『星ヨミ樹の世界』 第18話 真夜中のふたり
第18話 真夜中のふたり
ユキの部屋で聞いた、
超新星爆発の話が、
フィオナの胸にまだ残っていた。
大きな星は、終わりの時に、
まばゆい光を放つことがある。
けれど、終わった星は、
ただ消えてしまうわけではない。
星のかけらになって、
宇宙へ広がり、
また別の星や、
命のもとになる。
ユキは、そう教えてくれた。
けれどフィオナには、
まだ少しだけわからなかった。
終わることと、
捨てられることは違う。
そう思おうとしても、
胸の奥が、少し冷たくなる。
かつては、自分も消えてしまいたいと
強く願っていた。
けれど今は、その言葉を思うだけで、
胸が冷たくなる。
ナビエルやユキ、シロルやミロの
あたたかさを、
もう知ってしまったからだ。
観測舎へ来てから、
フィオナはときどき真夜中に
目を覚ますようになっていた。
その夜も、悪い夢を見たわけではなかった。
小さな生き物の気配に呼ばれるように、
そっと寝台を抜け出した。
シロルが、耳をぴくりと動かした。
けれど、まだ眠っている。
ミロもしっぽを鼻先にかけたまま、
すやすやと寝息を立てていた。
フィオナはまっすぐ温室へ向かった。
星露守りたちのことが
気になったからだ。
すると温室の方から、
かすかな足音がした。
トコトコ、ふわり。
ぽたり、ぽたり。
星露守りたちが、
夜露を運んでいる音だった。
けれど、一匹だけ、
いつもと少し様子が違っていた。
昨夜見たときは、
ふわふわと忙しそうに動きまわり、
夜露を植物の根元へ届けていた。
でも、その星露守りは、夜露をうまく
運べなくなっているようだった。
抱えていたしずくが、
ぽたり、ぽたり。
と床に落ちていく。
体の虹の光が消えかかり、
頭の双葉の先もしゅんとしている。
「……どうしたのですか?」
フィオナは心配になって、
そっと近づいた。
星露守りの目の奥にあった
小さな光が、消えかかっていた。
これは、おかしい。
病気なのだろうか。
フィオナは胸が苦しくなった。
「大丈夫ですか?」
星露守りは答えなかった。
小さな体を少しだけ
引きずるようにして、
トコトコ。
ぽたり、ぽたり。
と温室の奥へ進みはじめた。
けれど、途中でふっと力が抜けたように、
動かなくなった。光がほとんど消えかけて、
くたりとしている。目の奥の小さな光も、
もう見えなくなりそうだった。
フィオナは思わずかけよった。
「セイロさん!」
抱えようとした、
そのときだった。
星露守りの体が淡く光り、
ふわりと浮いた。
けれど、目の奥の光は戻らないままだった。
何かに呼ばれるように、
星露守りは、すうっと温室の奥へ向かった。
そして、外へつながるガラス扉を、
スウーーーーっと
すり抜けていった。
フィオナは迷わずガラス扉を開け、
その後を追った。
夜風が、頬に触れた。
星ヨミ樹の森は、
昼間とはまるで違っていた。
草の葉には青い夜露が宿り、
地面のあちこちに
小さな光の筋が走っている。
白銀の葉から落ちる星の粒が、
ふわり、ふわりと空中を漂っていた。
少し先で、さっきの星露守りが、
ふわふわスィーー
ふわふわスィーーっと
どこかへ向かっていた。
頼りない動きなのに、その光はすうっと
夜の森の奥へ進んでいく。
フィオナは後を追った。
夜の森は深く、どこまでも広い。
どこへ行くんだろう。
胸の奥に、冷たいものが広がった。
フィオナの足が、少しもつれた。
そのとき、背後から突然声がした。
「フィオナ!」
フィオナはびくっと
肩を震わせて振り返った。
星ヨミ樹の光を背に、
ナビエルが立っていた。
白いマントの裾には、
観測中の星字の光がまだ淡く残っている。
その目には、はっきりとした焦りがあった。
「何をしている。勝手に外へ出てはいけないと言っただろう」
フィオナは泣きそうになりながら、
白い寝間衣の裾をぎゅっと握りしめた。
「セ、セイロさんが……光が、消えかかっていて……そのまま、あちらへ……」
ナビエルはフィオナのすぐ横まで来ると、
フィオナの視線の先を見据えた。
フィオナはナビエルの
白いマントの裾を掴んで、
必死に訴えた。
「どこか病気なのかもしれません、
助けたいです」
ナビエルは少し黙ってから、
フィオナの目線まで体をかがめた。
銀白色の髪が、さらりと頬の横に落ちた。
「……あの星露守りのことか。
なら、一緒に行こう」
ナビエルはフィオナを抱き上げると、
白いマントで包むように覆った。
寒さが和らぎ、
フィオナはほんのりとした
あたたかさを感じた。
ナビエルは、
もうだいぶ森の奥へ進んでいる
星露守りの淡い光を見た。
「しっかりつかまれ」
ナビエルはふわりと空中へ浮くと、
森の奥へ進んだ。
あっという間に
星露守りのすぐ後ろまで追いついた。
すると驚くことに、
さっきまで一匹だけだと
思っていた星露守りが、
数十匹の光の列になっていた。
どこからともなく
大小さまざまな星露守りが集合して
列をなしているようだった。
ふわふわスィーーーーー
ふわふわスィーーーーー
どの星露守りも、虹の光が薄くなり、
静かに森の奥へ向かっている。
「あのセイロさんだけじゃ
なかったんですね。
どこへ行くんでしょうか」
フィオナが尋ねると、
ナビエルは前を見据えたまま答えた。
「星ヨミの残骸場だ」
その言葉に、フィオナの体がこわばった。
残骸場。胸の奥が、ひやりと冷たくなる。
消えたいと強く願っていた頃の
自分を思い出した。
ナビエルは、フィオナの体が強張ったことに気づいた。
「心配いらない」
ナビエルは、白いマント越しに、
フィオナを抱く腕に少しだけ力を込めた。
森の木々が、
少しずつまばらになっていった。
やがて、目の前にひらけた場所が現れた。
フィオナを白い砂の上へそっと下ろした。
そこは、見覚えのある場所だった。
フィオナがこの世界に来て間もない頃、
ナビエルに連れてこられた場所。
あの頃のフィオナには、
この場所は暗く、冷たく、
恐ろしい場所に見えていた。
壊れたものや、いらなくなったものが、
捨てられている場所。
そんなふうに、記憶していた。
けれど、目の前に広がっている景色は、
その記憶とは違っていた。
地面は、きらきら輝く
白い砂のようなもので覆われている。
その中に、水晶の欠片や、
星のかけらが、散らばっていた。
とても幻想的で、美しい景色だった。
そこは、捨てられたものの場所というより、
光が眠る場所のようだった。
フィオナは息をのんだ。
「ここが……残骸場……?」
ナビエルはうなずいた。
「役目を終えたものが休む場所だ」
「休む場所……?」
「光を使い切ったもの。傷ついたもの。
次の巡りへ戻る前に、ここで休む」
フィオナは目を見開いた。
「とても綺麗ですね。
わたし、いらなくなったものを
捨てる場所だと思っていました」
ナビエルは少し困ったように
フィオナを見た。
「捨てる場所じゃない。
ここは、次の巡りへ戻るために、
光を眠らせる場所だ」
「名前が少し怖いです」
「……そうだな、
兄さんは確か別の名前で呼んでいた」
フィオナは、白い砂の上を進んでいく
星露守りたちの列を見た。
星露守りたちは、
それぞれ白い砂のくぼみに
そっと身を沈めていた。
頭の芽がちょこんと顔を出している。
すると、消えかけていた虹の光が、
ほんの少しだけ戻っていく。
しゅんとしていた双葉が、
ふるりと揺れた。小さな体の奥に、
淡い光がともりなおす。
「あ……」
フィオナは小さく声をあげた。
「光が、戻っています」
「戻れるものは戻る」
ナビエルは言った。
「ここで休んで、また夜露を運びに行くものもいる」
フィオナは、
白い砂のくぼみを見つめていた。
ここは、終わったものが、
ただ消えてしまう場所ではない。
戻る場所。休む場所。
そして、次の光を待つ場所。
なぜだろう。
フィオナは、そのことを、
少しだけ知っているような気がした。
胸に、小さな希望が灯った。
「では、あのセイロさんも……?」
しかし、フィオナが追いかけてきた
星露守りは、
白い砂のくぼみに入らなかった。
星露守りの光は、元気がなかった。
目の奥の光も、戻る気配はなかった。
ほかの星露守りたちが休む場所を通り過ぎ、
ゆっくりと崖の方へ進んでいく。
その先は、フィオナが
自分から消えようと足を向けた崖だった。
フィオナの喉が、きゅっと詰まった。
あそこへ行ってしまうの?
「た、助けないと」
フィオナは慌てて駆け出そうとした。
「こら、待て」
ナビエルがすばやく
フィオナの腕をつかんだ。
「今は、追うな」
「でも……!」
「戻れるかどうかは、
僕たちが決めることじゃない」
「では、誰が……?」
「星ヨミ樹だ」
ナビエルの声は落ち着いていた。
「この場所は、星ヨミ樹とつながっている。
ここで力を取り戻して、
また夜露を運びに行くものもいる」
「戻れないこともあるんですか」
ナビエルは、すぐには答えなかった。
「同じ姿には戻らないものもいる」
星露守りの淡い光は、
崖の手前へ近づいていった。
そこには、白い砂が浅く沈み、
何かをそっと受け止めるような、
やわらかな受け皿のような場所があった。
「それは……死んでしまうのとは
違うのですか」
「違うともいえるし、
そうではないともいえる」
ナビエルは言った。
「でも、ここに来るものは、
いらないものじゃない」
フィオナは、ゆっくり顔を上げた。
「傷ついたもの。疲れたもの。
光を使い切るほど、よく働いたものだ」
フィオナの目に、涙がにじんだ。
「お別れなんですね」
ナビエルは否定しなかった。
きらきらと光る粒の中には、
小さな星のかけらが混ざっている。
そのひとつひとつが、
眠っているようだった。
ふわふわスィーー
ふわふわスィーー
ピタリ。
星露守りは、
崖の手前にある白い砂の受け皿へ、
そっと身を沈めた。
その体は、
もうほとんど消えそうだった。
頭の芽の光が、少しずつ薄くなっていく。
あの崖はすぐそばにある。
けれど、星露守りは
落ちようとしているのではなかった。
まだ戻れるのか。それとも、
星ヨミ樹の巡りへ還る時なのか。
星ヨミ樹に、光の行き先を、
見つけてもらうために来たのだ。
白い砂が、星露守りの体を、
ゆっくりと包んでいく。
その光は消えたのではなく、
白い砂の奥へ、溶けていくようだった。
「ああ……」
フィオナは両手で顔をおおった。
ナビエルの手が、
フィオナの肩にそっと置かれた。
星露守りは、ゆっくり眠りにつくように、
頭の芽の最後の光を薄れさせていった。
体が、光へほどけはじめる。
苦しんではいなかった。
まるで、自分の帰る場所を
知っていたみたいだった。
最後に残った芽が、
白い砂の上にそっと横たわった。
芽はゆっくりと砂の中へ沈んでいく。
完全に見えなくなる直前、
ぽっと小さな光がともった。
フィオナは、そっと両手を下ろした。
頬を、涙が伝っていた。
「……あれ? また、光りました」
「ああ」
ナビエルは淡々と答えた。
「すぐに同じ姿で戻るとは限らない。
でも、あの光はなくなったわけじゃない。
星ヨミ樹の巡りへ戻った」
「なくなったわけでは……ないのですね」
「そうだ」
フィオナは、白い砂の上を見つめた。
消えたのではない。
もしかして、
ナビエルと会ったばかりの自分も、
ここにいるものたちと
同じだったのだろうか。
光を失い、いらなくなって、
星ヨミ樹の根元にいたのだろうか。
「エル」
フィオナの声は、震えていた。
「もしかして、わたしも……」
ナビエルが、フィオナを見た。
「星ヨミ樹の根元にいたとき、わたしも
……消えるべきものだったのかもしれません。
巡りに戻るべきだったのかも……」
ナビエルの表情が、はっきり変わった。
いつもの無表情に近い顔ではない。
目の奥が、痛みをこらえるように揺れた。
フィオナの肩に置かれた手に、
ほんの少し力がこもる。
「それは違う」
ナビエルは即座に言った。
フィオナは震えていた。
ナビエルは、少し息を吸った。
それから、フィオナと目線を合わせると、
一つ一つの言葉を選ぶように続けた。
夜の残骸場で、
星の光がふたりに降っていた。
「そうじゃない。
君が星ヨミ樹の根元にいたのは、
捨てられたからじゃない」
フィオナは下を向いた。
「でも……わたしは、
心の底から消えたいと願っていました」
どうしてそう思うようになったのか、
フィオナにはまだ、
うまく言葉にできなかった。
けれど、あの頃の自分が、
もう生きる気力を失っていたことは
確かだった。
フィオナは、首を振った。
「き、消えてしまいたいと……」
その瞬間、ナビエルは
フィオナを包み込むように抱きしめた。
フィオナは思わず硬直した。
「エ、エル」
「君は、消えていいものじゃない」
フィオナは、ナビエルの腕の中で
目を見開いた。
ナビエルの体温が伝わってきた。
「星ヨミ樹は、君を捨てたんじゃない。
生きてほしいと、そう伝えたんだと思う。
歓迎の葉が、そのしるしだ。
少なくとも僕は、そう思っている」
ナビエルは言葉を切った。
星ヨミ樹の下で、
フィオナと出会った日のことを
思い出していた。
星の胞子が降る夜。
「僕は、怖かった」
フィオナは息をのんだ。
ナビエルが怖かったと言うのを、
初めて聞いた気がした。
「エルが……?」
「そうだ」
ナビエルは目をそらさなかった。
「抱き上げたら、壊れるかと思った。
目を離したら、消えるかと思った」
フィオナの胸が、熱くなった。
「君は、捨てられたものじゃない。フィオ」
フィオナは息を止めた。
フィオ。
その声が、
フィオナの胸に深く響いた。
フィオナは涙の残る目で、
ナビエルを見つめると、
小さな声で言った。
「エル、はじめてフィオって
呼んでくれましたね」
ナビエルは、黙っていた。
星を散りばめたような青い瞳で、
ただフィオナを見つめていた。
星ヨミ樹の葉が、遠くでさわさわと鳴る。
白い砂のあたりでは、
さっきの星露守りの光が、
まだかすかに巡っているように感じられた。
フィオナの胸の奥で、
何かがほどけた。
ずっと固くなっていたもの。
自分はゴミのように
捨てられたのだと思っていた場所。
消えてしまってもいいのだと
閉じていた場所。
そこに、あたたかい光がしみ込んでいく。
「エル……まだ、全部はわかりませんが」
「ああ」
「わたしは、エルのそばにいたいです。
エルと星ヨミ樹に、
あの時助けてもらったこの命を、
これから、ちゃんと大切にしたいです」
ナビエルは、フィオナを抱きしめたまま、
静かに息をついた。
「それでいい」
「恩返しを、したいです」
「そんなことはいい」
ナビエルは、少しだけ声をやわらげた。
「ただ、ここで生きていればそれだけでいい」
「はい、エル」
フィオナは強くうなずいた。
涙が頬をつたう。
その時、芽が沈んだ白い砂の跡から、
小さな虹色の光の玉が生まれた。
ひとつ、またひとつ。
あたりの白い砂からも
光の玉が浮かび上がり、
ふわりふわりと空へ舞って、
四方八方へ散っていった。
「光が、また巡りはじめたのですね」
ナビエルは、
フィオナの頬を伝う涙を
そっと拭った。
不器用な手つきだった。
「……そうだ。命は巡る」
その一言で、フィオナの涙がまたあふれた。
「その言葉、ユキみたいですね、エル」
ナビエルはまた困ったように眉を寄せた。
「もう泣くな」
そう言いながら、
フィオナの頭に手をぽんと置いた。
光の玉が散っていったあと、
残骸場はまた、
静けさを取り戻していた。
白い砂。
眠る美しい欠片たち。
そこは、
捨てられたものの場所ではなかった。
疲れたものたちが、休む場所だった。
そのとき、白い砂の上に、
ひと粒だけ、
淡い光が残っているのが見えた。
さっきの星露守りが落とした、
最後の夜露だった。
光の粒はふわふわと漂い、
フィオナの周りを一度だけ回った。
まるで、ありがとうと言うように。
それから、星ヨミ樹の方へ飛んでいった。
フィオナはその光を目で追った。
ナビエルは言った。
「あの光も、またどこかの一部になる。
葉に。露に。星ヨミ樹の巡りに。
お前が育てている、あの小さな葉にも」
フィオナは目を見開いた。
「歓迎の葉に?」
「可能性はある」
フィオナの胸が、
ふわりとあたたかくなった。
あの星露守りの光が、
少しだけ歓迎の葉へ行くかもしれない。
そう思うと、
別れがただの終わりではなくなる気がした。
ナビエルは、
フィオナを抱きしめていた腕を、
そっとゆるめた。
「ほら、戻るぞ。体が冷える」
「はい」
ナビエルは、フィオナを抱き上げた。
ナビエルの腕の中は、
外の空気よりずっとあたたかかった。
白いマントに包まれて
感じる胸の鼓動が、
ゆっくりとしたリズムで響いている。
フィオナは、
ナビエルの肩にそっと手を置いた。
「重くないですか」
「軽すぎる、もっと食べろ」
「は、はい!すみません」
「あやまらなくていい。
ほら、もう帰ろう」
そういうとナビエルは軽やかに
空中にふわりと浮いた。
残骸場の白い光が、
少しずつ遠ざかっていく。
フィオナはナビエルの肩越しに、
最後にもう一度だけ振り返った。
そこはもう、
ゴミ捨て場には見えなかった。
星ヨミ樹に抱かれて、
疲れたものが休み、
またどこかへ向かうための場所。
命が、めぐる場所。
森を抜けると、
観測舎の明かりが見えてきた。
温室のドームが、
夜の奥で淡く光っている。
ナビエルはフィオナを抱えたまま、
観測舎の扉を開けた。
あたたかな空気が、ふたりを包んだ。
観測デスクのそばでは、
透明なドームの中で
歓迎の葉が静かに揺れていた。
その瞬間、フィオナは気づいた。
歓迎の葉から伸びた芽に、
ひとしずくの光が落ちていた。
さっき残骸場から飛んでいった
光に似ている。
小さくて、淡くて、
でも確かに生きている光。
その光は、
ゆっくりと根元へしみ込んでいった。
よく見るとその姿は、葉というより、
小さな樹のかたちに近づいていた。
「見てください、すごい成長しています!」
ナビエルは空中に手を
すべらせて星字を刻んだ。
「歓迎の葉が……幼樹になろうとしている」
すると、奥の温室の入り口で、
やわらかな声がした。
「おかえり。……歓迎の葉は、成長が早いね」
振り返ると、ユキが立っていた。
白銀の髪をゆるく背に流し、
夜の羽織をまとっている。
その足元には、
寝ぼけ眼のシロルとミロがいた。
シロルは耳を半分だけ垂らしながら、
むにゃむにゃと口を動かしている。
「フィオナ……どこ行ってたのぉ……」
ミロも小さな声で言った。
「エル……フィオと、夜のおでかけ?」
ナビエルは無表情で答える。
「残骸場に行ってきた」
ユキは静かに笑った。
「ああ、星の砂風呂へ行ってきたんだね」
ユキの目が、やさしく細められる。
「星の砂風呂……?
ユキはそう呼んでいるんですね」
フィオナはうなずいた。
「はい。星の砂風呂に行ってきました」
「うん、星露守りたちにとっては、
白い砂がそっと包んで休ませてくれる
癒しの場所だからねぇ」
ユキはゆっくりとうなずいた。
「それはそうと、エル、フィオおかえり」
その言葉に、
フィオナの胸がいっぱいになった。
ユキは、やわらかく言った。
「エルと一緒だろうから、
大丈夫だとは思ったけどねぇ。
シロルがうるさくって。
心配していたよ」
シロルが眠そうなまま言った。
「してたぁ……」
ミロもうなずいた。
フィオナは深々とお辞儀をして言った。
「ご心配をおかけしてすみませんでした」
ナビエルは短く言った。
「早く寝ろ」
「おやすみぃ」
とシロル。
「ふあー」
と気だるそうにミロ。
ユキが、小声でフィオナに耳打ちした。
「エルと仲良くなったみたいだね」
「はい。ユキ、聞いてください。
エルが、はじめてフィオって
呼んでくれました」
「ふふ、それは、よかった」
ユキは嬉しそうに頷くと
部屋へ戻っていった。
残骸場の白い砂。
消えそうだった星露守り。
最後の夜露。
歓迎の葉へしみ込んだ光。
そして、ナビエルの声。
――君は、捨てられたものじゃない。
フィオ。
その言葉が、フィオナの頭の中で
何度も繰り返された。
思い返すたびに、
胸の奥がきゅっとあたたかくなる。
自分は、捨てられたものではない。
消えていいものでもない。
「もう寝ろ。
……幼樹の反応は、明日記録する」
ぶっきらぼうな言い方なのに、
声は少しだけやわらかかった。
「はい……おやすみなさい、エル」
フィオナは小さく返事をして、
自分の寝台へ戻った。
白い毛布に包まれると、
体の奥に残っていた夜の冷たさが、
少しずつほどけていった。
観測舎の外では、
星ヨミ樹が静かに揺れていた。
白銀の葉のあいだから、星の粒が降る。
それは、小さな少女が、
ようやく自分の居場所に
根づきはじめることを
歓迎しているようにも見えた。
フィオナは、深い眠りに落ちた。
「ゴミの妖精」の影は、
少しずつ遠ざかっていた。
第19話「星ヨミ樹の世界」へ続きます。
♪おまけ♪
第18話「真夜中のふたり」イメージイラスト

ナビエルはフィオナの目線まで体をかがめた。

森の奥へ進んでいった。
ナビエルはフィオナを抱え、
夜の森を飛びながら、その小さな光を追いかけた。
※物語の設定をもとに、AIを活用し、
作者が加筆・調整を行って制作しました。
世界観・設定・監修:Lunavi / minami ayako
