より効き目が少し勝つことがあるから」
「味も考えている」
ナビエルは鍋をかき混ぜながら言った。
シロルの耳がぴんと立った。
「そ、そうだよ!
エルのスープはちゃんとおいしいよ!
体にもいいし!」
ナビエルは答えず、調合を続けた。
ときどき指先を動かすと、
空中に青白い星字が浮かび、
淡く消えていく。
料理をしながら、
観測の記録もつけているらしい。
やがて、香りがゆっくり広がっていく。
ほんのり甘い香り。
それに、朝露のような、
すっとした透明感。
フィオナの胸の奥が、
その香りだけで少しほぐれていく気がした。
ナビエルは鍋の下の灯りを消すと、
今度は小さな箱を開いた。
中には、薄く焼かれた菓子が
いくつか並んでいる。
淡いきつね色で、
手のひらに二、三枚のりそうな
小さな楕円形だった。
シロルが目をきらきらさせる。
「出た!栄養凝縮クッキー!」
フィオナの目が瞬く。
「……くっきー?」
「うん!」
シロルは得意げに耳を揺らした。
「ちいさいけど、
ぎゅーっと栄養つまってるの!
エルの特製!」
ミロがしっぽをふった。
「甘さひかえめでおいしいよ」
シロルは鼻をぴくぴくさせながら
得意げに言った。
「もっと、もっと元気になるよ♪」
ナビエルは器と小皿を持って歩いてきた。
白い衣の袖が、朝の光を受けて淡く光る。
その動きには、無駄がなかった。
長椅子の前の低い卓に、
湯気の立つスープと
小さなクッキーが置かれる。
「飲んでおけ」
フィオナは、少し驚いて
ナビエルを見上げた。
「……ありがとうございます」
ナビエルは答えなかった。
ただ、器の位置をほんの少し
フィオナの手元へ近づけた。
シロルが、ぱっと身を乗り出す。
「エル、やさしい!」
ナビエルは何も言わず、視線をそらす。
ミロがしっぽをゆっくり揺らしながら
言った。
「いつものことだね」
フィオナは器を両手で包んだ。
ひとくち飲む。
きのうの夜のものより、
やわらかい味だった。
こくがあり、苦みはほとんどない。
白い花の蜜のような、
ごく淡い甘さが舌に残る。
体の内側に、灯がともるようだった。
つづいて、クッキーを口にする。
ほろり、とほどけた。
木の実の香ばしさと、
やさしい甘みが広がる。
「……おいしい」
思わずこぼれた声に、
シロルの耳がぱっと立った。
「ほんと? よかった!」
「うん……本当においしいです」
フィオナは、小さなクッキーをひとつ、
またひとつと口に運んだ。
シロルが嬉しそうに言った。
「ナビエルが作る
ミラクル大福もおすすめだよ!」
「変な名前つけるなよ。あれは塩大福だ」
ミロがそう言いながらしっぽを揺らした。
シロルの耳がぱっと立つ。
「でしょ!? エルのおやつは最高なんだよ!」
「シロルが作ったわけじゃないけどね」
とミロ。
フィオナの口元がふっとゆるんだ。
シロルも、ミロも、
ぴたりと動きを止める。
こんなふうに気をゆるめて笑ったのは、
いつぶりだろう。
シロルの耳がぶわっと立ち上がる。
「いま笑った!」
シロルはぱたぱたと耳を揺らした。
「笑ったよ、フィオナ!」
フィオナは少し照れたように、
器へ目を落とした。
「……なんだか、とてもあたたかくて」
「ありゃ?スープあつすぎたかな?」
と心配そうにシロル。
「シロル、スープが熱いからという意味ではないと思う」
ミロがあきれたように言った。
「え、そうなの?どういう意味?」
シロルが不思議そうに首をかしげる。
フィオナはそのやりとりを見ながら、
ふと思った。
ここにはスープやクッキーがあって、
シロルとミロがいる。
そして、少し離れた場所に、
ナビエルがいる。
それからフィオナは、
ナビエルのそばへ行った。
ナビエルは観測デスクの前で、
青白い星字を空中に刻んでいた。
料理の記録なのか、星ヨミ樹の記録なのか、
フィオナにはまだわからない。
「あの……」
ナビエルが手を止める。
青い瞳が、まっすぐにフィオナをとらえた。
フィオナは器を両手で持ったまま、
少しだけ息をのむ。
「これ……とてもおいしかったです。
ありがとうございます」
ナビエルは、
ほんの一瞬だけフィオナの器を見た。
それから、小さな白い包みを取り出す。
「手を出して」
フィオナがおずおずと手を出すと、
薄い布に包まれたクッキーが
手のひらに置かれた。
「昼までに腹が空いたら食べろ」
「……いいんですか?」
「倒れられると困る」
そっけない声だった。
けれど、その包みは、
フィオナの小さな手に収まるように、
きちんと結ばれていた。
フィオナは両手で包みを持ち直した。
「ありがとうございます、エル」
ナビエルは少しだけ視線をそらした。
「礼はいい。食べろ」
そう言って、
何事もなかったように作業へ戻っていく。
フィオナは、
白い包みをそっと両手で持った。
ほろりとほどけたクッキーの甘さが、
まだ口の奥に残っている。
その甘さは、朝の光のように、
胸の奥でやわらかく灯っていた。
体の奥で凍えていたものが、
ほんの少しだけ、ほどけた気がした。
第5話「時告げ草」に続きます。
♪おまけ♪
星ヨミ樹の世界・観測舎の鳥瞰図

シロルとミロもいます。
ぜひ探してみてください♪
※物語の設定をもとに、AIを活用し、
作者が加筆・調整を行って制作しました。
世界観・設定・加筆・監修:
Lunavi / minamiayako
