『星ヨミ樹の世界』 第8話 白銀のしるし
第8話 白銀のしるし
星ヨミ樹の白銀の枝にフィオナは座り、
背中のそばまで垂れてきた葉を、
そっと撫でていた。
翼のような形をした葉は、
指先の下でやわらかく返り、
触れられるたびに
淡い虹を含んで震える。
すぐ隣では、
ナビエルが少し険しい顔をしていた。
「じっとしていろ」
ナビエルが言った。
「……はい、すみませんでした」
フィオナは、枝の上にちょこんと座ったまま、小さくうなずいた。
ナビエルは、フィオナが登ってきた枝を
見下ろした。
「……よく、ここまで登れたな。ミロ並みだ」
「はい。なぜか、体が覚えているみたいです」
「……普通ではないな」
フィオナは、恥ずかしくなって、
そっとナビエルを見上げた。
ラピスラズリの耳飾りが、
白銀の光の中で揺れている。
いつもより、距離が近い。
ナビエルはそれ以上何も言わず、
フィオナの背後で揺れる葉を見ていた。
怒っているようにも見えたけれど、
その横顔は、葉の光を浴びて
とても綺麗だった。
少し下の枝で、
シロルが耳をぱたぱたさせる。
「でも、すごいねえ……。
ぼく、こんな近くで星ヨミ樹の葉を見たの、はじめてかも」
「おまえは毎回、
登ろうとして止められていた」
ミロが呆れたように言った。
「だって気になるんだもん!
ぼくも星ヨミ樹と一緒に、
空を飛んでみたい」
「はいはい、わかったから」
ミロは目を閉じて
尻尾をフリっと揺らした。
少し離れた白銀の枝に、
いつの間にかユキが立っていた。
さっきまで遠くにいたはずなのに、
その足音は少しも聞こえなかった。
「エル」
澄んだ声が、すぐそばから届いた。
金の瞳が、
フィオナの背後で
揺れる枝葉を見ている。
「反応している。その葉だ」
「兄さん、どうしました?」
「フィオナの背後で揺れている葉だよ」
フィオナは後ろを振り返って、
背中にかかるように揺れていた
星ヨミ樹の枝葉を見た。
さっきより明るい。
一枚だけではない。
そこからつながる細い光が、
葉脈のように枝の奥へ走っている。
「……ひかってる」
フィオナが息をのむ。
ナビエルがフィオナの手首をそっと引いた。
「触れるのをやめろ」
その声は焦りよりも警戒が強かった。
けれど、
フィオナが指を離したあとも、
光は消えなかった。
白銀の枝の中を、
細い川のように淡い光が流れていく。
ユキの金の瞳に、
かすかに興味の色が浮かんだ。
「明らかに、反応があるね」
「兄さん、彼女に初めて会った時にも
似たようなことがありました。
何が起きているのか、
調べる必要がありそうです」
ナビエルが言う。
「過去に似た記録ならあったような……。
星ヨミ樹が夜に、根を淡く浮かせることは
記録されている。だが、こんな真昼に
観測舎のそばまで自ら来て、
しかも特定の者に反応している。
この組み合わせは例がない……」
ユキはしばらく黙って考えていた。
やがて、
何かに思い当たったかのように微笑む。
「やはり君が、この反応の
きっかけになっている可能性が高いね」
フィオナははっとして顔を上げた。
「わたしが?……す、すみません」
「いや、責めてるわけじゃないよ。
エルの言う通り、
君がこの反応に関係しているのか、
調べる必要があるね。
星ヨミ樹はこの世界だけではなく、
さまざまな世界を見渡すことができる。
必要があれば、
遠い星の記憶に触れることもある。
だからエルも慎重になるんだよ」
ユキは慰めでも脅しでもなく
事実を淡々と語った。
そのときだった。フィオナのすぐ頭上で、
白銀の葉がいっせいにふるえた。
リーン、さらさら、リーン。
虫の羽音と葉音が重なるような、
不思議な音がした。
枝の先から、幾つもの青白い光の粒が、
ふわり、ふわりとこぼれ落ちた。
昼の空に星がほどけたみたいだった。
「わ……」
シロルが耳を立てる。
「きれい……!」
けれどナビエルは危険を
察知したかのように
すぐにフィオナの肩を引き寄せた。
ナビエルの白い羽織が、
ふわりとフィオナを包んだ。
一瞬、フィオナの視界が閉じた。
「な、何……?」
「動くな」
耳元でナビエルが囁いた。
フィオナは小さくうなずく。
ナビエルは危険がないか
警戒しているようだ。
ナビエルの警戒をよそに、
青白い光の粒は雪よりも軽やかに――
リーン、さらさら、リーン。
ふわり、ふわり
と二人を包むかのように
眩い光を放ちながら降り注いだ。
そして、そのひとつが――
フィオナの掌へ、そっと降りた。
そこに残ったのは、
一枚の小さな葉だった。
翼の形をした、
掌におさまるほどの白銀の葉。
葉脈の奥に、
淡い虹色のひかりが細く眠っている。
フィオナは息を止めた。
「……羽みたい……」
ナビエルの腕が、わずかに強ばる。
ユキの金の瞳が、二人を見比べながら
微笑を浮かべた。
「……ずいぶん大事そうに守るんだね、エル」
「兄さん、危険な知らせかもしれません」
ナビエルが怪訝な顔で言う。
ユキはフィオナの掌を見た。
「星ヨミ樹の葉は、滅多に枝を離れない。
離れたとしても、
すぐに光になって還るはずだ」
フィオナは手のひらを見下ろした。
そこにある小さな葉は、
まだ光となって消えずに残っている。
「それでは、どうして……」
ナビエルの問いに、ユキは淡く答えた。
「還る気がないのかもしれない。
これは、星ヨミ樹からの
何かのしるしかもしれないね」
フィオナは、掌の白銀の葉を見つめた。
その葉は、枝を離れたあとも消えずに、
フィオナの手の中に残っている。
ナビエルは、その葉を見つめながら、
何かを思い出したように言った。
「……時告げ草の時も、そうだった」
フィオナは顔を上げた。
「時告げ草……ですか?」
「あの時、時告げ草は鳴らなかった。
君の時を、告げなかった」
その言葉に、ユキがゆっくりとうなずいた。
「たぶん、フィオナがまだ、
この世界のめぐりになじんでいなかったからだね」
「めぐり……ですか?」
フィオナは、小さく聞き返した。
ユキは、言葉を選ぶように、
少し間をおいた。
「時告げ草は、
めぐりの中にいるものの
時を告げる草なんだ。
ナビエルも、私も、
この世界のめぐりの中にいる。
だから、私たちの時は告げることができる」
「でも、わたしは……違うのですか?」
「君は、少し違ったんだと思う。
まだ、この世界のめぐりに、
入っていなかった。
だから時告げ草は、
沈黙したのかもしれない。
まだ、私の考えだけれどね」
フィオナは、自分の胸に手をあてた。
「少し難しいです……」
「そうだね。
今は、全部わからなくてもいいよ。
少しずつ、これからわかっていくのかもしれないね」
ユキは、フィオナのてのひらにある白銀の葉を見つめた。
フィオナの指先で、小さな葉が淡く光った。
「星ヨミ樹は、外から来たものすべてに
動くわけではないよ。
けれど、フィオナのことは見つけた。
この世界に迎えるための準備を、
してくれているのかもしれない」
フィオナは、てのひらの葉を見下ろした。
小さな葉は、逃げることも、
消えることもなく、
フィオナの手の中に残っていた。
さらさら、さらさら。
いつの間にか、
虫の羽音のようなリーンという音は消え、
葉音だけが聞こえていた。
遠くには、光をまとった草原が
さざなみのように広がっている。
湖は深い藍をたたえ、
その表面に虹のようなきらめきが
薄く差していた。
その美しい景色のなかで、
フィオナの掌の葉だけが、
ひそかに脈打つように光っていた。
シロルがそろそろと近づいてくる。
「ねえ、それ……さわっても消えないのかな」
「さわるな」
ナビエルが即座に言う。
「えっ!エルのけちんぼ!気になる〜」
シロルは頬をぷぅっと膨らました。
「何が起きるかわからない。刺激しないことだ」
フィオナはナビエルを見上げる。
壊れものを見るみたいに
慎重な目だった。
フィオナはそっと、
その葉を胸の近くへ引き寄せた。
「……おい。言っている先から……」
とナビエルが焦るように言った。
すると葉が、わずかに明るさを増す。
「あたたかい……とても優しい」
フィオナが目をつむる。
「どうやら危険はなさそうだよ、
エル。そんなに心配する必要はないよ」
ユキがナビエルの肩に軽く手を置いて、
なだめるように言った。
ミロが細めた目で葉を見た。
シロルは耳をぱたぱたさせながら、
少し身を乗り出す。
「エル、心配しすぎ!
ぼくも触ってみたい!」
フィオナは葉を胸もとに寄せながら、
ふと不思議な懐かしさを覚えていた。
ずっと前から知っていたものみたいに、
手のひらになじんでいた。
ユキが葉を見つめたまま、
小さくつぶやく。
「……懐かしいな」
ユキの口元に、
かすかな微笑みが浮かんだ。
「何がです」
ナビエルが聞くと、
ユキはすぐには答えなかった。
ただ、金の瞳の奥に
やわらかな光を灯しながら、
フィオナの手のひらを見ている。
「昔、同じようなことがあった気がしてね。
……エル、もう中へ入ろうか。冷えてきた」
そう言って、ユキは静かに微笑んだ。
「……わかりました」
ナビエルは不審そうにしながらも
返事をした。
それからフィオナを見る。
「観測舎へ戻る」
「この羽根の葉、
持ってていいですか?」
「君が持っていろ」
ナビエルは素っ気なく答えた。
「はい」
「強く握るな」
「はい」
「あと、勝手に星ヨミ樹に登るな」
「……はい」
「それと、なんでも口に入れるな」
「い、いれません……」
「君は突然何をするかわからない」
その二人のやりとりに、
シロルが思わず耳を跳ねさせた。
ミロのしっぽが、
ふふっと笑うみたいに揺れる。
ナビエルは気にした様子もなく、
すっと手を差し出した。
フィオナは、その長い指を見つめた。
「ありがとう、ございます」
そっと自分の手を重ねると、
触れた瞬間、
胸の奥にやわらかな熱が灯った。
もう少しも怖くはなかった。
はじめて会った時とは違う。
むしろ、安心する。
白銀の枝のあいだから見える世界は、
どこまでも美しかった。
「帰ろう」
返事をするより先に、
体がふわりと枝を離れる。
気づけば、ナビエルが軽々と
フィオナを抱き上げていた。
ユキはその様子を
横目でちらりと見てから、
またふわりと、
あっという間に下へ舞い戻った。
シロルは耳をぱたぱたさせながら、
ミロは細く長いヒゲを
ぴくぴくさせながら
枝を軽やかにおりた。
フィオナの掌には
小さな白銀の葉があった。
まだ、それが何を意味するのかは
わからない。
窓辺へ戻る直前、
フィオナは一度だけ振り返った。
星ヨミ樹の高い枝葉が、青白い光のなかで、
ふわり、ふわり、さらさら
と揺れていた。
そのとき、
掌の葉がまたひとつ、
そっと明るさを増した。
ナビエルの青い瞳がそれを見つめる。
その葉はフィオナの手のなかにある。
心の中にあたたかい光が灯るのを
フィオナは感じていた。
第9話.「観測舎の食卓」へ続きます。
♪おまけ♪
第8話 白銀のしるしイメージイラスト

それはフィオナの手のひらに、
しるしのように残った。
※物語の設定をもとに、AIを活用し、
作者が加筆・調整を行って制作しました。
